4 お前は何語でラップしてんだ

「マーフィ、なんだこれ」


「なんだこれって、どういうことですか」


「何語でラップしてんだ?」


プロデューサーの目が光った。


「英語ですけど?」


「いや間違いなくアジアの言葉だろ。レストランのボーイとのやりとりで聞いたことがある」


「えぇ…」


「チップを二度も要求しやがった野郎だったな、あいつは」


俺に言われてもと内心ぼやきながら、


「そもそも俺、ジャパニーズアメリカンですが」


「そりゃ当然知ってるさ。でも今まで英語だったのに、どうして…あ、そうか、今録ったのは日本語だな?」


シーケンサーを立ち上げ、トラックを再生する。俺の声が聞こえてきた。


俺は愕然とした。明らかに日本語のラップが聞こえてきたのである。


♪~今は二千年代/越えてく限界/冥界すら軽快/警戒して組む編隊~♪


「日本語ですね」


「そうだろうな。兎に角、この状態じゃCDにゃできねぇぞ?」


つまるところ、こういうことらしい。

俺は2000年代初頭のアメリカに転生した、このアメ車を愛する25歳のBボーイである。不思議なことに、相手の英語は日本語として理解できてしまい、こちらもこちらで日本語として発音しているつもりなのに、相手はそれが英語だと理解する、という不思議な仕組みが出来上がっているのだ。また、更に不思議なことに、歌うとなると日本語が出てきてしまうらしい。


「今日はもう時間が圧してる。録音は…そうだな、また来週か」


「すみません」


「謝ることぁない。ミスは誰でもやらかすからな。じゃあ」


言うと、出入り口に向かってまっしぐらに去ってゆくプロデューサー。彼の名前は、そういえば──


と、入れ替わりにドアが開けて、見知らぬ人物が姿を現した。くたびれた茶色のピンストライプスーツを着ている。まるで80年代のギャングだ。


「やぁ、ジョー」


俺に向かって呼んでいるらしい。


「?」


「今度のツアー、最初はここ・アリゾナからだぞ。準備はいいのか」


「俺、マーフィですけど?」

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