ゲームトリッパー対策課

天野いあん

ゲームトリッパー対策課

 朝、目覚めると外から鳥の声が聞こえる。俺は誰かって? 俺は普通の男子高校生だ。平穏で退屈な日々を過ごすだけの、普通の高校二年生。食パンを咥えて遅刻だと走っていれば美少女にお目にかかれる、なんてことはなく、今日も遅刻しない時間に気だるげな「いってきます」を一言だけ母親に言って、家を出る。道路脇の通学路を渡っていると、背中に強い衝撃を感じて、思わず前に転びそうになった。

「いってぇっ!」

「〇〇、おはよう!!」

この元気にゴリラ並みのパワーをぶつけてきた、短いピンク髪の女子生徒は桜田ユイ。一歳年下の幼なじみで、いつもやたらと俺に構ってくる。ていうか、またスカート折ってるし。にしても折りすぎだろ。動く度に目に毒だ。

「おはよう」

「ねぇ聞いて聞いて! 今日珍しく早起きできたの! 凄くない!?」

「はいはい」

「え!? 反応が薄すぎるよ〜!」

「うるさい、いい加減、突撃してくるのやめろ」

「え〜? 私に突撃されて、嬉しくないの?」

「嬉しいと言うより痛い」

「ひっどーい!!いいもん!ミキちゃんに泣きつくもんね!」

「はぁ、もう勝手にしろよ」

青崎ミキは転校生で、俺のクラスに数日前に引っ越してきた。濃い青色をしたロングの髪を垂らして、無口で顔も無表情。はっきり言って愛想は悪い。あまり俺自身が話す機会はないが、ユイがよく昼休みに話しかけているところを見る。いつの間にそんなに仲良くなったのかと不思議に思う。

「あ、カレンちゃんだ!!おはよ~!」

「な、何よ! 話しかけてこないで!」

「えー、だってだって!」

ユイが城宮カレンに後ろから抱きつく。この背が低いツインテの金髪ロリっ子ツンデレ御曹司は、頭がいい割に意地が悪く、よく昼休みはわざわざ隣の教室から俺をバカにしに来る。

「えへへ、カレンちゃん可愛いから!」

「は、ハァ? いい加減にして! あと重い!」

「えー、可愛いと思うよね? 〇〇!」

まさか、こっちに話題を振ってくるとは。ユイにのしかかられたカレンが振り返って、様子をうかがうように、こちらを見ている。

【 まぁ、そうだな 】

▷【 確かに可愛い 】

 【 普通だろ 】

「確かに可愛い」

「だよね!だよね!」

「ちょっと、調子に乗らないでよ!」

カレンは顔を真っ赤にして俺の胸板を叩いた。普通に痛いからやめてほしい。

「あ、また放課後は集合だからねっ!」

「またそのよくわかんない集まり? あのね、私は忙しいのよ!」

カレンが異議を唱える。

「えー、でも楽しいじゃん!」

ユイが俺の耳に顔を近づけて、隠し事をする子供みたいに耳打ちしてくる。

「カレンちゃんて、嫌がってる割に毎回来てくれるし、優しいよね、へへ」

「ちょっとあんた、聞こえてんのよ! というか近い!」

「えー? 幼なじみだし、いいよね?」

「俺は別にいいとも言ってないけどね」

「ふん、ほらね!」

「ええ? あっ、じゃあ放課後ね!」

そう言うと、ユイは下駄箱の方へ走って行った。


 教室に入る寸前、クラスメイトと話していると、誰かとぶつかる。慌てて腕を掴んで下敷きになったものの、二人揃って倒れてしまった。

「ごめん、大丈夫か? シオリ」

「ああ、〇〇くん。おはようございます、ふふ」

花倉シオリはメガネをかけたおっとり委員長。彼女の美しい茶色の髪の毛からは、良い匂いがした。彼女は優しく真面目で、花のような見た目、そしてデカい………なんでもない。俺は彼女が俺の腹の上からどくまで、必死に彼女の顔の下のソコから目を逸らした。ともかく、彼女はユイとは大違いだ。

「ふふ、すみませんね、下敷きにしちゃって」

「あ、いや、こちらこそぶつかってごめんな」

立ち上がった頃、ちょうど担任が、ホームルームを始めるから席に着けと言う。俺は会釈をして、自分の席に着い


「は? なんだこれ」

自分の体に数字が浮かぶ。よく見ると、これはプログラミングの文字……?

「……気持ち悪!」

ウジ虫のように腕を数字が覆い尽くす。教室の外を見ようとすると、そこにあったのは四角い狭間だった。


狭間? 何を言ってるんだ、世界に浮かぶモニターがあってたまるか。窓なんかじゃない、次元の境目か、なんか、よくわからないもの。だが、それがどんどん遠ざかっていく。振り返ると、教室だったはずの空間から皆が困惑した表情で俺を見つめていた。

「どういうことだよ! おかしいだろ」

叫ぶと、遠くから何か声が聞こえる。周りの声が聞こえなくなって、そいつに耳を澄ませた。

『飛 ✕ こ え ✕』

「は!?」

『と び ✕ ✕ ろ』

飛び越えろ? 飛び越えろって言ってるのか? こんな世界の狭間みてえな意味のわかんねえところに、ここから入っていけってことか?

