第4話

「それで、そんなよくわからないところでのバイトを決めてしまったのか!?」

「うん、そうだよ」



 翌日の学校でのこと、目の前の席に座る親友に返事をしながら私はお昼ごはんのサンドイッチを食べる。親友はそんな私の様子を見て額を押さえながら首を横に振る。



「前々からどこか危なっかしいところがあるとは思っていたが……」

「危ないところではないよ。お客さんと従業員が妖怪ってだけ」

「その時点で危ないだろう!? あやしの者達だぞ!?」

「心配性だなあ、みなちゃんは」



 野菜ジュースを飲みながら言うと、みなちゃんは大きくため息をついた。みなちゃんことみなもとひかりちゃんは高校生になって出来た友達で、お家が剣術道場をやっている上に自分でも剣道をやっている剣道少女だ。


 女子の中でも高めの身長と少し中性的にも見える顔立ち、長い黒髪を青い髪ゴムでポニーテールにまとめているスマートさや凛々しさを感じさせる姿と男の人のような口調から異性よりは同性からの人気が高く、みなちゃんに恋心を抱く女の子も少なくないそうだ。


 もっとも、みなちゃん自身はとっても乙女であり、好きな男性のタイプは男性的な体格の歳上らしく、力強くて男前ならなおよいと前に聞いたことがある。



「それにしても、鬼や座敷わらしまでいるなんて驚いたなあ」

「そう、それだ! 叶、酒呑童子がいると言っていたな!?」

「うん、春臣さんだね。まさかブランデーをジュースみたいにコップに注いで飲むとは思わなかったよ」

「酒呑童子……源頼光様がかつて討ったはずの鬼がどうして現代にいるのだ。叶、猫又は何か言っていなかったのか?」

「おいおい話すとは言われてるよ。でも、討たれたはずの春臣さんがいるって事は、誰かに生き返らせてもらったとか?」

「酒呑童子を蘇生……ああ、なんと愚かしい事を……!」



 みなちゃんは頭を抱える。でも、私からすればあの春臣さんがそんなに危ない人、いや鬼には見えなかった。



「春臣さんってそんなにすごい人なの?」

「……叶、どこまで話は聞いている?」

「えっと、大江山っていう山で部下の鬼達と一緒に悪さをしてたってところまで」

「まあそれでだいぶ伝わりはするからな。酒呑童子は酒が好きなところからその名が付けられたんだが、奴は大江山の洞窟内に御殿を構えて、そこに配下の茨木童子達と共に住みながら暴虐の限りを尽くしていた」

「そんな鬼には見えないけどなあ……お酒は好きみたいだけど」



 みなちゃんの話を聞く限りでは、春臣さんは部下と一緒に乱暴な事をしていた悪い鬼という事になるけど、私があやかしかふぇで見た春臣さんはお酒は好きだけど豪放磊落ごうほうらいらくという言葉がピッタリな豪快なお兄さんという感じだった。だから、春臣さんの中でも何かきっかけがあって改心したのかもしれない。



「それに、春臣さんの見た目はみなちゃんが好きそうだったよ?」

「はあ!? 私が鬼に、それも頼光様が討った鬼に心を奪われるとでも思っているのか!?」

「なくはないかなって」



 銀色にも見える白髪をいわゆる散切り頭的な髪型にして、高い背丈を包む灰色の着物の袖から覗いた赤みを帯びた腕にはしっかりと筋肉がついていたし、愉快そうに笑う顔もモデル的な感じじゃないにしてもスポーツマン的な印象を受ける二枚目顔だった。正体を考えなければみなちゃんの好みにどストライクだと思う。



「叶、まさかもう既に妖術でもかけられているんじゃないのか!? 聞けば犬神だっているそうじゃないか! 何らかの呪術でもかけられているのかもしれないぞ!?」

「そんなおおげさな。そもそもそんなに悪い人達揃いなら、今頃悪さばかりしてるんじゃないの?」

「う……そ、それはそうだが、それでも過去の罪が消えるわけじゃない! それに、それならどうして猫又は酒呑童子を復活させた人物について何も語らないんだ? やましい事がないなら、すぐに話してもいいはずだろう?」

「言われてみればたしかに……」



 たしかに黒兵衛は少し答えづらそうにしていた。みなちゃんが言うように、何もやましくないならこういう人がいたとか春臣さんをこんな風に生き返らせたらしいとか言ってもいい気はする。


 けれど、黒兵衛はそういう事を話してはいなかった。だから、その某さんにはなにか秘密があるのだろう。



「そう言われると少し怪しいような……」

「そうだろう? だから、そんな怪しさしかないあやかしの巣窟なんか辞めてしまった方がいい。別のバイト先くらい私が探し――」

「よし! 黒兵衛達に話してもらえるようにバイトを頑張ってまずは信頼を得よう!」



 私の言葉を聞いてみなちゃんは机に頭をぶつける。まるでギャグ漫画みたいだったけど、ゴツンという音が鳴ったから、かなり痛いはずだ。



「みなちゃーん……大丈夫……?」

「こ、この程度の痛みはどうとでもなる……それよりも、どうしてバイトを辞めるという結論に行き着かないんだ!」

「だって、カフェで働きたいし」

「それなら別のカフェでもいいだろう!?」

「あやかしのカフェだからこそ面白くない?」



 みなちゃんはまた頭を抱える。そしてそんな姿を見ながらどうしたもんかなと思っていたその時、みなちゃんはガバッと顔を上げた。



「そうだ、それがいい!」

「んー……何か思い付いたの?」

「ああ、もちろんだとも!」



 みなちゃんは顔を輝かせながらビシッという音が鳴る程の勢いで指をさしてきた。



「叶! 私もそのカフェに同行するぞ!」

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