第4話

 今まで嗅いだ事のない、香ばしい匂いが漂う、高級鰻の店。


「この前、風鈴ありがとうね」


 秋の始め、荒河さんが私達を食事に誘ってくれた。

 赤の他人の子供から貰った手作りの風鈴。さほど嬉しくも無かっただろうに、


「おじさんところ、女の子居ないから、何が良いのか分かんなくて」


 生真面目な荒河さんは、その御礼だと言って、私と妹にお揃いのポーチをくれた。


 ピンクのレースで出来たそれは、小学生の私達が使うには、大人っぽいと言うか地味なもので。


「ありがとうございます、旅行とかに良いわね」


 ちょっとガッカリする私達の代わりに、母が御礼を言った。


私も妹も、″他所のお父さん″ である荒河さんには、なかなか心を開かなかったが、


「うちの息子達は、もう一緒に外食に行かなくて」


  荒河さんは、こんな私達でも「可愛い」と言って、こうやって食事に連れて行ってくれる優しい人だった。


「紀保ちゃんは、将来、何になりたいの?」


 鰻を頬張る私に、荒河さんが聞いてきた。


 その頃の私の夢は、漫画家になるという、かなり非現実的なもので、それでも自分にはその道しか無いと思うほど、漫画や絵が好きな小学生だった。


「……漫画家……」


ボソッと答えると、母が口出ししてきた。


「この子ったら、漫画ばっかり読んでるんですよ! 人の家に行っても、漫画本あれば没頭して言葉も発しない」


  母が言ってる事は本当だ。

 親戚の家や友達の家に行っても漫画本があれば滞在中は、ずっとページを捲っているタイプだった。


「本当に漫画が好きなんだねぇ」


 その時の荒河さんは、半分呆れたような声を出していた……ようにその時は感じていた。


 過度の漫画好き=根暗=オタク。


 世間がそう捉えていることを、小五の私でも分かっていたから余計に。


でも………――。












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る