冗談じゃない、そんなの、もう遠すぎて、教室側から行くにも届かないだろ。それにみんなは?

「行って!」

振り返ると、委員長が言った。俺は、目をつぶってそこに飛び込んだ。


「オエェエエ」

 頭が揺れる。俺はよくわからない機械の上にベシャベシャと吐いた。

「驚いたわ。本当に次元を飛び超えさせることができるなんて」

狭くて暗い箱の外から、冷静な女の声がする。続いて、男の癖に甘い声が聞こえた。

「いや、これは次元を超えてるわけじゃないんだ、彼らと俺らの次元はもはや同じだから」

「アァァ、オォエエ」

「ところで、なぜ彼はずっと吐いているのかしら?」

「体を適応させきれてないんだ、それを"吐く"という解釈で反応を起こさせ体に理解させた上で」

「やっぱり説明しなくていいわ。……このままだと、貴方が作った機械が壊れるんじゃなくて?」

「大丈夫! 存分に吐けるよう、中に箱を置いておいたからね」

もう胃の中にも何もないだろうに、気持ち悪い酩酊感で吐き気が止まらない。鼻の中に入った胃酸の味、狭い真っ暗な空間で自分のゲロの臭いをかぎ続けなければならない地獄。狭すぎる、宇宙船の緊急用ポットだってもっと大きいぞ。

「っ、はぁ、ッハァ、出せ!!!っぉえ」

「……ねぇ、そろそろ出してあげましょうよ」

「いや、もう少し待とう」

「出せよ!!ッオエェ」

俺はドンドンと機械の壁を叩いて、光が見えた所を力強く押しながら、中から扉を蹴り飛ばした。

「……あぁ、壊れちゃったか」

「えぷ」

蛍光灯の眩しい狭い場所で、ゲロまみれの顔で見渡す。そこにいた二人は、驚いた顔で俺を見た。

「……はぁ、シャワーの用意ね」

「ふふ、そうだねぇ」

そう言って出ていった女は、灰色のストレートの髪を肩まで伸ばした、絶世の美女とも言えるべき外国の顔立ちだった。眼鏡が美しい目を覗かせ、 スーツを着こなしている。

「中も君のゲロだらけだ。悪かったね、辛い思いをさせて。置いておいた箱は? 気づかなかったかな?」

「知らないです、水、ください……」

もう一人の怖いくらい顔が整った金髪の男が、機械の中を覗く。研究所のようなよくわからない部屋で、めんどくさくなって制服で顔を拭く。

「ちょっと待て、それは大事な服なんだよ!?」

「は?」

「うーん、そうだ、俺とお風呂でも入るかい?」

「なんですか、どういう意味? 気持ち悪い」

一気に近づいてきた彼を、焦ってゲロまみれの手で突き放す。

「すまない、俺はただ、その服を脱がせようとしただけだ…それはもう一着しかないんだよ、大切にし」

「俺の学校はどうなったんですか?」

間髪入れずに聞く。オレンジ色のキラキラした目を瞼で隠して、男は驚くほどサラリと言った。

「君のゲームせかいなら、さっき壊れてしまったよ」

「……は?」

 


