第9話 現実と悪夢
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初めてこいつは心を開いた。親から愛されなくても懸命に曲がらずに生きようとしたけれどやっぱりどこかが欠けていたのかもしれない。子供みたいにはしゃいで、怒って、かと思えばころりと笑う、けれど触れるのを怖がり心を上手く隠して深く踏み入らせることはしない。まるでおびえた子供だ。
彼の寝顔はどこか苦しそうだ。あたしは彼の頬をそっと撫でた。今までの行動が少し理解できた気がした。怪しんでも、怒っても、あたしから離れない。あたし以外を知らないから。でも心を開いたりはしない。あたしのことも知らないから。
悲しみに包まれて生きていたのかもしれない、でも、あんたはきっと優しい人よ、だって初めて会ったとき、真っ先にあたしを助けてくれたんだから。
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気が付くと僕はあおむけに床の上に寝ころんでいた。やけに視界が黒く、頭が重い。ヘッドセットを被ったままだということに気づくのに30秒ほどかかった。僕はそれを脱ぎ捨てて息を吸った。
「ごほっ」
醜い空気が肺の中によどんで溜まったような気がした。僕はよろよろとベッドの上に改めて横になった。全身が筋肉痛だ。あんなにはしゃいでゲームをしたのはいつぶりだろう。
「ゲーム…」
…僕は少し疑問に思った。本当にゲームなのか?と
冷たくも生気に満ちた空気
舌を焦がすほどの熱々で香ばしい料理
部屋の中なのに広大で無限に続く大地
…魂がこもったような人間の言葉
僕は何となく不安に駆られヘッドセットを確認した。
黒く無機質、そしてどこか不気味なそれは金属でもプラスチックでもない質感でレンズがあるところにはライトと短いアンテナ?のようなものがびっしり生えており、気味が悪かった。
「…普通じゃないのか?」
アンテナ…光…なんだかSFじみている。大人気小説でフルダイブ?するVRゲームがあると聞いたな…これは…それのプロトタイプなのか…?実現が可能な技術になったのか?
「まぁいいか」
…まぁ、どうでもいい
僕はベッドの上にまた寝転がった。スマホを確認して貯金を確認する。
「まだ余裕あるな」
僕はまたぼーっと天井を見上げた
「帰りたい…」
帰りたい、どこへ?ここが家だ、あそこもあそこも家じゃない、じゃあどこへ?ゲームの世界へ?僕は気を紛らわそうとテレビをつけた。
─────────中国地方では大規模な大雨が─────────
─────────あの大人気俳優が暴行事件─────────
─────────5人が行方不明、調査は難航──────
僕はテレビを消した。
…特に何も感じない…ニュースを見ても現実というのがよくわからない、テレビの向こうの世界は本当に存在しているのだろうか?どうでもよく思えても僕以外の人にはきっと大事なことなんだろう、じゃあ僕が大事なのは?
おもむろに携帯がなった。ハルキからだ、というかハルキ以外誰もいない
そっち大丈夫か?
何が?
なんか物騒な事件が起きてるじゃん、お前んとこの町で5人消えたとか
誘拐か?でもうち貧乏だし身代金はらえんよ
そうかな…そうかも…?まぁいいやなんかあったら言えよ
親かよ
苦笑しながら久々に彼と電話をすることにした。
「もしもし?」
「よぉ、電話するなんてなんか久々だなぁ、どうした?彼女出来た?」
「ゲームの世界ならできた」
「ははっ、俺もいっぱいいるぜ」
僕はくだらない軽口を彼と叩きあった。
「なぁ」
「なんだ?」
「ツバキお前最近元気か?」
「なんで?」
「いやなんとなくさ、こうやって連絡は取っても最近一度も会ってないだろ?」
「元気だよ」
「ならいいんだが」
元気かどうかはわからない、でもバイトを辞めてたまたま50万の宝くじが当たって今好きなことができてる、あぁ幸せだよ。
朝起きて
窓を開けて
冷蔵庫からコンビニのおにぎりを取り出してそのまま食べて
出しっぱなしの腐ったお茶を飲む
そして一日中ゲーム
「元気だよ、そっちはどうなの?」
「留年しそう」
「君のほうが重大では?」
楽しい、彼と会話するのはゲームをするのよりも楽しいと感じる。でもそれを言ったらなんかキモいし言わない。VRゲームのことを話そうか迷ったがあんな明らかに怪しいものを話してもしそれが事件や詐欺に関係して迷惑がかかるかもということを考え、話すのは止めた。ハルキの大学生活や、新しいゲームのことをだらだらと話し、しばらくして会話を切ると僕は冷めたカップ麺をすすって横になった。
くわぁとあくびをしてうとうとするとけだるさと共に意識が落ちた。
夢を見た、温かいご飯をバルゼーとハルキと囲んで食べる夢を、そして2人がいなくなり、どちらについていこうか迷う夢を。目が覚めると僕は心臓がどきどきして息が浅かった。急いで窓を開けて換気をすると僕は少し落ち着いた。
今日の予定は何もない。
明日も
明後日も
明明後日も
僕はゴミを部屋の片隅に無理やり押し込んでスペースを作ると黒いVRヘッドを被り電源を連打した。光が目を貫き、何かが自分の体から出ていくような感覚、意識が遠くなるのを感じて僕は気絶した。
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