第8回
「あたしのせいなの……」
階段の一番下の段に腰を下ろし、両膝を抱き込んで、ゆらゆらと体を揺らしながら美都子は話し始めた。
「あたしが、面倒がらずにちゃんと英一と一緒にいたら、こんなことにはきっとならなかった……」
「そんなことないわ、美っちゃん」
隣に座った加奈子が手を伸ばしてなぐさめようとしたが、美都子はその手を拒否した。
「そうなの! あたしは、あの子のこと邪魔だと考えてたの!
すぐピーピー泣くし、口を開けば帰ろう帰ろうって、同じことばっかりぐちぐち言うし、歩くのも遅いし。
もううんざりだった! だからあのとき、加奈子に押しつけて、1人になったの!
あの子から離れて、1人になりたかったの……」
「……うん。気付いてた」
嫌がる美都子を、それでも強引に引き寄せて、その頭を抱き込む。
「なかなか戻ってこないんだもの。そんなに大きな場所じゃないのに、美っちゃん、どうしたのかな? って思って、もしかしてそうなのかな、って」
美都子は電池が切れたように加奈子にもたれたまま、すーっと息を吸い込んだ。
「ごめん、加奈子……」
「ううん。もしそうなら、いいなって思ってた。あのときの美っちゃん、わたしから見てもちょっと怖かったし、すごく気持ちに余裕がなさそそうに見えてたから。ちょっと離れたほうが美っちゃんのためにもなるって思ったの。わたしは英ちゃんといるの、全然なんともなかったし」
「でもあたしは……っ、あのあとも、あたしは――……?」
突然脳裏にひらめいた光景に、美都子は心を奪われた。
ほんの一瞬だったが、それは強烈な衝撃でもって美都子の頭を揺さぶった。
暗い夜の山の中、ナタを持った手で茂みをかき分けながら走っている自分。ぼろぼろ泣いてえづきながら、ガチガチ鳴る歯の奥で、英一と加奈子の名をくり返し呼んでいた……。
(……いや、おかしくないよね? うん。そうそう。そうだ。いくら捜しても英一が見つからなくて、それでとにかく一度山を下りようって加奈子と話して、助けを呼びに行ったんだから)
「美っちゃん?」
「……あ、ごめん。
2人でしばらく英一を捜して、でも見つからなくて。町へ下りて訴えたんだけど、でも、だれもまともに取り合ってくれなかった。英一はここにいるっていくら言っても信じてくれなくて、両親も近所のみんなも、見当違いのとこばっかり捜して」
「なぜそう思ったんだ」
腕組みし、壁に背を預けて立っていた政秀が問う。
「だって、声がするんだもん。
さっき聞いたよね? あの声。あんなにたくさんの声を聞いたのは初めてだけど、英一があたしや加奈子を呼ぶ声を、何度も聞いたの、ここで」
「……そうか」
「でも、いくら言っても出てきてくれないし、どこに隠れているかも分からなくて。
きっと、あたしじゃ駄目なんだ。あたしが呼んでも出てきてくれない」
また涙がこぼれだしたのを見て、加奈子がそっと抱き寄せた。
「長谷川さん。それで、さっきの化け物は何なんでしょうか」
「なぜ俺が知っていると?」
「分かりません。ただ、あなたは拝み屋だと言われたし、不思議な術も使えて、知識があるようだから、もしかして、って……」
政秀は少し考えるように視線をずらし、そして答えた。
「
天に上がれず地底にも行けない、道理を解せず迷妄の執念を抱えたまま地上をさまようしかない霊、怨霊だ」
「怨霊……。あの4つの人影もですか?」
「それに答える前に、俺からも聞いておきたいことがあるんだが」
「何ですか?」
「おまえたち、ここについてどこまで知っている?」
「どこまで、って?」
美都子が訊き返してきたのを見、加奈子も分かっていない様子なのを見て、政秀は、はーーっと深いため息をついた。
「知らないでここへ来たのか……」
うすうすそうじゃないかとは思っていたが、と前髪をかきあげる。
「まあいい。悪いのは黙っていたおまえたちの親だ。いや、曾祖母か」
「大ばあちゃん?」
「少し重い話になるぞ。覚悟して聞け」
そう前置いて。政秀が目を閉じて話し始めたのは、こういうことだった。
◆◆◆
昔。今から約70年前。学校からの帰宅途中、子どもたちが行方不明になる事件があった。
最初の行方不明者は梶本 ミツ、8歳。午後3時半、校門に立つ女教師に見送られて帰路についたのが最後の目撃証言だった。
農作業を終えて帰宅した両親が娘の不在に気付き、友人宅を回ったが誰もミツを知らなかった。その後、村の男たちが総出で捜索したところ、通学に使っていた山道の斜面の下の茂みに引っかかっていたふろしきが発見され、教材に書かれた名前からミツの物だと特定された。もしや足をすべらせたのではと周囲を捜索したが、ミツの姿はどこにもなかった。
当時、この山にはクマやイノシシ、野犬といった雑食の野生動物が数多く棲んでいて、目撃者も少なくなかったことから、きっと彼らに運ばれてしまったのだろう、と皆結論付けた。
当初これは不幸な事故だと思われていた。
3人目の行方不明者が出るまでは。
3日後、またもや帰宅途中の子どもが行方不明になった。草川 ヨシ江、6歳。
今では考えられないことだろうが、当時はそういった、小さな子どもの単独帰宅は当たり前だった。両親、祖父母、兄や姉たちまで、働ける者は全員早朝から田畑や海に出て、日暮れまで働く。子どもの送迎に費やす時間も人手もない。
ヨシ江の行方が分からなくなり、やはり斜面の下で持ち物が発見され、ミツと同じように死体が発見されなかったときも、不幸な事故というのは続くものだと思われただけだった。
だがその1週間後に3人目の柴田 ヨネ、5歳が同じように消えたときは、さすがに大人たちもおかしいと思わずにいられなかった。
話し合い、持ち回りで家のだれかが迎えに行き、集団下校をするようになった。
そうして2週間後。4人目の川原 マサオ、6歳が消えた。
「川原!! 大ばあちゃんの結婚前の旧姓だ!」
美都子は驚きのあまり目を見開いて加奈子の肩から頭を起こした。
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