 メガネ美女のデカい胸の谷間に目が行かないよう堪えながら、俺はやっと綺麗な青いパーカーとズボンを履いて、ソファに座って二人と向き合った。

「……まず、この世界に生きる人は、皆ゲー厶の"移植"なの」

「移植?」

「NFを知ってる?」

「? 有名なゲームの名前かなんかですか?」

「大ヒット作だとしても、そういう社会の一般常識をこの子が知ってるわけないよ、あはは、著作権もあるしね」

男が笑うと、女はその足を黒いハイヒールで思いっきり踏んだ。

「いっっ」

「『ノスタルジアファンタジー』シリーズ、通称NF、そこには、シルヴィアというキャラが出てくる」

「はい」

「それが私の移植元」

「移植元…?」

「俺はトリッパーだから移植じゃなくて君と一緒なんだけど、まぁ簡単に言うと、乙女ゲー厶の攻略キャラかな」

「は?」

イケメンは俺を見て笑った。その時、部屋に少女が走って入ってきた。

「緊急で診察しないといけない人、どこですか」

「ああ、この子よ」

「は、カレンか!?」

部屋に入ってきたメガネで白衣を着た小さな女性は、紛れもなく俺の知っているカレンだった。ツインテールではなく髪を垂らしているが。思わず駆け寄って肩を掴む。

「カレン、無事だったのか!」

「はぁ? なにこの人」

「カレン、君の主人公様だよ、ふふ」

「悪いわね、丁度、貴方の名刺を持っていたから」

カレンは何かを察したのか、俺を信じられないという顔で見ると、手を引き剥がした。

「ねえ、じゃああの"ゲーム"は?」

「……壊れた」

「……そう」

男がボソリというと、彼女はふうと息をついた。

「まぁ、今更、意味があることでもない。なんて呼べばいいの? あんたのこと」

「俺の名前? 俺は……」

おかしい。何も思い出せない、名前があったはずなのに。

「俺はあげるくんでいいと思う」

「ちょっとレオン、貴方はペットにふざけた名前をつけるタイプ? やめなさいよ」

あの男はレオンというのか、誰がペットだ。

「ふざけてないよ、人聞きが悪い」

「ともかく髪は切った方がいいわね、長すぎ」

カレンは少し大人びていて、俺の前髪に下から触れた。

「いいでしょ、どきどきハートあげるくん」

「ほんと、貴方がどうして攻略キャラなのか、わからないわ」

「一定の好きなファン層がいるんだよ、俺は声もいいし」

「はぁ、理解できない」

レオンと言い争ったシルヴィアが頭を抱えた。

「水槽の脳実験とか、そういう、あれなのか?」

「お、そういうことは知ってるんだね、感心感心。だが現状は全く違う。今の自分の状況、君にはわかるかな?」

レオンが俺の横に立つ。

「まず、どうしてゲームの話になるんだ? 俺のゲームが壊れたってなんだよ、ゲームなんて少ししか持ってねえし」

「あれ、やっぱりわかってないなぁ」

レオンは俺に近づくと、残念そうに俺の頭を撫でた。

「ちょ、撫でないでください」

「診察って何をするの? この男と会わせるためだけに呼んだわけ?」

カレンは苛立った調子でシルヴィアに近づいた。

「半分そうで、半分違うわ。この子は初めて自分から脱出した"キャラクター"なの、あのレオンの機械でね」

「脱出とトリップの何が違うのか、私は詳しくないんだけど」

「そうだ、そのゲームトリッパーってなんだよ」

困惑する俺に、レオンがソファの後ろから話しかけてきた。

「はぁ、俺が説明する方が早いよねー」

「私の説明が下手って言った?」

「言ってないよ、怖いなぁ」

レオンは俺の目を見た。

「ゲームを、世界だと変換して考えてみるんだ」

「世界? そんなにゲームが好きなのかお前は」

「違う。2024年に発売された君が、当たり前に信じてる人間の文明は滅んだんだ。今から約2世紀ほど前のことだ。人間は呆気なく全員死んだ。俺たちはどうして生きてる? どう見ても人間じゃないか、そう思うだろ? 現に、さっき君は吐いた訳だし、俺はさっき、君の髪を撫でたね」

「……滅んだ?」

「人類を失い、未来を託されて残されたヒューマノイドは発展途中の不完全なものだった。アダムとイブは人間を模倣して作ろうとした、メタバースなデータ上で。だが、人間が全員死んでしまった以上、その個を再現しなければならないにも関わらず人間が残したデータは人類の遺伝子的な進化とその記録はちっぽけなものしかなかった、そこでアダムとイブは、存在した人類の性格を正確に心理学のデータなんかからパズルのように再現することよりも、より発展的でクリエイティブで、インスタントな解決策をとった!当時残っていたゲームさ!ゲームのキャラクターは芸術と技術の発展的交差点として、皆ほぼ生きているほどの人物を無から生み出せた。当時の人類は、愛してやまないキャラクター達を"ゲーム"という箱の中で飼って、それを眺める、または体験することで"ゲーム"を楽しんでいた。俺はそんなの、狂ってると思わなくもないが、やがて倫理の崩壊した人類は滅び、そのゲームの箱にいたキャラクターたちをヒューマノイドがコピペして、キャラクター社会を築いて擬似的な文明をまた再開した!」

「……言ってる意味が全くわからない」

「え!? 結構わかりやすく説明したのに!?」

レオンは驚愕したと思ったら、また早口でペチャクチャと喋りだした。

「しかし、たまにゲームデータとこの世界は……不思議だね、バグを起こして、箱の中でプログラムに従い外を知らずにいたまま生きてたはずのキャラクターをコッチの世界につれてきてしまう。そのキャラクターを早いうちに帰さないとその世界は基本的に壊れる。シナリオが崩壊するからだ。物語はドラマだ、ドラマはキャラクターだ、だから世界は壊れる、理解できるだろ?」

「……」

「俺の元いたとある乙女ゲー厶の世界は壊さずにすんだが、現状、ゲームトリッパーを出したゲームは近いうちに崩壊することが決まってるようなものだ。キャラクターを失ったゲームはバグで壊れる。君のゲームは事前に君がトリップすることが異変からわかっていたから、俺が作った機械で故意に取り出したあと、戻せるか試みた。そうすればバグは止められるかと思ったが、やはりだめだったな。だがこれでわかった、トリッパーはゲームとこの世界のバグなんかじゃない、どこかの悪の組織がそのバグを故意に起こしている!それを証明してくれたのは君なんだ!ありがとう!」

