第8話 静寂の樹木の下で
僕は無心で周りの肉塊を拾い集めていた。焦げているもの、生々しいもの、固いもの、柔らかいもの、それがもともと何だったのかわからないような肉塊の中で比較的大きいものをバルゼーの指示で黙々と拾っていた。
「な、なぁ…」
彼女が申し訳なさそうに話しかけてきた。
「…爆散させたの謝るからさ…」
おどおどしながら彼女はつづけた
「そろそろ口きいてくれよ…」
…怒ってるっわけじゃない…ただ…思ったよりもショッキングで…内臓が…肉塊が…そして思った以上にこいつの戦い方が苛烈で…なんだかどっと疲れが出てしまっただけだ。
…現実が辛いからゲームをしているのにどうしてゲームの中でも嫌な思いをしなければいけないんだ?なんだか涙が出そうだ…
僕は大きめの肉塊を2、3個担ぎ、彼女はバッグの中に袋詰めした肉塊を十数個と鱗やつめの欠片をしまい込んだ。
「え…っとね…残りの肉塊は焼却処理すれば魔力汚染されないし荒らされることもないから…」
彼女は話し続けた
「…この規模のドラゴンを二人で倒すにはこれが最適解だし………ごめん…その…グロいもの見せて…」
珍しく彼女がおどおどと謝った。
「いいんだよ、命の瀬戸際に文句は言えないよ、行こうか」
「えっあっ…お、おう…」
僕たちはまた歩き始めた。1時間ほど無言が続いた後、遠くに巨大な一本の木が見えてきた。近づくにつれ巨大化していき、ふもとに着くころには天まで届くのかと錯覚するほどの大きさだった。普通の木と違い根っこにすら枝が生えており、ほぼ全ての高さにいくつもの枝が屋根のように枝垂れていた。そしてその隙間から聞いたことのない虫の鳴き声や、鳥のさえずりが聞こえ、簡単な演奏会のようだった。
「綺麗だな」
僕は思わず声を漏らすと彼女の顔がぱぁっと明るくなった。
「いいでしょ、この時期は巨大樹の苗木に動物が集まるのよ」
彼女はリュックをどさりと地面に置くと、中から骨組みのようなものと布を取り出した。
「時間も時間だし今日はここで野宿するわ、暗くなる前に準備するわよ」
「町まであとどれくらいなんだ?」
「歩いて3時間くらいね、でもリスクのほうが高いわ」
「じゃあ野宿しよう」
「信用してきてくれてるわね」
「…今更か…?」
彼女は会話しながらてきぱきとテントを組み立てていた。
「水汲んできて」
彼女は僕にそういうと小瓶を二つ渡してきた。言われた通り水を汲もうとしたが川がない。どうしようかあたりを見渡すと木の幹から水が漏れ出ていることに気づいた。そこから水を汲み、戻るとテントは完成し、中でくつろいでるバルゼーが手を隣にぽんぽんと叩いた。
「水ってこれであってる?」
「あってるよ」
「よかった」
「乾杯」
彼女が小瓶を上に掲げた
「乾杯」
小瓶が軽くぶつかりカチャリと音を立てた。木からとれた水はほんのり甘い香りがした。彼女曰く煮詰めていない樹液らしい。
心地が良かった。いつもは一人で味のしないお茶を飲んで、一日中一人で横になっていたから。どうして誰かが隣にいるだけでこうも幸せを感じることが出来るのだろう。ここにハルキもいればなぁと僕は漠然と考えた。
それから僕とバルゼーは30分くらい何もせずぼーっとしていた。静寂を先に切ったのは彼女からだった。
「あたしの母さんがさ」
「うん」
「…渋って死ぬならド派手に生きろってよく言ってたのよ」
「ふぅん」
「でもあれはその…ド派手すぎたわ…」
「だから気にしてないって」
「…そう…」
「しかもあの竜はド派手に死んだしな」
「あぁ…うん…」
僕と彼女はまた少しの間黙っていた。あたりはすっかり暗くなっており、動物の鳴き声は消え、虫たちの音色が周辺をより強く響かせていた。
「どんな人だったんだ?」
「ん?」
「君のお母さんは」
「どうして聞くの?」
「…親ってのをよく知らないんだ」
「なにそれ」
彼女はふっと笑った後水を飲み干しぽつぽつと話し始めた。
「…優しい人だったわ」
懐かしそうに語り始めた。
「いつも笑顔で勇敢で、私はこの国で最も偉大な魔女だぞってよく自慢してた」
嬉しそうに話している。
「うざいなーとは思ったけど実際そうだったし、あたしが魔法使いになったのもお母さんに憧れてだったわ」
軽く笑いながら話している。
「…あたしね、お母さんと喧嘩別れしちゃったの」
彼女の顔が少し悲しくなった。
「………喧嘩してから…仲直りできないで死んじゃった。招集されてね、戦場で治癒魔法を兵士に使えって…あたし…お母さんに酷いこと言っちゃったわ、悲しくて、そばから離れたのが裏切りだと感じて…」
彼女はうつむいた。
「…結局お母さんは…戦場で、兵士の手当をしてるところに…魔族の魔法が…」
彼女はぷつんと言葉を閉じた。
「…それは…」
僕は少し悲しい気持ちになった。
「悲しいな…喧嘩別れして…」
「そうね、死んだって聞いたときすごく泣いたわ。どうしてあんなひどいことを最後に言っちゃったんだろうって」
彼女はごろりと寝ころび頭上のランプをぼーっと見つめた、少し黙った後、口を開いた。
「…でもね、いつもお父さんも、お母さんの友達もずっとあたしに言ってくれたのよ、お母さんはずっとお前を愛していた、コレっぽっちも怒って無かったって」
彼女は小瓶の水を一気に飲み干した。
「…だから、なんていうかな…曲がらないで生きてこれたわ……お父さんも、お母さんの友達も、もう死んじゃったけど…」
また彼女はさみしそうに言った。
「いやね、戦争なんて………はぁ」
彼女は悲しそうにため息をついた。
「あぁ…やだな」
静寂が再び僕たちを包んだ。
「あんたの親はどんなだったの?」
「知らない、お父さんは生まれる前に死んでお母さんは産んでる最中に死んだ」
「えっ…」
「あまりしたい話じゃないしいいかな」
彼女は起き上がって僕の横顔を見た。彼女は何を言おうかと迷って口を開けばそっぽを向いて長考していた。彼女は軽く息を吐いたあとつぶやいた。
「悪かったよ…」
「先に聞いたのは僕だし謝んなくていいよ」
…そうだ、僕にはわからない話だ。愛されることも大事な人と喧嘩をする辛さも僕はわからない。僕はごろりと寝転がった。彼女は明かりを消そうとランプをいじっていた。
「なぁ」
僕は思わず聞いてみた
「親に愛されるって幸せか?」
彼女は僕を見てまっすぐ答えた。
「幸せよ」
そうかと僕は答えた。明かりは消え、ごそごそと少しの物音がした後今度は完全な静寂があたりを包んだ。いつも寝るときは一人だったが隣には大きくてあったかくて柔らかい誰かがいた。僕は初めてすぐに寝付くことができた。
「おやすみなさい」
優しい声が暗闇に消えていった。
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