第11話

 何処かで聞いた事のある名前。


「今、ご家族がいらしてるから急いでね」


 が、請求書の、″ 荒河京介 様″ という字面を見ても、顔は思い出せない。


 総合病院だけに、入院患者も数えきれない程いたからだ。


  階段を使って三階に上がると、じわっと額に汗が滲んだ。


「……ふぅ」


 この病棟の患者さんは、末期ガンの方が多い。

 他に、 ご家族が看病に疲れた時に一時的に患者さんを入院させたり、ガンの痛みを和らげる治療を施す病棟でもある。

 退院という事は、容態が落ち着いているのだろう。


「302……と」


 目的の病室の近くで、何やら深刻な顔をして話す男性達がいた。

 きっと、302号室の患者さんのご家族だ。


「明日から大変だよ」

「死ぬまで退院させるなよなぁ」


 けれど、その二人が険ある顔で病室の方を睨んでいたので、怖くて近寄れなかった。


「最近は認知症も入って昔の話ばっかするし、そもそもオヤジとの思い出なんて無いけどな」


「誰かと勘違いしてんだろ、俺、クラゲに刺された覚えな……あ、何か? 」



 一人が、突っ立っている私に気が付いた。


「荒河さんのご家族ですか?  請求書をお持ちしました」


 その時の、私の声は微かに震えていた。













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