綺麗な目を光らせて、彼は嬉しそうに俺の手を握った。意味がわからねえ。

「で、つまり俺のゲームが壊れたってどういうことだよ」

「ああ、つまり君の世界が壊れたってわけさ。世界と変換すると分かりやすいって言ったろ? やっぱり、俺は教えるのがうまい!なんて天才なんだ!」

「俺の大切な皆は、どうなったんだ」

「……」

「ユイや、カレン、ミキ、シオリ、俺の家族、クラスメイト、みんなにもう、会えないって言うのか」

「……ああ、そうだ」

「俺は、一人だけ、助かった……?」

「そうだ」

「ちょっと、レオン!」

シルヴィアが止める前に、俺はレオンの首元を掴んだ。

「……助ける方法はないのか」

「今のところはない」

「……くそっ」

レオンは俺の手に両手を添えた。

「……だが、これ以上犠牲者を出さないことが大事だと思わないか?」

「……は?」

「良いことを思いついた! 君もここで働こう!」

「はぁ? レオン、貴方何言ってるの!?」

シルヴィアがキレて、レオンのほっぺを思い切りつねる。

「ちょちょ、痛いっ、痛いって、俺はトリッパー仲間として、君をとても気に入ったのさ! それにいく当てもないだろう、痛いっ! 君は、君の世界を壊した犯人に、復讐したいとは思わないかい?!」

「……それは」

「どうかな?」

レオンがまた、俺の目を見る。見透かされるような、気分の悪い目。振り返ると、メガネをかけたカレンは何とも言えない表情で俺を見ていた。

「復讐は、したい」

「じゃあ決まりだろ? 俺と一緒に、復讐の物語を始めよう!」

「……頼む」

「うん、頼まれたよ! あげるくん!」

そうして、俺はレオンの首から手を離した。

「貴方、正気なの? こんな胡散臭い男の、どこを信用できるっていうのよ」

「失礼だなぁ!俺がいないと困るくせに!」

「気色悪いこと言わないでちょうだい」

「そういや、なんで俺はあげるくんなんですか」

「ああ、それはね、ゲームの題名だよ!『ドキドキハートあげる』!」

「そんな名前かよ!?」

レオンについて行き、レオンの家まで行こうと署を出る寸前、シルヴィアに呼び止められる。裏に呼ばれると、彼女は俺を見下ろして言った。

「あの男を信用しすぎちゃ駄目よ」

「なんでだ」

「あいつは……頭がオカシイ、ぶっ飛んでる」



 すぐに理解した。こいつはぶっ飛んだ変態だ。エレベーターで何階も登って、レオンが高級マンションの鍵をガチャリと回して扉を開けた瞬間、俺は目を見開いた。

「ただいまローズ♡」

「おかえりなさい、レオン……待って、その人は誰…!?」

「そんなことよりおかえりのキスは?」

「え、ちょっ、」

レオンは赤髪で美人な彼女に近寄ると、手を腰に回して、口に舌を入れた濃厚なキスを目の前で始めやがった。しかもよく見るとローズさんは裸エプロンだ。どういうことだよ。

「あいしてるっ、ローズ、」

「ま、ンッ、待って、」

ローズさんが色っぽく蒸気させた赤い顔でレオンの胸を叩くが聞かない。

「レオン、俺はもう二度とお前には会わねえ」

俺は真顔で家を出て、ドアを閉じた。暫くして扉に耳を当ててみると、生々しい情事の音がする。俺は一人でそこを去った。



……行く当てがない。レオンを当てにした俺がバカだった。家も金もないのにこう歩いているだけじゃ、どうしようもない。だんだん雨も降り出した。

「……あれ?」

ユイがいるように見える。そろそろ幻覚が見えるようになっただろうか。いや、あれは確かにユイだ。雰囲気がかなり変わっているが、間違いない。俺が間違えるはずがない。俺は思わず声を出した。

「ユイ……?」

「……へっ!?」

「ユイだよな」

「まさか、嘘でしょ!? あなたって……!」

駆け寄って傘に入れてくれたユイが懐かしくて、俺はユイに抱きついた。

「ユイ……!」



「はい、これお茶……」

 ユイの部屋で座らせてもらうと、眼鏡をかけて緩い部屋着を着たユイがお茶を持ってきた。

「ねえ、あなたって、あの『どきハー』の主人公なの!?」

「そ、そう……」

「やっぱり!? どうしよう、トリッパーてこと? じゃあ、あのゲームは壊れちゃったの!?」

「え、ああ……」

「やだぁ!!あのゲームは古典的なギャルゲーの要素を汲みながらも描かれるドラマは凄く美しいのに、特にユイルートの最後に抱きしめられるシーンは……もう、嘘でしょ、あのゲームがなくなっちゃうなんてぇ!」

そう言うと、ユイは泣き出した。なんというか、早口でかなりオタクっぽい。部屋中がポスターやフィギュアで覆われている。もしかしなくとも、コッチの世界のユイはオタクをやっているらしい。

