アネモネを君に

鷲宮 乃乃

眩しすぎる少女と贖罪人

今でも鮮明に覚えている、愛おしかったあの人の死んだ顔が脳裏に焼き付いて離れない。

今日もまた眠れない夜が来る、目を瞑り暗闇へと入り、血の上を走り続け気がついたら無数の血まみれの手に掴まれ目が覚める、毎日毎日これを繰り返し気づいたら夜が明けている。


「あーあ、今日もダメだった」


私は今日も眠れない夜を過ごした、ベットから体を上げ、洗面台へ顔を洗い鏡を見ると、そこには死んだ目をしている自分がいた。


「ふっ、相変わらずひっでぇ顔」


腰まである赤い髪は所々ボサボサで手入れをしていない事が誰の目から見てもあきらかだったが両手で顔をパチンと叩き、口角を人差し指であげ無理やり笑顔を作った。


「今日も頑張って私になりきらなきゃな」


立てかける剣を腰に付けフードを深く被り受付でチェックアウトをして外に出ると、宿の入り口の横に座って待ち構えてる少女がいた。


「あ、師匠おはようございます!いい朝ですね!」

「なんで帰ってねえんだよ、帰れっつったろうが!」

「帰りません!師匠があたしを弟子にしてくれるまでは!」


こいつは犬か、なぜだかないはずの耳や尻尾が見えるのは決して自分が疲れているせいではないと思いたい。


「師匠今から朝ごはんですよね、買ってきますよ!」

「いらねえ、私は朝は食べない主義なんだよ、てか帰れって、離れろ!」

「いーやーでーすー!離しません!」

「暑苦しいんだよ!」

「なら、冷やしますか!?あたし氷魔法が得意なんですよ!そんな好きじゃないですけど!」

「そういうことじゃねえし、聞いてねえよ!」


くそっ、こいつめんどくせぇ!

目の前の少女はアイリスという名前で、こいつは昨日いざこざから助けてやると「弟子にして欲しい」と言ってきたから断ったやったんだがなにがどうしてかこうなった。

ほら、周りからも色々見られてるから、頼むから離れて欲しい。


「あぁ!もうわかったよ!一旦別んところで話そう!な?だから離せ」

「むぅ、逃げないでくださいよ?」

「...逃げるかよ」


取り敢えず話だけは聞く事にして、近くの店に入った。


「で、なんでそんな私の弟子になりてえの?」

「はい!実は10年前、勇者様に救われてですね、あたしは勇者様のような強い人になりたい!と思ったんですが、その...」


急にモジモジし始めるアイリスにはよ話せと目で訴えると話しはじめた。


「あたし、剣の才能がなくて、村の子供の中じゃ1番弱くて、ザコなんです」


まあ、確かに昨日も荒くれ者達と戦ってる時もお世辞にも筋があるとは思えないぐらい弱かったな、見てられなくて助けちゃったぐらいだし。


「で、荒くれ者達にやられるって時に師匠が助けてくれて、その時思ったんです、この人に剣を教わればあたしも強くなれるんじゃないかって...強くなって勇者様みたいな「英雄」になりたいんです!」


アイリスは勇者の事を次々と語り始めその目は一際輝いていて、話し合えると満足げな顔をしていた。


「うん、話は終わりか?」

「は、はい」

「ん、お前の分は払っといてやる、じゃあな」

「え、待って下さい、弟子に取ってくれるんじゃないんですか!?」

「言ってねえよそんなこと」


お金を机に乱雑に置くと、アイリスへ厳しいこと言い放ってやった。


「強さを求めるなら才能がねえと無理だよ、わかったら諦めて村に帰れ...達者でな」


私の言葉が効いたのかアイリスは何も言わずに座り込み見るからに落ち込んだ、捨てたと思っていた良心が痛んだが気にせず店を後にした。

これでいいんだ、勇者なんて碌なもんじゃないし「英雄」なんてなるもんじゃない。

別の宿に泊まった次の日、街の方が騒がしく気になってしまった私は住民に話を聞くことにした。


「騒がしいがなにかあったのか?」

「あんたは確かあの子の知り合いの...師匠さんでしたっけ?」

「師匠じゃねえけどな...で、あいつがどうかしたのか?」

「あの子がこの街の荒くれ者達に連れてかれたんだよ!」

「あいつら俺たちの金や物を取り上げてんだよ、しかも人身売買までやってるってウワサもある...」


聞いていた近くの人からも事情を聞くと思わずため息を吐いた、あのバカまだ帰ってなかったのかよ。

すると近くから1人の子供が側に来て、涙を堪えながら言ってきた。


「あのお姉ちゃん僕らの代わりあいつらに怒ってくれたんだ、そしたらボコボコにされて連れてかれちゃったんだ...僕知ってるよ、赤髪のお姉ちゃんがこの前アイツらを倒してるところ、お願い、お姉ちゃんを助けてあげて!」


