第2話 売れない作家、人気ダンジョン配信者を助ける

「俺はこの経験を生かして一流の作家になるぜ」

「なら私は一流の研究者になってみせますよ」

「お互い、夢のため頑張ろうぜ」

「ええ」



 それから月日は流れ――ダンジョン研究の第一人者として脚光を浴び続ける円佳。


 一方、俺はこの経験を活かし執筆しラノベの新人賞で佳作を受賞。本を出すことはできたが全く売れずその一冊こっきりで今に至る。



「その後、担当編集がトンズラして誰も引き継いでくれなったから編集長預かりになったんだよな」



 編集長が担当なんてすごいじゃん、と思うかもしれないが基本編集長は忙しいから企画を送っても全く返事が返ってこない、月一やり取りできればいい方だ。



「しかもあの北大路編集長、そうとう若いらしく飛び級で大学卒業したとかのエリートで俺なんか眼中にないみたいだし……絶対性格悪い顔しているぜ、見たこと無いけど自身有るわ」



 そう一人グチグチ言っていたらあっという間に目的のダンジョンに到着する。


 航空記念公園ダンジョン。埼玉でもっとも手頃な「C級ダンジョン」として有名だ。


 昔はそこまで人気のダンジョンではなかったが、今は随分と変わったようだ。大手メーカーのダンジョン用武器防具店にちょっとした出店やらなにやら……一種のお祭り会場みたいになっている。サッカーのスタジアム試合前をイメージしてもらえたら分かりやすいかな?


 そして、そこかしこに飛びかう撮影用ドローン。



「昔はカメラ片手にやってたもんだけど、ずいぶん違うな――おっ」



 ムーッ……ムーッ……


 公園に入ると俺のスマホがブルっと震える。



「よし、魔力拾ったな」



 ダンジョンから発生している魔力を感知するアプリの効果だ。


 このエネルギーが人体に干渉し特殊なスキルを使えるようになったり、装備品を召喚し身に付けることが可能となった。


 昔は気味悪がられたものだが今じゃWiFi感覚で使われるから世の中分からないものだ。不思議なもので召喚した武器で人を切ったり殴ったりしてもあまり怪我はしない。現実世界に無い物だからなのだろうか? ただし精神的疲労は蓄積するらしく気を失ったりするので注意が必要だ。


 治安の悪い所じゃヤンチャな連中が召喚した武器で喧嘩をしたりすることもあると聞く。大怪我しない分、普通の殴り合いより「健全」らしい。


 航空記念公園ダンジョンは比較的治安は良い方で、そういった連中は夜中にならないと見当たらない。基本ダイエット目的の人間とか普通に屋台を楽しみにしてる人間の方が多いらしい。


 そんな人々に紛れ俺はダンジョンに潜る身支度を始める。



「さて、久しぶりに召喚してみるか」



 スマホのアプリを起動させ、久しぶりにアイテムボックスを開く。



「残していてよかった。ほとんど売却しちゃったけど、これだけは手放せなかったんだよなぁ」



 ちょっぴりアプリのアップデート時間はかかったが、しばらくして俺の手に鉄の塊が召喚される。


 俺が召喚したのは盾……それも身の丈ほどもあるタワーシールド。


 そう、俺の装備はこれだけ。


 この盾が俺の防具兼武器なのだ。


 左手にタワーシールド、右手にカメラ……これで自分の身を守りながら円佳を撮影していた。


 ダンジョン最深部で襲い来るモンスターを盾で弾き盾で殴り続けること数か月……気が付けば俺は唯一無二の盾使いになっていたのだ。



「逆に剣とか魔法はからっきしなんだけどね」



 ともかく身を守る事に関しては誰にも負けない自負がある。そこそこの深さまで一人で潜ってアイテム回収程度ならば難しくはないだろう。


 一応、知り合いの目を気にしてフード付きパーカーを目深にかぶり、マスクを着けていざダンジョンへ。


 ワイワイ――


 入り口付近の広場にはガッチリ重装備の人気もいれば、軽い運動目的のラフな人間もいたりする。即席バディの募集なんかも活発で掲示板の前でうろうろしている人も、たまにナンパ目的の奴もいるのは昔と変わらない。


