第6話

 夕方になり、カフェも閉店時間になった。私達以外のお客さんが帰ると、猫又の黒兵衛がバックヤードからゆっくりと現れた。



「夏葉から聞いていたが、本当に客として来ていたんだな」

「あ、黒兵衛。うん、親友のみなちゃんと一緒だよ」

「ほうほう、そいつは嬉しいもんだ」



 黒兵衛がひげを撫でながら言うと、みなちゃんは黒兵衛を凝視した。



「お前が叶をここに引き込んだ張本人か……!」

「猫又だから“”張本猫”だけどな」

「屁理屈を言うな! 私はあやかし達がひしめくこの怪しげな店で働くだけでも反対なのに、ここには源頼光様が討ったはずの酒呑童子までいるというじゃないか! そんな危ないところで親友を働かせられるか!」

「頼光様って……叶、この嬢ちゃんは源頼光のファンかなんかなのかい?」

「うーん、ファンというか一応一族の人間ではあるようだよ? 本家筋からはだいぶ離れてるようだけど」

「ほーん……」



 黒兵衛はまたひげを撫でる。けれど、その目はさっきまでの穏やかなものではなく、少し鋭いものになっていた。



「あー、みなちゃんとや――」

「私の名は源光だ! そう呼んでいいのは、叶だけだ!」

「んじゃあ、光。アンタはそんなに春臣が憎いのかい?」

「源頼光様が敵とした相手だぞ! それならば憎いに決まっている!」

「そんなの、憎しみとは言わないんだがねえ」



 黒兵衛の声は冷たい。いつものおちゃらけた雰囲気も鳴りを潜めていて、この様子を見て改めて黒兵衛が猫又という妖怪なのだと思い知った。そしてそれはみなちゃんも感じたようで、警戒した様子で私を守るように腕を伸ばしながら黒兵衛を見つめた。



「あやかしめ、その程度の威圧で私を圧倒出来ると思うなよ」

「威圧? はっはっは、こんなの威圧にもならねぇよ。叶のダチ公にそんなことするわけねえ。オイラにもちっと色々な過去があって、ちょいとそれを思い出しちまっただけさ」

「黒兵衛の過去……あっ、そうだ!」

「ん、どうした?」

「春臣さんを復活させた人の事っていつかは教えてくれるんだよね?」



 すると、黒兵衛はきょとんとした。



「ん? んー……まあ、いつかな。別に話せない事ではないんだが……」

「ないんだが?」

「まあ、気分だな!」



 その言葉に私はずっこけかける。黒兵衛の気分なら本当にいつになるかわからないじゃんか。



「もう、黒兵衛!」

「貴様、ふざけているのか!」

「はっはっは、悪い悪い。まっ、もう少し叶が俺達みたいなあやかしに慣れてきて、世の中には色んな事があるとわかり始めた頃にでも話してやるよ。んで光、春臣にでも会っていくか?」

「当然だ! 忌まわしき酒呑童子の首をここで取るのだからな!」

「飲食店だから血生臭い事はやめてほしいけどな。とりあえず二人ともついてきてくれ」



 黒兵衛の言葉に頷いた後、私達はバックヤードに向けて歩き始めた。入ってみると、そこにはみんなの姿があり、果実酒をジュースのように飲む春臣さんやそれを見ながらクスクス笑う冬美さん、壁にもたれて静かに立っている秋風さんと椅子に座って足をブラブラさせている夏葉ちゃん、とみんなの様子は様々だった。



「みんな、お疲れ様」

「おう、叶じゃねえか!」

「あら、お疲れ様。ふふ、わざわざ会いに来てくれるなんて嬉しいわ」

「叶、ここの雰囲気どうだった?」

「うん、よかったよ。秋風さんもお客さんから大人気でしたね」

「ふん……」



 秋風さんは相変わらず私を警戒しているみたいだ。それは仕方ないけど、やっぱり少し寂しいなと思った。そしてみなちゃんに視線を向けてみると、みなちゃんは春臣さんをジッと見ている。



「みなちゃん、あの人が酒呑童子の春臣さんだよ」

「やはりアイツが……!」



 その視線に気づいたのか、春臣さんがみなちゃんに視線を向ける。そしてコップに注がれた果実酒をグイッと飲むと、コップをテーブルに置きながらニヤリと笑った。



「ほー……奴と似た香りがするな。嬢ちゃん、奴の親族かなにかなのか?」

「私の名は源光。遠く離れた縁ではあるが、源頼光様の血を引いている者だ!」

「たしかに血を引いてるにしては香りがかなり薄いな。んで、復活した俺を倒そうってのかい?」

「当たり前だ! 我が一族の仇敵め……覚悟はいいか!」



 みなちゃんは春臣さんを倒す気満々だ。けれど、秋風さんは我関せずな様子で夏葉さんは他人事のように静かに笑っている。冬美さんもクスクス笑っているし、黒兵衛も興味無さそうにあくびなんてしている。私からすれば一大事なのに。



「黒兵衛、止めなくていいの?」

「大丈夫だろ、今の春臣なら。昔なら血気盛んなとこあったろうから流石に止めねぇと衛生面的にヤバかったけど、今の春臣ならそんな真似はしない。そういう信頼はあるんでね」

「黒兵衛……」

「おーい、春臣。せっかくだから勝負をしてやったらどうだ?」

「ん? まあそうだな。せっかくだからな、勝負をしてやろう」

「よし、ならば早速――」

「コーヒー作りでな」



 春臣さんの口からそんな言葉が出てくる。その瞬間、みなちゃんの動きは止まった。



「は、はあぁー!?」



 春臣さんの言葉に疑問を覚えたみなちゃんの大声が店内に響き渡った。

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