そう訴える子供の目を見るとあの人の言葉を思い出した。


『私の戦う理由?そんなの誰もが悲しまなくていい世界を作るため...かな、ちょっとカッコつけすぎか?』


いつだってあの人は誰かのために戦っていた、気がついたら自分は走っていた。


♢ ♦︎ ♢


あたしは、みんなに馬鹿にされるぐらいに弱い、でもだからと言ってこいつらが街の人たちからお金や物を取り上げている所を見て見ぬふりは出来なかった、けど止めに入ったら待っていたと言わんばかりに周りから他の仲間達も姿をみせ15、6人が一斉に襲いかかってきた、あたしは剣を出して抵抗したが歯が立たずにボコボコにされこいつらのアジトへと連れていかれ牢に入れられた。


「安心しな、お嬢ちゃんは見てくれはいいからすぐ売れるさ」


そう言われて周りを見渡すと、あたしの他に子どもたちが数名いた、その子たちは怯えた目で牢の外にいる男たちを見ていた、馬鹿のあたしでも流石に理解した。


「人を売ってるの?」

「お前も売られるんだよ...嬢ちゃん」


睨んでいるとこの荒くれ者たちのリーダー格らしき男が姿を表した。


「嬢ちゃんがこの前邪魔さえしなければここに来る事はなかったのにな、大人のお仕事に首を突っ込むとこうなるんだよ」

「なにが仕事よ!こんな最低の事していて威張らないで!」

「お前が商品で良かったな、そうじゃなかったら殺してるぜ...ま、大人しくしてろよ」


男たちは目の前から去ると、何かないかと周りを見渡していると囚われている子達に止められた。


「無理だよ...逃げられっこない」

「大人しくしてようよ、お姉ちゃん」

「諦めないで、あたしがみんなを助けてあげるから!」


勇者様だったらこんな時決して諦めないはず、その前に捕まんないけど。

何か手はないかと探し続けること数分、言われた通り何もなかった。

ふと、檻の外を見ると見張りの男がぐっすりと寝ていた、その男の腰を見るとこの牢屋の鍵が掛けてあった、だが距離が足りない...そうだ!


「ねえ、あたしの腕の袖破いてくれる?」

「な、なにするの?」

「ふふん、あたしは天才かもしれない...」


破いてもらった袖を引き伸ばして、あたしが使える氷魔法で凍らせ棒状のようなものを作り、寝ている男の腰まで伸ばすと、鍵が引っかかりスッーと手元まで滑らせると無事に鍵が手に入った。


「やった!さ、みんな行くよ!」

「お姉ちゃん凄い!」

「静かにね、起きないようにそーっと」


近くに剣もあったので拝借し先導して子供たちを引き連れ、出口まであと少しとの所で後ろの方から男たちの怒号が響いた、どうやらバレみたいで出入り口がすぐに閉まり閉じ込められてしまった。


「おら!ガキども出てこい、今なら許してやるぞ!」

「どうするのお姉ちゃん...」


せめて、この子達だけでも助けられらばそれでいい。


「あたしが合図したら出口まで行って、わかった?」

「で、でもお姉ちゃんはどうするの?」

「大丈夫、あたしは強いんだよ?なんとかするよ!」


手が震える、怖いよ、けどここで逃げたら、あたしは勇者様のような「英雄」になれない!


「それまで隠れてて、道はあたしが作るから!」


荒くれ者達の目の前へ出て、大声で啖呵を切ってやった。


「あたしは、アイリス!いつかの未来で「英雄」になる女だ!」

「ハハハッ!お前みたいなザコがなれるかよ!」


痛む体を庇いながら襲いかかる男たちをかわしていき、隙を探している、勝負は一瞬...今!