 そんな人たちに混じりダンジョンの内部へと向かう……ん? なんだかちょっと騒がしいぞ。



「おい、ハルルさんみたぞ」「あの人気配信者?」「マジか、サインもらいてぇ」

「ふむ、有名人がいるのか?」



 最近のダンジョン配信者はよく知らないけれども、動画再生とかして結構お金も稼げているらしいな。実力より容姿や境遇の方がフューチャーされているようで……



「その容姿や実力を兼ね備えていたのが円佳なんだよな」



 ダンジョンを研究し世界の発展に貢献、とかいう応援したくなる要素もあるから無敵だよなアイツ。性格は人を食ったような奴だけど。


 そんな円佳に頼まれた「久遠の実」を採りに俺はダンジョンの中層へ潜ろうとする。


 なんでもダンジョン性の植物が外で成長するかどうかの実験に必要だとかなんとか。まぁ、それ以上は聞かなかったけどね。「久遠の実はどんな代物」なんてちょっとでも聞いたら小一時間しゃべり続けるのが円佳の悪い癖だからだ。


 ダンジョンに潜ってフィールドワーク――調査の様子を配信する、いわゆる「学ぶ系」の配信者である彼女は人に物を説明するのが大好きというタイプの人間なんだよな。


 そんなことを考えながら緩やかな下り坂を降りていくと枝分かれした通路にたどり着く。


 初心者向け中級者向け上級者向けとコースが別れており、上級者は短いが狭くてモンスターがわんさか、初心者向けは遠回りだがモンスターは少なく道も緩やかといったところだ。


 俺の知らない間に道はだいぶ舗装されており、どれも歩きやすいようになっていた。



「これも時代の流れか……さて」



 俺は迷わず上級者コースへと足を踏み入れる。こっちの方が短いし、パッといってパッと帰られるから便利なんだよな。



「当時は地獄への道なんて呼ばれていたなぁ、俺と円佳くらいしか通らなかったっけ」

「そこの人」



 俺が思い出に浸っていると男性冒険者が声をかけてきた。



「はい、なんでしょう?」



 彼はちょっぴり暑苦しい笑顔を向けてきた。



「その装備、初心者の方ですか? そっちは上級者コースで危ないですぞ。モンスターが比較的強いので行かない方がいいかと思いますな」

(おっと忠告してくれているのか……最近の冒険者は民度が高いな、昔は騙すタイプの悪い輩もいたのに)



 なんだか感慨深げ思っていると親切な冒険者は初心者のコースを指差してくれる。



「あっちの方が初心者向けですよ、あと武器は――」



 うん、まぁそう思われるよな……盾だけで武器も装備せず、フードパーカーとジーパンで潜ろうとしてるやつがいたら、そりゃ初心者って思うよな。


 いちいち説明するのが面倒くさい俺は「ありがとうございます」とだけ言って男が目を離したすきに上級者ルートに侵入した。



「さてさて……早速お出迎えか」



 久しぶりのダンジョン、そんな俺に入って早々壁や天井やスライムが湧き出てきた。


 スライム――不定形モンスターの代名詞。


 某ゲームの影響で最弱と思われているが、ことダンジョンでは話は別。装備の隙間から入ってきて毒で相手を弱らせるタイプの「ポイズンスライム」はなかなか厄介、なめてかかったら危険極まりない種類と言っても過言ではない。


 俺の目の前には早速そのポインズンスライムがうじゃうじゃと出てきた。



「腕は鈍っているかどうか試してみるか」



 プルルル――


 俺は飛び掛るスライムに向かって盾を構え振り回した。



「シールドバッシュ」



 シールドバッシュ――盾で相手を吹き飛ばす盾スキルの基本だ。


 普通は吹き飛ばす程度だが、シールドマスター(笑)を自称する俺が繰り出せば必殺のフィッシュブローとなる。


 ドッゴバン!