「相変わらずの能天気だな」

「相変わらずって言った!? ねえ、どきハーの、どの展開まで知ってるの!?」

「展開って言われてもわかんねーよ……」

「そ、そっかー、だよねだよね、あ、あっちの世界のユイは可愛かったでしょ? ね、生のユイはどんな感じ? 私も背中叩かれたい!」

目の前のユイがそう言うのだから頭が混乱する。

「なんて呼べばいい? 主人公君のこと」

「へ?」

「後で公式が発表したデフォ名は須藤光だけど、システムでは変えられるでしょ?」

「デフォ名なんてあったのか、なんで俺がわからないんだ」

「えっ、知らなかったの?」

「なんて呼ばれてたか思い出せないんだよな」

モザイクがかかったように、なんて呼ばれていたかわからない、思い出せない。ユイは顎に手を当てると、ふむふむと一人で考えた。

「うーん、よくわかんないけど〜、ファンの間でもこうくん呼びが多いから、光くんて呼んでいい?」

「いいよ、それで」

「やった! それでこーくん、普通、トリッパーを見つけたら警察に通報しないといけないんだけど……」

「そうなのか?」

「まだ通報してないからこのままだと私が捕まっちゃうの、悪いけど、明日にでもお巡りさんに行こう? 一緒に行くからさ!」

ユイは優しくて面倒見がいいところが昔からある。眩しい笑顔は変わらないままだと思った。

「安心しろ。もう行ったあとなんだ、警察署に」

「ええっ!? そうなの!?」

「ああ、面倒見てくれるって言った人に裏切られて……あ、そうだ、ユイ。暫くの間、ここに住んでいいか?」

「エッ!?」

「幼なじみだしこれくらい……」

そこまで言って、自分の言ってることのおかしさに気づく。このユイは見た目は同じだけれど、俺の知ってるユイではないのだった。カレンが俺を知らないように。

「悪い、ついユイだと思って話しちゃって、敬語とか使うのも変かなとか、勝手に思って」

「あ、ううん!!全然気にしないよ!」

「……住ませてくれないか?」

ユイを見上げて恐る恐る言うと、ユイが胸を抑えて、鼻血を出して後ろに倒れた。

「おい! 大丈夫か!?」

「推しの上目遣い、同居生活の提案、幼少期から書き続けた夢小説がついに現実に追いついたか……私の人生、一片の悔いなし、ガクッ」

「ユイ、? おい、ユイー!!」

突然ユイが気絶してしまった。ティッシュでユイの顔を拭って、恥ずかしながら足と背中に腕を通し、お姫様抱っこをしてベッドに運ぶ。俺のユイと違うとは言え、ユイの無防備な寝顔を見た俺は、やっと心が落ち着いたというか、この幸せそうな寝顔を見ていると、俺も眠くなってくるのだった。


寝ていると、カシャカシャと音がする。

「なんのおと、だ?」

目をつぶっているとシャッター音の中で、ユイの小声が聞こえる。

「んはぁ、やばい、可愛い!!国宝!?本物!?ベッドに肘ついて寝るとか、こんなんアニメ版第十三話の看病回の光ユイじゃん!!いや、夢小説でもこれ見た!私これ知ってる!百回は見た!でもモノホンは破壊力エグすぎるって、寝顔可愛すぎる、あ、よだれでそう、もう舐めていいかな……?」

慌てて飛び起きる。口から出ていた涎を拭うと、ユイはサッとデカいカメラを後ろに隠した。

「おはようこーくん!」

「お、おはよう……」

「お夕飯用意できてるから食べてね♡」

ベッド横の丸テーブルに、何かよくわからない物体が置いてある。かなりの異臭がする。

「……おい、ユイが作ったのか?」

「うん、ぜひ食べて!普段は冷凍食品とかで済ませちゃうんだけど、こーくんの為に手作りしたの!あ、安心してね!ゲームの中のユイと違って、私は料理得意だから!」

どこがだ? どう見てもダークマターじゃないか。嗅いだだけで気分が悪くなるゴミのような臭い。横を見ると、キラキラした目でユイが見てくる。

「……いただきます」

漢に二言はない! 俺は思いっきり一口スプーンを口に入れた。

「う、まい、ゴホッウエッ」

「ほんと? よかった~」

子供の時に無理に食べさせられたバレンタインチョコよりはマシかも知れない。あの時は気絶したから。そう思うと成長したのか? だが若干吐きそうになる。危ない、また吐くところだった。