避けて扉を持っていた剣でこじ開け、氷魔法で氷の壁を作り、時間を稼いでる間にみんなを逃す。


「みんな、いまだよ!」


子供たちが全員出たと同時に氷壁が破られ、引っ張り込まれると、子供たちが心配さてこっちに来ようとしていた。


「行って!!あたしは大丈夫だから!」

「でもっ!」

「いいから、行きなさい!!」


なんとか子供たちだけでも流すことが出来た、これで少しは「英雄」に近づけたかな...


「ガキッが、よくも俺たちの商品をパーにしてくれたな!」


男たちに殴られ蹴られ、意識が失いそうだ、けど、あたしは何故か師匠が来てくれるんじゃないかって勝手に期待していた。


「このクソガキだけでも殺してやる、悪く思うなよ、これもお前が全部悪いんだから」


剣を突きつけられ、死を覚悟した...あぁ、あたしの人生あっけなかったな...


「死にやがれ!!」


目を瞑り痛みを待ったが、痛みはやってこなかった、なにがあったのか目を開けると剣を持っていたリーダー格の男は悲鳴をあげていた。


「うわああああああ!」

「ア、アニキ!...テメェ、どこのどいつだ!」


光の方へ目を向けるとそこにはあたしが待っていた人物が立っていた。


「ただの贖罪人さ」


♢ ♦︎ ♢


時間は少し遡り周りの住民達に荒くれ者達がいるであろうと聞き、アジトへと向かっている途中、必死に走って逃げている子供達とそれを追いかけて回している奴らを見つけ勢いよく飛び蹴りを喰らわせた。


「待てやガキども!」

「誰かッ!助けて!!」

「そおらっ!!」

「ひげぶっ!!」


他に2、3人も難なくぶっ倒し、借りていた縄でまとめて木に括り付け、子供達の集団にあいつの姿はなかった。


「あ、ありがとう」

「なあ、他にもいなかったか?」

「あのお姉ちゃんも助けてあげて!」

「お姉ちゃん、僕たちを助けるために...でも僕らも必死で...」


泣きじゃくる子供たちの頭を撫で、目線を合わせる。


「後は任せな、お前らこっから帰れるか?」

「う、うん」

「よし、じゃあ行け」


頭を下げ、自分がきた道を走っていくの見送るとさっき以上の速さで向かうと、アイツは殺されそうになっていた、私は近くに刺さっていた剣を投げ飛ばし振り翳していた男の腕に当ててなんとか回避させ、アニキと呼ばれた男は悲鳴をあげ、近くにいた他の奴らの視線を独り占めする。

そして時間は戻る。


「うわああああああ!」

「ア、アニキ!...テメェ、どこのどいつだ!」

「...ただの贖罪人さ」

「て、テメェらやっちまえ!」


こんな奴ら剣を抜くまでもない、ひらりひらりと交わし銃を抜き男たち目掛けて引き金を引くと仲間の1人にあたり、そいつが倒れるとビビったのか周りの足が止まる。


「どうした、かかってこいよ」


挑発をしたら、次々と武器を構えてやってくるが1人また1人と撃ち抜いて倒していくと、残りは腕を抑え慌てふためくこの荒くれ者たちのリーダーだけだった。


「最後はお前か、どうする?もう悪さしないなら見逃してやるけど」

「わ、わかった!もう悪さはしねえ!だ、だから殺さないでくれ!」

「もう...悪さすんじゃねえぞ」


あえて背中をみせアイリスの方へ歩いて行くと、後ろから気配がして思わず呆れてしまった。


「バカめ!死にやがれ!!」


振りかざされたその攻撃は私に当たることは無く大きくあいた奴の懐に入り体に刃を当てた。


「お、お前...その赤い髪はまさか、伝説の!」

「地獄で懺悔しろ、悪党」


剣を振り抜き体を真っ二つにすると上半身は吹き飛びビチャッと音を立て地面に落ち、下半身は力なく倒れ剣を払い鞘に納めアイリスの元へ足を運んだ。


「おお、生きてっか」

「へへ、師匠なら来てくれるって思ってました...ところで、あの子たちは?」

「無事だ、多分な」

「そっか、よかった...」


そう言い残し、彼女は目を瞑り寝息をたて寝てしまった。


「はぁ、仕方ねえな...」


手をかざし祈るとみるみる内に怪我が治っていく、あまりこっちは使いたくなかったが、このまま死なれてもただでさえ悪い寝覚めが更に悪くなるからな。

怪我が治るのを確認すると、起き上がらせそのまま背中におぶり街へと戻って行った。

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