 壁に叩きつけられたスライムははじけ飛び、壁や床一面に粘液をぶちまける。



「うんうん、腕は鈍っていないみたいだ。さーて、とっととアイテム回収して帰るぞ」



 そのまま前へ進み崖を下り俺は中層へと向かう。


 しばらくすると狭い道が開け、大きな空間が広がる。


 天井には屋外と見まごうほど明るく輝く光源の結晶。ほのかに暖かく過ごしやすい空間は布団を干したくなる感じだ。


 ここが中間層のセーフティーゾーン、浅い層ほどの賑わいはないが観光目的の人もチラホラと見かける。あそこは配信者、むこうは研究関係の人かな?



「さて、ここから少し潜らないとな」



 円佳からはこのフロアの先にある「果樹園」と呼ばれるところに実る「久遠の実」を取ってきて欲しいと頼まれた。



「天然の果樹園ね」



 要するに植物系や虫系のモンスターの巣窟っていうことだ。



「よく円佳と二人で果実をもぎ取って食べていたっけ……おん?」



 その果樹園の隅っこの方に一人の女性が宙に浮いているではないか。


 注意して見ていると浮いていると言うよりも木の根っこに吊されているようだ。

彼女の装備はボロボロ、武器も地面に落ちている……どうやらこの果樹園の主、老トレントと戦っていた模様。


 トレント――


 木に擬態し葉や根っこで攻撃してくるモンスターの一種だ。そもそもダンジョンでは植物が珍しいので擬態してもあまり意味が無いのは内緒だ。


 老トレントはトレントの上位互換で手を出したら最後。周囲のトレントや虫モンスターを誘発する臭いを発し連携して人間を囲む性質を持つ。



「つい手を出しちゃったのか? それともわざとか?」



 低いモーター音を立て飛び交う撮影用ドローンをみるに、どうも配信者らしい。



(過激なことをする配信者だとしたら救いようがないバカでしかないが……)



 自業自得と見捨てたくもなるが「久遠の実」は老トレントの頭になっているんだよな。



「面倒くさいけどやるしかないか」



 俺は盾を構え老トレントの方へ走り出す。



「!!!!」



 老トレントは気がついたのか足首を掴んだ女の子を俺の方に叩きつけようとしてきた。



「んな女の子をボーリングの玉みたいに扱うんじゃ無いっての……シールドブーメランだ!」



 俺は構えた盾を振りかぶり相手目掛けてぶん投げる。


 シールドブーメラン――


 その名の通り盾をブーメランのように投げる技だ。牽制だったり注意を自分に向けるための技だがシールドマスターの俺が繰り出すと轟音を立て全てをなぎ払う荒技へと変貌する。


 オォォォォン!