「それより、ユイは、ゴホッ、呼び捨てじゃないんだな」

「へっ?」

「ユイは俺のこと、呼び捨てだと思ってたから、遠慮してるなら、ゲフッ、呼び捨てでも、ゴフッ、俺も安心す、ゴホッアエッ、ハァッ、ハァッ……」

「えっ、呼び捨てはちょっとハードル高い……というか無意識に脳内の呼び方で呼んでた、そうだよね、ここはユイなら呼び捨てだよね……!うわぁ、呼び捨て!?」

自分で言って感動して驚いている。

「ごめん、嫌なら」

「いや、うん、こーくん、それは結婚してからのお楽しみで……」

「なんて……?」

「あ、ううん、なんでもないの!」




「……悪いね、あげるくん。ちなみに昨日はどこに行ってたんだ? 心配したよ」

 ユイの家を出て、レオンの高級マンションの前に立って待つと、レオンが俺に気がついた。

「ほんとに心配したのか? 分かりやすい嘘をつくな」

「嘘じゃないさ、あの後ローズが甘えて可愛かったもんだから……探しに行かないままいちゃついてたら、次の日になってしまっていたよ、俺としたことが!」

「そのローズさんは彼女さんか?」

「ああ、半同居をしている愛する妻だよ」

「はぁ? おい、レオンはトリッパーのくせに、なんで奥さんがいるんだよ、おかしくね?」

嫌味なやつだ。頭がいい天才キャラなのか、変態キャラなのかはっきりしない。いや、あんな可愛い嫁いて羨ましいとか、微塵も思ってねーし。

「はは、そんなの簡単な話だ。妻も同じゲームのトリッパーだからさ」

「は?」

「連れてきたんだ、俺が妻を」

「……は?」

「だからぶっ飛んでるって言ったじゃない」

署の入り口で、シルヴィアが横に並ぶ。

「こいつ、頭おかしいのよ、本当に。そういうキャラなの」

「どういうことだよ、連れてこられるなら俺もユイ達を……」

「そうじゃないのよ、こいつだけおかしいの」

「……俺の元いた世界、つまり『Rose&Rose』は、悲恋系の乙女ゲー厶。俺はゲームの中で最も賢い、ラスボス攻略キャラとして置かれていた。そう、俺は賢いが愚かで、愛するヒロインの為なら世界を転覆できた。設定と展開上はな。俺はやってないけど」

「闇落ちってやつか」

「こいつ、バグが起きた時、それを利用してヒロインと自分だけ助かったのよ、他の攻略キャラは全部無視して」

「人聞きが悪いな、一人しか逃げ延びられそうにない所を、なんとか自分も助かったんだ」

「どうやって?」

「ふふっ、君にはきっと理解できないよ」

嫌味な誤魔化し方しやがって。

「ヒロインのローズちゃんたら可哀想よね、こんな男しか頼る当てがいないんだから」

「俺たちは愛し合ってるから心配ないけどね!」

「一回、わざと変なタイミングで電話かけさせたの、まだ許してないから。人のことをだしにして」

「はいはい、あれは悪かったよ」

そう言うと、反省してない!とヒールでレオンの足を踏みつけて、シルヴィアは先に行ってしまった。

「ああ、今思っても素晴らしいことだな」

「なにが」

「……邪魔な奴らが全員いなくなって、愛するローズは俺しか頼る当てがないなんて」

そう言ってニヤついたレオンの頭を思わずひっぱたいた。

「いったー! 何するんだあげるくん!」

「この人でなし! このっ、ローズさんが可哀想だろうが!」

「愛し合ってるからいいだろ!?」

「乙女ゲー厶ってのは、こんなぶっ飛んだ男がいんのか、このっ」

「痛いって、頭はヤメテ!」



「シルヴィアさん、こんな奴を警察に置いてていいのか!?」

 昨日ゲロまみれにした部屋に入り、叫ぶ。よく見ると、ここは捜査課という感じがする。机の上に書類やパソコンやらが並んで、昨日話したソファの横には、俺が壊した機械があった。故障中という札が貼ってある。

「仕方ないのよ、こいつのおかげでこの課は成り立ってるから、目を瞑るしかないの」

「は……!?」

「ゲームトリッパーを元の世界に返すまでには猶予期間がある。それはトリッパーがゲームから飛び出した日から数えて、大体3日から4日。そのうちにトリッパーは自分の世界に戻るか、この世界で自分の元いた世界が壊れるのを待つか選べるわけだが……時間を止められるようになったことによってその猶予期間は生まれたわけだ、それまでトリッパーに説明をして生活保護をするだけだったこの課を変えたのは、それを可能にしたこの俺というわけだ。なんせ、俺は天才だか、ムグッ」

ペラペラと自慢気に喋るレオンの口を手で塞ぐ。

「ようはトリッパーが来てから世界が壊れるまで猶予があるんだな? おい待て、でも普通は元の世界に戻るだろ?」

「……意外と気乗りしないお客さんもいるのよ」

ガチャリと扉が開く。

「いらっしゃい! ようこそゲームトリッパー対処課へ」

シルヴィアは立ち上がると、接客スマイルでニコリと笑った。扉の向こうから、鉄臭い血の匂いが広がった。



「そういうことかよ……」

 ホワイトボードには、知らないゾンビゲー厶の名前が書いてある。1週間無人島でもいたのかと言うほどボロボロとした服には、そこら中に血を被った跡がある。金髪の外国人ヅラした、これまた驚くほどイケメンな男は、ソファで座ったまま少し俯いた。

