第1話 迷宮学院の落ちこぼれ

 迷宮学院に着いた俺は、自分のクラスである一年二組の教室へと向かう。

 すると、俺の机の上には……花瓶ひとつ、ぽつんと置かれていた。


「……はあ、またか」


 こんな悪質なイタズラを行った犯人など、ひとりしか思いつかない。

 花瓶の前で立ち尽くす俺のことを見ながら、ゲラゲラと笑っているクラスメイトの男子――真嶋陽太郎くんの仕業だろう。


「あれ、あれれれれェ? なんだよ悠月クン、まだ生きてたのかよ?」


 三人の取り巻きの男子とともに、真嶋くんが俺に近づいてくる。

 チャラ男という言葉がぴったり似合う容姿の彼は、その軽薄そうな顔に悪趣味な笑みを浮かべていた。


「いやァ、悪い悪い。先週の模擬試験、悠月クンだけが不合格だったって話だったからさァ。てっきり俺は、ついに魔物に殺されたんだと思ってよ」


 真嶋くんがそう言うと、彼の取り巻きたちが大きく笑い声を上げた。

 その他のクラスメイトの反応は、それぞれだった。俺へと哀れみの視線を向ける者もいれば、無言で視線を逸らす者も、くすくすと笑いをこぼす者もいる。


 ただ、ひとつ言えるのは。

 誰ひとりとして、俺の味方をしてくれるクラスメイトはいないということだ。


「……ごめん、真嶋くん。その花瓶片付けたいからさ、どいてくれるかな」

「あァ? よく聞こえねぇなァ?」

「だから、花瓶を片付けたいから、そこを……」

「おいおい。それが人様にモノを頼む態度か――よッ!!」

 

 瞬間――真嶋くんは花瓶を手に取って、思いっきり俺へと叩きつけてきた。

 俺はそれを両腕で防ぐ……が、バリンッ!!  という破壊音とともに、俺の腕に鋭い痛みが走った。クラス中が、しんと静まり返る。


 突然の暴力だったが――もはや俺は、この理不尽に慣れてしまっていた。

 真嶋くんは俺の髪を掴んで、口元を笑みの形に歪ませながら言葉を続けてくる。


「よく聞け、落ちこぼれ。お前みたいなFランクの生徒が、Cランクのオレに指図していいワケがない。そうだよな?」

「ッ……ご、ごめん」

「敬語を使えよ、落ちこぼれのクズが――ッ!!」


 続けざまに真嶋くんは、俺の顔を拳で殴ってきた。ずきん、と鈍痛が走る。

 だけど俺は、そんな真嶋くんの暴力に抵抗しなかった。そして周囲のクラスメイトも、真嶋くんを止めようとしない。


 いや――正確には、止めることができないのだ。

 

 この学院の生徒たちは全員、迷宮に潜るための仮免許を入学の際に取得している。

 そしてプロの探索者と同様に、仮免許所持者である俺たちも実力ごとにランク分けがされていた。


 俺は、最低のFランク。

 一方の真嶋くんはCランクであり、彼はプロにも引けを取らない実力者なのだ。


「……ご、ごめんなさい」

「クククッ。わかればいいんだよ、落ちこぼれの悠月クン。お前みたいなFランクのクズは、黙って俺のサンドバッグになっとけっての」


 と言葉を吐き捨てて、ようやく真嶋くんは俺を離してくれた。

 これが……俺にとっての、日常だった。

 真嶋くんの理不尽な嫌がらせから始まる、憂鬱な学院生活。

 クラスメイトには俺の味方などいないし、あろうことか教師たちは真嶋くんのことを将来有望な生徒として優遇している。ある程度の素行不良は、おそらく黙認しているのだろう。


「……クズはどっちだよ、ほんと」


 割れた花瓶を掃除しながら、そんなことを俺は思わず呟いてしまう。

 一方の真嶋くんは自分の席に戻って、取り巻きの男子たちと喋りはじめていた。


「そういやよ。お前ら、朝のアカネちゃんの配信は見たか?」

「はい、もちろん見ました! アカネちゃん、今日も朝から元気で最高でした……っ!」

「いいよなァ、アカネちゃん。ツラは超良いし、胸もデケェし。あー、どうにかして一発ヤれねぇかなァ」


 などと下品な笑みをこぼす真嶋。

 取り巻きの男子たちは、反応に困って苦笑いを浮かべていた。


「ああいう明るい女ほど、ブチ犯すとイイ声で喘ぐんだよ。ククッ、決めたぜ……とっととプロの探索者になって、アカネちゃんをオレの女にしてやる。どうだ、羨ましいだろ?」

「え、あっ、はい。ははは……」

 

 そのまま真嶋くんたちは、しばらくアカネの話題で盛り上がっていた。


 アカネの知名度は、国内のダンジョン配信者の中で断トツだ。

 その明るく快活な性格や、刺激的な内容のダンジョン配信が人気を博し、なんと今ではチャンネル登録者数は400万人を越えている。

 

 しかもアカネは、とてつもない美少女でもあった。

 そこらのアイドルよりもずっと可憐に整った容貌に、モデル顔負けの抜群なスタイル。

 真嶋くんのような下世話な欲望を向ける者が現れるのも……まあ、理解できないわけじゃない。


「――全員、席につけ。今日の授業を始めるぞ」


 と、チャイムと同時に教室へと入ってきたのは、クールな美貌が特徴の女教師――霧下先生。

 俺はビニール袋に入れた花瓶の残骸をこっそり机の中に隠しながら、しれっと何事もなかったかのように自分の椅子に座る。


 そして今日も、迷宮学院の授業が始まった。

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