 鉄の塊が大気を震わせる風切り音を発し、女の子を掴んでいた木の根っこを切断した。


 叩きつけられるはずの女の子が宙に放り出される。



「えっ?」



 何が起きたのかわからない女の子は目を丸くして自由落下。



「よっと」



 外野がフライを取る感じで俺は女の子をキャッチした。



「ど、どうも」

「はいどうも」



 うん、挨拶は大事だな。気が動転しているのか一周回って実に落ち着いたリアクションの女の子。


 良く見ると可愛いが……今それどころじゃない。



「危ないからここにいてね」



 彼女を地面に降ろすと戻ってきた盾をキャッチ。


 そして改めて老トレントと相対する。



「!!!!!!!!」

「落ち着け果樹園の主様よぉ。えっと、コイツの弱点は確か……あぁ」



 トレントは木に擬態している植物系のモンスターだがタコに生態が類似していると円佳が教えてくれたっけ。



「枝や根っこをいくら斬っても意味は無い、狙うは脳天ただ一つ」



 俺はタワーシールドを両手で掴み思い切りジャンプした。


 そしてダンジョンの天井を蹴り上げて勢い付けてトレントの眉間目掛け盾を突き立てた。



「!?!?!?!?」



 ボコッとトレントの巨体に大穴が空く。



「……! …………」



 そしてトレントは動くことなく、そのまま枯れてしまった。



「な、なんて跳躍!! ダンジョンの天井に届くなんて!?」



 驚く女の子……このくらい円佳でもできるんだけどな。



「よしよし、さて久遠の実はっと……」



 枯れたトレントが消えてしまう前に俺は急いで巨木によじ登って実を探す。



「あったあった」



 濃厚な甘い香りを発していてすぐに分かった、モンスターを誘発する効果があるらしい……いったい何に使うのだか。


 すぐさまポーチにしまい、帰宅準備をしていると……



「あ、あの」



 助けた女の子がこちらをじっと見ている。


 怪我して動けなかったら放置するわけにいかない、俺は彼女の方に歩み寄る。



「大丈夫?」


「その……ありがとうございます、大丈夫です」



 お? さっきと雰囲気が違うなぁ。フギャアとか叫んでいたとは思えないくらいのお淑やかさだ。


 立ち上がって頭を下げる彼女はフラフラ。


 大丈夫だとは言ってはいるが……これじゃあ上の階に戻る間にモンスターに襲われて大変なことになるぞ。



「ほ、本当に大丈夫」


「あ、はい、歩けます!」


「そっか、抱えていこうかと思ったけど、ならよかった」


「あ、すみません、やっぱ歩けそうも無いです、一歩も」


「どっち!?」



 最近の女の子はよく分からないな……まぁ、最近じゃなくても円佳もよく分からん所あるし。



「急に痛くなりました、遅効性の骨折かも!」


「時間差骨折って斬新だな……でもまぁ急に痛みが襲ってくるって事もあるか」



 俺は彼女を抱えてあげる。



「お、お姫様抱っこ!? ごちそうさまです!」


「ごち……まぁいいや」



 俺はそのまま上の階へと駆け出した。


 道中は俺が倒したからモンスターはほとんど出現せず、すんなり帰還。そして入り口付近に到着して彼女を降ろす。



「もう、大丈夫かな」


「あ、ありがとうございます。そうだ、お名前!」


「あ、いや、名乗るほどの者じゃないので、それじゃ……」



 もう当分ダンジョンに潜るつもりはないからね。ちょっとトラブルに遭ったが、無事「久遠の実」を回収できた俺は足早にその場を後にした。


 帰路につく中、俺は久しぶりのダンジョン探索の余韻に浸っていた。



(やっぱり俺、ダンジョン探索に向いているんだろうなぁ)



 もし俺の夢がお金と地位と名声だったら、きっと今も潜っていただろう。



「でも、俺の夢は子供の頃から売れっ子作家だ、せっかく担当も着いたんだしこのままフェードアウトしてたまるものか……っと、そういえばこの前送った企画書の返事は?」



 すっかり忘れていた俺はスマホのトーク履歴を見る。


 だが返事は一切無く既読すら着いていなかった。



(この雰囲気、企画会議すらかける気ないな。編集長様はお忙しいようで)



 俺のつくため息はオレンジ色に染まる夕日に吸い込まれていった。


 だが、ダンジョンにて女性を助けたことが原因で、この先とんでもないことが起きるなんて。


 あの助けた女性が件の女編集長であることは知るよしも無かったのだった。






※お気に入り・評価などをいただけますととっても嬉しいです。励みになります。


 皆様に少しでも楽しんでいただけるよう頑張りますのでよろしくお願いいたします。 


 また、他の投稿作品も読んでいただけると幸いです。




 この作品の他にも多数エッセイや


・追放されし老学園長の若返り再教育譚 ~元学園長ですが一生徒として自分が創立した魔法学園に入学します~


 という作品も投稿しております。


 興味がございましたらぜひ!



次回は12/4の17:00投稿予定です

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