「……ということは、戻らないと元いた世界が壊れるのか、壊れるというのは、また治すことはできるのだろうか?」

「現状、壊れたゲームを再生させる方法は見つかっていません」

「……」

「二日以内に元の世界に戻ることが最善です、ジャックさん」

シルヴィアが硬い顔で言う。すると、ジャックは肩を震わせて、突然泣き出した。

「……愛する人が目の前で死ぬような世界で、救いもないのに戻ったところで、何になると言うんだ」

「……お気持ちは分かりますが」

「なぜ分かる! 分かってたまるか、俺の目の前でローラは……俺を守って、腹を、食い裂かれて……」

首につけていたペンダントらしきモノを右手に包んで、ジャックはボロボロと泣いている。

「もうローラは戻ってこない……死ぬ恐怖と戦い続けるのもうんざりだ……」

「ですが、ご家族や町の人々は? 貴方の町は……」

「家族は死んだ。町の人なんかどうだっていい、俺はヒーローじゃないんだ……」

沈黙が流れる。シルヴィアも言葉を選んでいるようだった。

「いいじゃないか、戻らなくたって」

「ちょっと、レオン! また貴方、」

「愛する人を失って、生きる意味があるというのか? そんな世界、もう捨てたいんだろ、そうだろジャック」

「……ああ、そうだ」

「なら、放っといてやればいい。なんならすぐに壊してやってもいいよ、俺が時間を動かせば、あっという間に君の嫌いな世界は壊れて動かなくなる」

「好きにしろ!」

ジャックは躊躇いも見せずに叫んだ。

「レオン、またそうやって貴方は!」

「いいだろ別に」

俺は何も言えない。何が最善なのか、わからない。ジャックは一人で部屋を出ていく。三人が課に残される。

「本気であんなこと言うなんて信じられない、ゲームを壊すっていうのは、ほぼ人殺しと変わらないのよ?」

「わかってる、さっきのすぐに壊すというのは冗談だ」

「じゃあどうするのよ! 彼にはローラとの赤ん坊が生きてることは伝えられないし……」

シルヴィアが驚くことを言った。

「それだ!それを伝えればいいじゃないか」

俺は思わず立ち上がったが、レオンが肩を掴んでまた座らせた。

「ストーリー展開上、その情報を彼に伝えることは出来ない」

「は!?」

「伝えれば、目標が変わってしまうだろう。ジャックは街の人を助けつつ、生き残ってラスボスを倒さなきゃいけない。なのに、子供がいると知ったら?」

「子供を助けに、子供探しに行ってしまう?」

「御名答、そうすれば、結局ゲームは壊れる。結構この仕事は繊細なんだよ、覚えておきな」

俺はパソコンを広げたレオンを意味もなく恨めしく睨んだ。

「うーん、シナリオを読む限り、あともう少し進めば希望が見えてくるんだが……やはりそういうタイミングを狙って犯行が行われているのだろうか、だとしたら相当犯人は……」

