序章「平和的世界」

1話「平和(1)」

ぱちり、ぱちり

目を開ける

(目が開く)

身体を起こす

(身体が動く)

隣でシスターが動きを辞めている。

(シスターが呼吸を終えた。)


塔が見える

(塔が見えた)

ここからでは塔以外何も見えないので頑張って歩いてみる。

少し歩く。

(少し歩いてみた)

赤黒かった筈の景色が、色とりどりの景色に戻り始めている。

復興作業をしている場所、復興し終わった場所、何も変わっていない場所。様々な様子を遠くからでも眺める事ができた。

何をすればいいのかが少し分からなくなったので、彼女のところに戻ってみる。

(こちらへと向かってくる。)

彼女を抱えながら、血色の悪い肌のような青い空を眺める。ここから先、自分はどうするべきかが分からない。

(……適当に歩けばいいんじゃない?)

そういえば、今はいつなのか。

(分からない。)

そういえば、声は出るのか。

少しだけ声を出してみる。………いつも通りのか弱い声だった。

(それでもいいんじゃない?)

そういえば、教会はどうなったのか。

(分からない。)

自分達がいた教会のある街が気になって、この場所から離れてみる事にした。

少しよろけて時々足が止まる。時々前に倒れかける。倒れかける度になんとか踏み留まる。彼女を傷付けたくはない。

ゆっくりと坂を降りていく。どれだけ時間が経ってしまおうが、辿り着ければいい。

(アンタのそういうところは変わってないね。……でも、嫌いじゃない。)

少しずつ、少しずつ歩いて……ようやく街の裏へと着いた。疲れて足が動かなくなる。よろけて後ろに倒れそうになる。

(どこかで休まないと。)

空が黒に染まり、闇の中にいるような錯覚が生まれ始めた。外に街灯を設置し終わっていないらしく、何も見えなくなってしまった。どれだけ暗くても街なので家の灯りくらいは見える筈なのだが…あの崩壊で環境が変わってしまったのかそれすら見えない。神父は何も見えない状態でゆっくり歩く。時々転んで中々起き上がれなくなるがそれでも歩く。

左右も上下も見えない状態だと今起こっていることにも気付けない。

なので、神父は大きく開いた穴にゆっくり落ちている事に気付けなかった。先にその事に気付いたのは『シスター』だった。神父の身体に傷がつかないように、護るように。余分に腕で抱きしめた。その行動で落ちている事に気付いた神父は目を閉じた。自分の背にいる彼女に身を委ね、落ち終わる時を待つ事にした。











『シスター』がこの場所に存在しない「地」に片腕を伸ばし、神父に傷がつかない程度に安全に落ち終わる。

周囲には闇だけで何もない……………と、思いきや、最後に見ようとしていた方向から淡い光が差している事に気付いた。

『シスター』は疲れ果てて動けなくなった神父を抱え、ゆっくりと光の方へと這っていく。

光に近付くと、とある事に気付いた。光はその中に場所があるかのような景色を映している。そして、その中に見知った人物がいた。

水面のように薄い青の長髪で、薄い白の目で、白い肌。誰も理解されず、孤独を突き進む人物。彼にはこの世界では珍しい「哀」があった。「怒」と「憎」だらけの世界の人達からすると珍しくておかしかったのを覚えている。でも、彼の考えは少しだけ分かる気がしてよくその事について3人で話した。とても楽しかった。そして懐かしい。


彼がこちらに気付いた。その綺麗な髪をなびかせてこちらを見つめてくる。

それは、まるで絵の中の人物が動き出したかのようにゆっくりだった。

彼がこちらを見ながら手招きしている。『シスター』は神父の背を押してみる事にした。姿が変わってしまった存在には似合わないような風景だったからだ。

背を押された神父はそのまま光の中に入っていった。

彼がもう一度こちらを見ながら手招きをし始めた。でも、自分には似合わないと、その場で数回首を横に振った。でも、彼らは気にせずにこちらを見ている。


どれだけ待っても彼女が来ないので、僕は思いきってみる事にした。隣で待ち続けている神父に少し話して、光から手を伸ばし彼女の長い腕を気にせず手を掴む。姿が昔と比べて変わってしまっていようがどうでもいい。こちらには出会った日から顔が見えない神父がいる。なので気にしていない。神父の顔も気にしていない(素顔は気になるけど)。僕は3人でまた一緒にいたい。3人で適当な会話をした日も、会話をせずに同じ場所を眺めているだけだった日も。全部が好きで、もちろん今も好き。2人を置いていってしまった事だけが気がかりだった。

お願いだから、こっちに来てほしい。一緒に居てほしい。

『シスター』は引っ張られてしまったので諦めて光の中へと入った。


平和な世界で3人でのんびりと暮らす事も夢見ていたから、奈落に似合わないこの世界が生まれた。

光は薄れていく。誰にも邪魔されたくないかのように消えていく。




最後に、奈落そのものの暗闇だけが残った。

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奈落旅行 魔人。 @Majin-444666

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