第16話 売れない作家、初めて編集長と出会う
確かにダンジョン関係の仕事は魅力的だ。
最近ダンジョンに潜る機会が増えたせいか自分が作家より冒険者の方が適正有ると気づかされてしまい、余計にそう思うようになってしまった。
「目を背けてきたんだろうな」
ベストセラー作家の夢があると言い聞かせ、専業にこだわり続けたからな。
でも、作家仲間は意外に兼業が多いことを知る。編集さんは仕事を辞めないで下さいと念押しするくらいだし。
「今の時代、兼業も悪くないのかな……」
働いたら負け、専業で成功するという変なこだわりがあったのは事実。
「だが、俺は天才じゃない、もう認めよう」
凡人が大成するなら長く挑戦し続ける地盤が必要なのかもしれない。
在学中に運良く……いや、運悪く受賞し勘違いして新卒カードを切った俺はダンジョンに潜って稼ぐのが一番なのか。
「あとダンジョンに潜るのも人生経験だもんな」
美波、ハルルさん、松尾さんに坊田君達……人と関わることで忘れていた「仲間と一つの目標に挑む」という感情を思い出せてきたのは事実。
「本当はそれを編集長と共有するべき何だろうけどさ……おっと」
愚痴を言っても始まらない。さんざん断り続けた手前、円佳の誘いに今更応えるのは恥ずかしい気もするが……
「これも人生経験、だな」
そう自分に言い聞かせスマホに手を伸ばした瞬間だった。
ムーッ……ムーッ……
「ん? これは? メール……」
俺はその宛先を見て驚いた、まさかの編集長からのメールだったのだ。
「三ヶ月は忙しいと言っていたのに何なんだ?」
ま、碌なもんじゃないだろうと怪訝な顔でメールを開いてみた。
しかし、その内容に俺は再度驚愕した。
なんというか実に熱意のある「暖かい」文章で、こういう感じの内容で書いて下さい、これから頑張りましょうという内容だったからだ。
「どういう……本当にどういう風の吹き回しなんだ?」
円佳の所で働こうと決意した瞬間にコレ――
「編集長、めっちゃ俺の心を揺さぶってくるやん」
俺はとりあえず円佳の所に連絡するのは止め、編集長へのメールに着手する。
<少々お待ち下さい、編集長の意向を組み込んでもう一度プロットを練り直します>
こんな感じの内容を送信。すると――
<わかりました、よろしくお願いします>
「即返信が来た!?」
つい驚いてしまう、なんだ頭でも打ったのか? と心配になってしまうほどだ。
だが――
「気まぐれだろうと何だろうと、応えるのが作家だもんな」
俺は円佳の研究所に連絡することなどすっかり忘れ新作のプロット改稿に着手した。
「しかし、誰かに言われたのかな? 人に優しくしろって……うん?」
なんか最近似たようなこと言った覚えが……まぁいいかデジャブだろ、作家には特に多いからな。
編集長の要求に最大限応えようと俺はその日一日、喫茶店が閉店するまでプロットの改稿に取り組んだ。
だが、編集長の要求一点一点が、何ていうかその……願望丸出しすぎてお腹がいっぱいになってくる。
「これを全部組み込むとなると、読み手も胃もたれしないか?」
女性主人公が大活躍、一人のイケメンと両思いのラブラブ……ていうか北大路編集長って女性だったのか? 今気がついたよ。
「だとしたら、話は変わるぞ」
売れ筋を目指して書かせているのかと思いきや。これは編集長が気持ちよくなるための作品なのではないか? もしくは――
「実体験を参考にしているとか? いやいや、ダンジョンで王子様に助けられるなんてそんなこと有るわけない」
まぁ俺も最近ハルルさんを助けたりしたけど王子様ってねぇ……
俺は呆れて嘆息してしまう。
「実体験を参考にしているなら、その王子様が女性主人公に恋心は抱かないぜ」
助けられた側ならまだしも、助けた側が初っぱなから恋心が芽生えるなんて下心が最初からあるかよっぽど主人公が可愛くないと無理だ。
俺がハルルさんに抱いた感情は「父性本能」、そこから恋心に変わっていくなら分かるけどさ。
「ん? じゃあ俺がハルルさんに恋心を抱く可能性はある……のか?」
なんか考えると恥ずかしくなるな。いや問題はそっちじゃない。
「ていうかその過程を楽しむのが小説の醍醐味じゃないのか? う~ん」
一度、擦り合わせをした方が良いかも知れない。そう考えた俺は編集長にメールを入れる。内容は父性本能の件、相手がすぐ好意を抱くなんてご都合主義もいいところですよという……まぁちょっとした苦言だ。
「少し厳しい内容だけど、お互いの事を理解するのは大事――おん?」
ムーッ! ムーッ!
「早っ!? マジ早っ!? ……うげぇ」
内容は何ていうか、呪詛に近い文章だった。目が滑るというか読むに堪えない文句、文句、文句の嵐。
頑張って彼女の言いたいことを要約すると――
「つまり「相手だって絶対主人公に恋心を抱いているはず」と言いたいのか」
何? 最近ダンジョンで誰かに助けられたの編集長?
しかし、これは理解してもらうには途方もない労力が必要そうだ。
「少なくともメールで説明するのはこっちの骨が折れる……そうだな」
意を決した俺は「会って話しをしませんか」とメールをしてみた。
ムーッ! ムーッ!
即返信が来た、内容は。
<受けて立ちます>
この一文だけだった。やべぇ、やる気だ。
その後何度かやり取りして日時と場所を指定。俺は担当が編集長になってから初めての打ち合わせに挑むことになったのだった。
※次回は12/31 18:00頃投稿予定です
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・売れない作家の俺がダンジョンで顔も知らない女編集長を助けた結果
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