第17話 売れない作家、初めて編集長と出会う②



 後日、東京上野駅。


 近くには桜で有名な公園や科学博物館、アメ横にオタクなグッズを取りそろえるビルもありサラリーマンや外国人旅行客で常に賑わいをみせている。



「久しぶりだなぁ、陶器市以来か」



 その時購入した波佐見焼きのマグカップは今でもお気に入りだ……っと懐かしんでいる場合じゃない。


 駅中のショーウィンドウに移る自分を見て寝癖はないか大丈夫か身だしなみを整える。



「一応、女性と会うから気をつけないとな」



 メールでやり取りしているが相当気難しい人だ、飛び級だとかで相当なお局様なんだろうなぁ。


 少々気後れしながら俺は指定された場所、テナント内のオシャレな喫茶店へと向かう。


 テナント内のカフェ前は行き交う人、待ち合わせしている人でごった返していた。婚活か何かなのだろうかコッチをチラチラ見たりしてくるなぁ。



(こんなにいると誰が編集長か分からないな……あ、そういえば)



 確かウチのレーベルの看板作品「オルタナ・オンライン」のイラストが入った紙袋を持参しているからそれで見分けろ、って先輩に教えられたっけ。



「そういや編集部の人と直に初めて会うの初めてなんだよなぁ」



 新人賞の時は電話だけでそれ以降メール、で、売れなくて担当さんが辞めて編集長預かりになって……



「ダメダメだ」



 嫌なことを思い出しそうになった俺は首を横に振って負の感情を払拭し、編集長を探す。


 その俺の奇行が目の止まったのかコッチを見てくる一人の女性がいた。手にはオルタナのイラストが入った紙袋。



「あ、この人か」



 ずいぶん若いな、スーツ姿で何ていうかハルルさんに似て――



「え?」

「え?」



 互いに目を合わせ、素っ頓狂な声を上げる。


 俺の目の前にはスーツに身を包み、レーベルのロゴの入った紙袋を手にしたハルルさんがいた。



(え? もしかして北大路編集長は……ハルルさん?)



 が、俺はすぐ考えを改める。



(いやいやいやいや、そんなわけない!)



 優しいハルルさんと急に塩対応になったり改稿で難癖付けてくる奇人編集長なわけがないだろ……と、俺は自分の頭を小突いた。



(ていうかハルルさんが編集長だったら、あの具体的な改稿指示が変な意味になっちゃうし)



 まるで俺のことが好きでその願望を成就させるために子飼いの作家に書かせた――



「妄想も大概にしろって話だよなぁ」



 つい声に出してしまう俺にハルルさんは驚いた表情だ。



「あ、え? か、カイ兄さん」

「あはは、奇遇ですねハルルさん。お仕事ですか」

「あ、えぇまぁ……」



 何とも歯切れの悪い反応。まぁわからんでもない、ダンジョン冒険者がプライベートで遭遇したら気恥ずかしくなるのは「あるある」だからね。



(昔、近所のお淑やかな奥さんがモンスターをハンマーでボコってストレス解消している場面に遭遇して気まずくなったことがあったなぁ)



 武器の種類ってなんかその人の正確を表すから絶妙に恥ずかしいんだよな……っと、今はそれどころじゃない。


 俺は襟を正しハルルさんに笑顔を向ける。



「すいません、実は自分も今日は仕事でして……人と待ち合わせしているんで失礼します」

「あ、はぁ……ち、ちなみにどんな人と、ですか?」

「え~何て言うかまぁ、職場の上司ですね。出版社の」

「――ッ!?」



 ハルルさんの体がビクンと震える。なんだろう、出版社にトラウマでもあるのかな?


 トラウマ如何はよく分からないけど、俺は怖がらせないよう精一杯の笑顔をむける。



「そんなわけで、お仕事頑張って下さいね」

「あ、えっと……その……」

「はい?」



 しどろもどろのハルルさんは意を決したかのようにこう切り出した。



「たぶんその、待ち合わせの人、来ないと思いますよ」

「え? どうしてですか? ……あ、まさか」

「は、ひゃい!」

「急用ができて編集部に戻ったのかな? なんか気難しそうな女性がどっか走ってったんですか」



 「なんか文句言いながら」と聞いたらハルルさんは「えぇまぁ」と気まずそうに答えてくれた。


 なるほど、面倒くさそうに独り言を呟きながら走り去った人を見かけたら気まずくもなるだろうな。


 俺はハルルさんの心中を察した。



「なるほど、有益な情報ありがとうございます……じゃあ公園でもぐるっと回って帰るかぁ」



 そんな俺をハルルさんが呼び止める。



「あ、あの! よかったらお茶でもしませんか!?」

「え? お仕事はいいんですか?」

「仕事は……大丈夫というか、大丈夫でないというか、終わったというか、これからというか」



 またまた歯切れの悪い反応。仕事中だけど知り合いと一息つきたいと言ったところかな?

 

 そう察した俺は彼女の申し出を快く引き受けた。まぁ帰っても改稿指示待ちで暇だしね。



「いいですよ、あの、ところで……」

「ひゃ、ひゃい!?」

「オルタナ、好きなんですか?」



 イラストの入ったバッグを指さすとハルルさんは苦笑いした。



「え、えぇ、まぁ……好きというか、大事にせざる終えないというか」



 またまたまたまた歯切れが悪い。オタであることを大っぴらに指摘されたくないのかな? まぁそういう人もいるよね。



 前にも増して彼女に親近感が沸いた俺は一緒に喫茶店の中へと入っていったのだった。

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売れない作家の俺がダンジョンで顔も知らない女編集長を助けた結果 @kaisyain36

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