第3話

「さっさと連れ出せって……」

「おいおい、秋風。まだなんも判断材料がない中でそれは乱暴じゃないか?」

「知った事ではない。第一、お前は知っているはずだぞ、黒兵衛。俺が人間に対していい感情を持っていない事を」

「え、そうなの?」



 驚きながら聞くと、黒兵衛は頭をポリポリとかいた。



「んー……まあ、たしかにな。この秋風は犬神という奴で、あまり詳しくは言えないんだが犬神は人間から酷い目に遭わされる事で生まれるものなんだ」

「酷い目……だから、秋風さんは人間を嫌っているんだね」

「正確には少し違うんだが、まあ大体はそうだな。けどな秋風、叶は今後このかふぇを営業していく上で必要だと判断した存在だ。人間だからといってすぐに切り捨てるのはあまりよくないんじゃないか?」

「ふん、どうだかな。春臣、お前はどう思う?」

「ん、俺かあ?」



 春臣と呼ばれた男性はブランデーの瓶とコップを置いてからゆっくりと立ち上がる。座っていたからあまり意識してなかったけれど、春臣さんは思っていたよりもガタイがしっかりとしているようで、身長も190をゆうに超えていそうな程に大きいから威圧感がすごかった。



「ふぅん、ふむ……」

「え、えと……」

「嬢ちゃん、酒は好きか?」

「お、お酒? 私はまだ未成年なのでお酒は……あ、でも甘酒は好きですよ?」

「ほう、甘酒が好きなのかい。あれか、やっぱり酒粕入りがお好みかい?」

「アルコール分が飛んでる物を飲んではいますけど、米糀だけで作られている物よりは酒粕入りが好きかもしれないです」

「わっはっは! 嬢ちゃん、話がわかるじゃねぇか! おれぁ気に入ったぜ!」



 春臣さんは嬉しそうに大きな声で笑い始める。どうやら気に入ってもらえたようだけど、春臣さんはどんな妖怪なのだろうか。



「ねえ、春臣さんってどんな妖怪なの?」

「春臣は酒呑童子、いわば鬼って奴だ。昔は大江山ってところで部下の鬼達を引き連れて酒を飲みながら悪さしてたんだが、源頼光とその配下達に討たれたんだよ」

「討たれたって……でも、ここに春臣さんはいるよ?」

「んー……まあ、それに関してはおいおい話してやるよ。それで他の二人なんだが」



 黒兵衛が首を長くしている女性とおかっぱ頭の女の子を見ると、おかっぱ頭の女の子はトテトテと私に近づき、何も言わずにジッと見つめてきた。



「ど、どうしたの?」

「私、あなたの雰囲気好き。私は夏葉、岩手とかで有名な座敷わらしだよ」

「座敷わらしって……えっ、住み着いた家に幸せをもたらすっていうあの!?」

「そう。だけど、今はその力がない。だから、ここの売り上げがたんまりになるわけじゃない」

「力がないって……何かあったの?」

「ふふ、可愛らしいお嬢ちゃん。色々気になるとは思うけど、アタシを放っておくのはちょっと酷くないかい?」



 首を長くしている女性はからかうように笑いながら私に首を伸ばし、軽く体に巻き付いてきた。この特徴なら知ってる。妖怪の中でも有名なモノだから。



「あなたは、ろくろ首なんですよね?」

「ふふ、ご名答。アタシはろくろ首の冬美。春臣と一緒にフードやドリンクの製造を担当してるわ。それで、夏葉と秋風が接客担当で、親分は店長兼レジ担当ね」

「レジ担当って……化け猫とはいえ黒兵衛は猫だし、レジなんて打てないんじゃ……」

「おいおい、何のための“化け”だと思ってるんだ?」



 黒兵衛は指をチッチッとするように前足を軽く揺らすと、その場で宙返りをした。すると、黒兵衛の姿は三毛猫から大学生くらいの爽やかな雰囲気の黒髪の男性に変わり、服装も黒い着物に白い前掛けをつけたものに変わっていた。



「こんな風に人間みたいな格好になって普段は働いてるんだよ。へへ、結構男前だろ?」

「たしかに。その辺歩いてたらモデルとかアイドルにならないかとか声をかけられそう」

「そいつぁ嬉しいねえ。さて、冬美はどうだい? もっとも、春臣と夏葉が気に入ってる上に叶がここで働き始める事に俺が賛成してる時点で過半数なんだが」



 黒兵衛の言葉に冬美さんは口元に手を当てながらクスクス笑った。



「アタシも賛成さ。親分が気に入って連れてきたんならそもそも反対はしないし、アタシもこの子がどうにも気に入っちまった。不思議なもんだけどねぇ」

「たしかにな。んで、秋風はどうする? お前がどうしてもって言うなら、ちっと考えてみるが」

「……好きにしろ。だが、俺はその女と普段から関わる気はない。相手は夏葉達にさせておけ」

「はいよ。んで叶、お前さんはどうしたい? 客も従業員もあやかしまみれで、人間はお前さんだけ。そんな環境でも働いてみたいか?」



 黒兵衛は真剣な顔で聞いてくる。もしも私が断ったら黒兵衛はその意見を尊重してくれるだろう。でも、そしたら私はまたバイト先を探さないといけないし、こんな貴重な出会いも逃してしまう。正直、妖怪達を相手にカフェで働く事が出来るという経験を積めることにワクワクしているのだ。



「うん、やってみたい。改めて色々覚えないといけない事や大変な事も多いとは思うけど、それでもやっぱりやってみたい。だから、私をここで働かせてほしいです」

「へへ、もちろんだ。んじゃあ、とりあえず出られる時間や曜日の相談を早速していくか」

「うん!」



 春臣さん達が笑い、秋風さんが小さくため息をつく中で私は大きな声で返事をした。こうして私のあやかしかふぇでの新たな歩みが始まった。

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