第12話

年賀状を見終わり、二人は書き初めをしようと決め、長い習字の紙を取り出してそれぞれに筆を持った。空気は少しピリッとしていて、何か大きなことを始めるかのような気分だ。装雁が一番最初に筆を取り、心を込めて「迎春」と書き始める。その姿を見ながら、庭思はなかなか手を動かさない。


「迎春?普通」と庭思は言いながらも、どうしても言葉を選んでいるようだ。「なんか、もっとインパクトがあって、かっこいい感じのを書きたいなぁ。」


「じゃあ、どうすればいいの?」装雁が筆を止めて、庭思に尋ねる。


庭思は少し考え込み、「じゃあ、『闘春』にするかな。」と言った。装雁はそれを聞いて一瞬驚いた顔をする。


「?なんで戦うの?」と、装雁が不思議そうに聞く。


「なんか盛り上がる感じがして…。」庭思はちょっと照れながら言った。


「でも、書き初めって、静かな気持ちで始めるものだよ。戦うって、ちょっと違うんじゃない?」装雁は筆を持ち直しながら、少し呆れたように答えた。


庭思はすぐに筆を持ち直し、言い訳をするように続けた。「いや、ほら、習字って、紙と戦ってる感じがあるじゃん。筆と墨と戦うっていうか、そういうイメージだよ。」


「なるほど、習字と戦うわけね。」装雁は笑いながら言った。「でも、闘春って、ちょっと不吉な感じがしない?」


庭思は軽く肩をすくめて、「まあ、確かに。それなら、『新春』とかでも良かったかな。」と、少し納得したように言った。


それから、庭思は筆を取ってしばらく悩んだ後、ついに「本日、天気晴朗なれども波高し」と書くことに決めた。その一文は、どうしても庭思の心に残っていた言葉だった。書きながら、庭思はその意味を考えている。辞書やネットで見つけたその言葉に、何か深い意味があるように思えて仕方なかった。


「なんでそんな文章なの?」と装雁が目を丸くして聞いた。


「?、これは日本の文化的遺産ってこと、名言みたいなものと思って。」庭思は少し誇らしげに答える。


「それ?どこから持ってきたの?」と装雁がさらに聞くと、庭思はちょっと恥ずかしそうに言った。「ネットで調べたら出てきたんだよ。」


「ネット?」装雁は眉をひそめる。「ネットに載ってるの?」


「うん、辞書にも載ってたし。」と、庭思は言った。


「辞書?ネットじゃなくて辞書?どっち?」と装雁が笑いながら突っ込む。


「いや、辞書って言おうとしたんだ。なんか、辞書の方が説得力あるかなって思って。」庭思は軽く肩をすくめる。


「ネットって説得力ないの?」と装雁がまた尋ねる。


「軽い感じがするというか…。」庭思は少し間を取ってから言った。


「軽い?ネットサーフィンしてるから?」と装雁が茶化すと、庭思は笑いながら答えた。「いや、ほんとに、重いと動かないんだよ。」


「その重い軽いじゃなくてさ。」装雁はちょっと呆れて笑いながら言った。「とにかく、書き初め、やろうよ。もう。」


装雁が筆を取って、改めて「迎春」と書き始めると、庭思もようやく筆を手に取って「本日、天気晴朗なれども波高し」と書き出した。庭思の心には、言葉の意味やその深さが少しずつ広がっていく。庭思と装雁はしばらく静かな時間の中で、筆を動かし続けた。

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