第7話
「よし、それじゃあ始めていくか」
バックヤードから出てきた後、春臣さんはやる気満々な様子で言うと、隣でむむむとしているみなちゃんに声をかけた。
「お、流石に頼光の血筋の娘だとしても緊張はするのか」
「そうじゃない! 何故だ! 何故私達はコーヒー作りで戦わないといけないんだ!」
「少しでもお前が勝てる可能性がある勝負を提案したに過ぎん」
「なんだと! 武芸で私が遅れを取るなど――」
「本当に、そうか?」
春臣さんが聞く。けれど、その声はいつもの明るいものじゃなく、刃物のように鋭く氷のように冷たいものだった。心なしか殺気みたいなのも纏ってる気がする。みなちゃんもそれは感じていたみたいで、噛みついていた時の威勢のよさも一気に失われた。
「き、貴様……」
「この程度で怯むならば命の取り合いをするまでもない。親友だという叶の前なのもあるが、俺はもう不要な命の取り合いは止めたんだ。それよりもここで働きながら給金で酒を買ってのんびりしてる方がいいと気づいたからな」
「だ、だが! 過去の罪は!」
「消えないな。だからこそ、俺はそれを背負いながら今後も生きていく。そして俺に命を取られた奴の子孫が来るなら、そいつに一太刀くらいは機会を与える。俺の命を取るだけの機会を、な」
「酒呑童子……」
「光、といったか。お前も一太刀くらいは機会を与えようと思ったが、このコーヒー作りに勝てば三太刀、いや心臓を一突きする機会を与えてやろう」
「春臣さん!?」
春臣さんの言葉に私は驚く。いくら鬼とはいえ、心臓を一突きされたら本当に命に関わる。なのに、春臣さんは勝負に勝てたらそれを許すと言っているのだ。
「春臣さん、ダメですよ!」
「はっはっは、心配するな。この店で飲みもんを作っているのは、何を隠そうこの俺だ。まだお前さんに色々教えていない中で無様に負けることはない。そして叶、お前さんに審査をお願いしたい」
「わ、私ですか?」
「そうだ。光の親友でありここの新たな店員であるお前なら公平な審査が出来るからな。お前は純粋に好きな方のコーヒーを言ってくれたらそれでいい」
「わ、わかりました」
そういう審査とかは当然したことがない。でも、頼まれたからには精いっぱい頑張ろう。意気込んでいると春臣さんはみなちゃんの方を向いた。
「公平にするために使うものは全て同じにする。一般的なインスタントコーヒーと角砂糖が一つ、カップも同じにする。これなら問題はないだろう?」
「まあそうだな。だからこそ負けるわけにはいかない。絶対に打ち勝ってやるからな、酒呑童子!」
「やれるものならやってみろ。では、コーヒー作りを始めるぞ!」
みなちゃんが頷いた後、二人はそれぞれコーヒー作りを始めた。みなちゃんはしかめっ面でカップにインスタントコーヒーの粉をそのまま適量入れて、そのまま角砂糖を入れてからお湯を注いでいたけれど、春臣さんは違った。
春臣さんはケトルから軽くお湯を注いでしばらく待った。そしてみなちゃんのコーヒーが出来た頃にお湯を一度捨ててからコーヒースプーン二杯程度をカップに入れ、ケトルからお湯を注いで角砂糖を一つ入れてからコーヒースプーンで数回優しく混ぜた。
「よし、完成だ」
「私も出来たぞ。だが、本当にこれで勝負になるのか?」
「なるとも。では叶、飲んでみてくれ」
「あ、はい」
促されてから私は審査を始めた。まずはみなちゃんのコーヒー。何の変哲もないただのコーヒーで、飲んでみても何の捻りもないただのコーヒーだと感じた。
「ごくごく普通のコーヒーです。強いて言えば、うまく砂糖が溶けていないので苦味の方が強いかもしれません」
「だが、コーヒーというのはそういうものじゃないのか?」
「その考えを今から改めてやる。叶、俺のコーヒーを飲んでみろ」
「はい」
促されるままに私はコーヒーカップを手に取る。その瞬間、香りがふわりと広がった。みなちゃんには悪いけれど、これは飲む前から春臣さんの勝ちだ。そもそも作り方の時点でやっぱり違っていた。
「いただきます」
コーヒーを一口すする。美味しい。たしかにコーヒー特有の苦味はあるけれど、しっかりと角砂糖が溶けているから甘さもちゃんと感じられ、ただ苦いだけのコーヒーとは違って格別に美味しい。
そしてやっぱり一番の決め手はカップの用意だ。みなちゃんは何もせずに用意されたものをそのまま使っていたけれど、春臣さんはカップを少し温めていた。前のバイト先でも聞いたけれど、こうすることで味わい深いコーヒーが出来るのだそうで、それを見ていた時点で正直勝敗は決めていたところがある。
「……美味しい。しっかりと甘さと苦味がありますし、コクもあるので本当に美味しいです」
「なっ……これは決まっただろうが、ひとまず審査の結果を聞こう。叶、どちらが勝ちだ?」
「文句無しで春臣さんの勝ちです」
その瞬間、みなちゃんは信じられないといった顔をし、春臣さんは満足げに頷いた。
「勝負あり、だな」
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