「シナリオ?」

「ほら、これだ」

レオンの横からパソコンを覗かせてもらうと、パソコンのモニターがぎっしりと字で埋まっていた。

「うわ、字数がエグい、読む気無くなる」

「ゲームには資料として、読み取られたプログラムの情報からシナリオが添付されている。まあネタバレの書ってわけだ、必要な時は、これを参考にする」

「まさか、俺のゲームのもあるのか」

「ふふ、読むかい?」

「ばか、絶対に読ませちゃ駄目よ」

コーヒーをゆっくり飲んでいたシルヴィアが慌てた。あ、メガネがズレた。少し可愛らしい。

「わかってるって、どんな影響があるかわからないからね」

「お前は自分の乙女ゲー厶の内容を把握してたじゃねえか!」

「もう一切の戻る気がないからそういうことができるのよ。他の攻略キャラのページだけ勝手に削除して……私がどれだけ上に怒られたか……」

「ほんとこいつに苦労してるんだな……」

「まぁ、気をつけなさい。一度知ってしまったら、知る前に戻ることはできないのよ」

「そうだね、シルヴィアの言う通りだ!」

「どの口が言ってるの?」

シルヴィアはソファに近づくと、レオンの頬を力強くつねった。レオンが痛いと叫ぶ。俺は、なんとかジャックを説得できないか、必死に考えていた。


 帰りの公園で、やっとジャックを見つける。彼はベンチで夕焼けを見ながら黄昏ていた。

「……よお、ジャック」

「……さっきの警察の一人か。もう話は済んだと思っていたが」

「俺は警察じゃない、ジャックと一緒だ」

「! 世界から出されたのか」

「ああ、俺も同じだよ」

「……お前は帰るのか?」

ジャックは夕日を見ながら俺に聞いた。どこか寂しげだ。

「ジャックはまだ、間に合うだろ。帰れよ」

「……それって」

「俺はジャックと違って、敵と戦うとか、ゾンビとかは知らねえよ? でも、家族も友達も、俺を知ってた人は全員壊れた世界に置いてきちまった」

俺を見て、ジャックは息を呑んだ。カッコつけて2本買ってきた缶コーヒーを、1本ジャックに投げる。

「ほらよ」

「お、おう」

ジャックは戸惑っていた。俺を見て、少し目を逸らした。俺はプシュッと缶を開けて、口の中にコーヒーを入れる。苦くて少しむせた。

「ンッ!? ごほっ、」

「……あの、レオンとかいう男が、もう壊したのだと思っていたが」

「し、してねえ、今なら間に合う。お前を知ってる人たちがいる場所に帰れよ、お前は、俺と一緒で主人公だろ」

「……そうだが」

「今逃げたら、お前、俺と一緒だぞ。誰もお前のことを知らないんだぞ、愛する人がいた世界に、それが残ってる世界に帰れよ。俺なんて、制服1枚とこの身しかねえよ」

「……」

ジャックは耳を塞ぎたがった。そっぽを向いた。俺はジャックの首根っこをつかんだ。

「ジャック、お前、未来の希望を信じろ」

「……は?」

「自分でもわかんねえ道筋を、運命に振り回されてでも、お前が歩くなら、その先には希望がある。俺が保証する」

「……!」

「だから戻れよ、まだ間に合うから」

ジャックは降参だというように、手を挙げた。

「……あとから、投げやりになってたんだって自分を俯瞰して思ったよ。どうして壊していいなんて言ったのか、頭が真っ暗で、分からなくなってたんだって」

「……誰だってそういう時はあるだろ、気にすんな、まだ壊れてないんだろ?」

自分を嘲笑うように笑ったジャックの背中を叩くと、ジャックはまた泣いた。

「だが保証するって言ったって、毎日死にかけてるんだぞ? それを保証するだなんて、変な奴」

「たまにはいいじゃねえか! 俺が約束するよ」

「……ありがとう。保証人の名前は?」

「……光」

「こう、ありがとう。俺は元の世界で戦うよ」

ジャックは署の方へ走っていった。


 どこかぼんやりとした気持ちで、公園からユイの家に帰る。すでに部屋着を着たユイが、部屋でココアを飲んでいた。

「あ、おかえりなさい!こーくん!こーくんに会いたくて、今日は仕事早く抜けてきちゃった!」

ユイが抱きついてくる。よくわからないまま回された手を握った。

「……ユイ」

「……こーくん?」

ユイの声だ。ユイの見た目だ。ユイの胸の大きさだ。だが、ユイではないという確信がそこにある。

「……ユイ、」

「なあに? こーくん!」

メガネをかけたユイが見上げてくる。悔しいけど、とんでもなく可愛い。甘えた声も、可愛い。

「ユイ、俺……強がってたけど」

「うん、」

「ユイのこと好きだったんだ、みんなのことも」

「……!」

「意地張ってごめん、ユイ……」

「うん……」

ほんとは、前にいるユイに言いたいわけじゃないのに。

「ユイ、寂しいよ、会いたいよ、家族も、友達も、みんなもう、おれには居ないんだって、前見ろって偉そうに言っといて、怖いことに気づかないように、逃げてたのはおれの方だ……」

涙がボロボロと出る。ユイが心配そうに慌ててから、俺を抱きしめて背中をぽんぽんと叩いた。ユイが座って、腕を広げる。俺は母親に泣きつく子供みたいに、ユイの膝の上で泣いた。

「ほんとは、羨ましいとか思った、ふざけんなって言いたかった、まだ間に合うのに、もう誰もおれをおぼえてない、俺の普通でつまらなかったはずの日常は、もう戻らない……」

「うん……」

「ユイ、ユイ……みんなに会いたい、ユイ……」

ユイが頭を撫でた。俺はわけも分からず泣き続けた。


「……おはよう、ございます」

 気だるげに署の扉を開く。すぐに煩い金髪が目に入った。

「おはようあげるくん!今日はビッグニュースだ!ジャックが自分のゲームに帰ったんだ!不思議じゃないか?あんなに抵抗していたというのに!やっぱり僕の心優しい手助けのおかげだろうかね!」

「どこがだ。わかってて脅すような真似して」

俺が嫌味を言うと、レオンはにこやかに笑った。なんだその笑い方。気持ち悪い。

「ふふ、冗談だよ、あげる。君が何かしたんだろ?」

「……さあな」

丁度、シルヴィアが部屋に入って来た。

「おはよう、主人公くん。貴方を正式に入職させるよう、私が書類にサインしておいたわ」

「……はぁ?」

「貴方はもう、私たちの同僚ってわけ」

シルヴィアが俺の鼻の先に書類を突きつけてくる。

「これからよろしくね、主人公くん」

書類をペラリとどかして、彼女は笑った。

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ゲームトリッパー対策課 天野いあん @amano_ian

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