第9回

 川原 マサオは、それまでの3人とは少し違った消え方をした。


 迎えを待って他の子どもたちと校庭で遊んでいて、気が付いたらいなくなっていたのだ。

 他の子どもたちはサッカーボールの奪い合いに夢中で足元ばかり見ていて、ゴールを守っていたマサオを視界に入れている者はおらず、女教師は子どもたちが一緒に遊んでいるのだからと思い、教員室でその日行ったテストの答案用紙の採点を行っていた。

 先の3人と違ってマサオは校内で消えたことから、彼らはまず校内を捜索した。


 ここで事態は急展開を迎える。


 外で行方不明になったと思われていた3人の少女の遺体が、校内で発見されたのだ。

 場所は、階段下の掃除道具入れ(物置)だった。そこの奥の壁の1枚が外れるようになっており、そこから校舎の床下へもぐれるようになっていた。


 マサオの捜索中、物置をのぞいた女教師が腐りかけた肉のようなにおいを嗅ぎ取り、最近奥の壁板を外した形跡があることに気付いて不審に思い開けると、懐中電灯の光に浮かび上がったのは、腐乱したミツ、ヨシ江、ヨネの遺体だった。


 まるで昼寝をしているかのように横たわったその3人の遺体の首には、大人の指で絞められた痕跡がくっきりと残っていた。


 犯人は、その夜現場に戻ってきたところを張り込んでいた警察官によって逮捕された。山の反対側に最近建てられた、篠津西保養院(精神病院)の患者で、村上 浩一という55歳の男だった。


『ここはもともと軽い疾患の人を短期入院させるための療養所なんです。その中でも彼はおとなしくて、行儀のいい人でした。言っていることもそんなにおかしくはないし、こちらの言うこともよく聞いて、同じ入院患者の世話をみることもたびたびあって。一見、そういった病気の人とは分からないように見えていました』


 保養院で働いていた者たちは彼が逮捕されたと聞いて大変驚き、一様にそう語った。


『こんなことをしでかす人には見えなかった』


 と。

 それは彼を預かる側であった責任をどうにか回避しようという考えもあったのかもしれかなったが。


 マサオの遺体は見つからなかったが、おそらくマサオも殺されていて、村上が犯人で間違いないだろうということになった。


 このときすでに市町村合併の話は持ち上がっていて、白川村は篠津町に統合されることが決定していた。半年とかけずに白川村尋常小学校は廃校となることが決まっていることもあって、悲惨な連続殺人事件の現場ということで学校を閉鎖しても特に大きな問題は起きず、以後、子どもが消えることも起きなかった。


◆◆◆


「……大ばあちゃんも、ここで弟を亡くしてたんだね……」


 美都子はいつになく神妙な顔をしてつぶやく。


「それで、犯人はどうなったんですか?」

「精神病患者だからな。逮捕時に暴れて手が付けられなかったことや、その後の事情聴取でもおかしな発言・挙動が多々見られたことから刑事責任能力なしと判断され、不起訴になった。他県の、もっと厳重な病院へ転院したとしか分かっていないな」


 これでもまだ深掘りして調べたほうだ。篠津西保養院はこの事件がもとで信用を失い、2年ともたずにつぶれてしまった。70年前の事件、しかも子どもが異常者の餌食になったというセンセーショナルな事件であったために当時報道規制が敷かれたということもあって調査は難航し、詳細を調べるのはほぼ不可能だった。


 それでもここまで調べたのは、ここで『霊現象』を起こしている霊の候補にこの男が入っていたためだ。


(実際は、この2人が解体を妨害するためにやっていたわけだが……)


 渋い顔で2人の少女を見ていると、顔を上げた美都子とばちっと目が合った。


「ねえ、おじさん」

「その呼び方はやめろと言っただろう。

 まあ、いい。なんだ?」

「ちょっと一緒に来て、見てもらいたい物があるんだけど……」


 ちら、と加奈子を見る。

 加奈子は察しが良かった。


「わたしには一緒に来てもらいたくないのね?」

「うん。……ごめん」


 いいわ、と言うように加奈子は首を振り、肩を抱く手を外した。


◆◆◆


「あっ、と。加奈子を1人にしても大丈夫かな?」


 玄関から外へ一歩出た直後、美都子は思い出したように振り返った。

 階段の下に加奈子は立っていて、美都子が振り返ったことでまた手を振っている。


「良くはないな。だがそれは俺たちも同じだ。ここがナイトフォールである以上、どこにいても危険は同じだ」

「ナイトフォール?」

「気付かなかったのか?」


 政秀は正面の太陽を親指で指した。太陽は水平線に触れそうで触れない位置にある。あの化け物に襲われて、廃校舎へ逃げ込んでから1時間以上経過しているはずなのに、一向にたそがれ時が終わっていない。


「そういえば……」


 すっかり忘れていた、という美都子の様子に政秀はやれやれと肩をすくめ、説明した。

 ナイトフォール。それは怨霊が最も力を発揮することができる異界である。そのため怨霊は標的を定めると、この異界へ引き込むのだ。時には周囲の物もろともに。


「つまりあたしたち、引き込まれちゃってるってこと?」

「そうだ。70年力を蓄えた怨霊なら、この廃校舎の敷地丸ごとナイトフォールに引き込む力があってもおかしくない。

 だが、これはこれで、こっちに利点もある。向こうは気付いていないだろうが」


 片方の口角を上げて見せる。何やら考えがあるようだ。

 そうしてスポーツバッグを肩に担ぎ、沈まない太陽へと顔を向けた政秀の横顔に、美都子は知らず知らず目を吸い寄せられると同時に、あることに気付いた。


「その目」

「ん?」

「今気付いたけど、右目がちょっとおかしくない? 虹彩がなんだか薄い……茶? ううん、金色の輪に見える」


 不思議、とまっすぐ目をのぞき込んでくる美都子に、政秀は大仰そうにため息を吐き出した。


「おまえ、何でもそうやって口にせずにいられないのか?」

「……え? ええっ?」


 カッ、とほおが熱くなり、赤面する。


「おまけに察しも悪い。少しは親友を観察し、彼女を見習って努力しろ」

「……むう。悪かったね、考えなしでっ」

「そんなことより、いつまでここに立たせているつもりだ。さっさと見せたい物の所へ案内しろ」

「分かってる!」


 ぷんっ、と腹を立ててそっぽを向き、どかどか足を踏み鳴らして廃校舎の壁面に沿って歩いていく。


 そんな美都子でも、しっかり気付いていた。

 政秀が彼女の質問に答えず、初めてはぐらかしたことに。

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