売れない作家の俺がダンジョンで顔も知らない女編集長を助けた結果
@kaisyain36
第1話 売れない作家は元凄腕ダンジョン冒険者
「ダンジョン配信者の第一人者は誰?」と街で聞いたら百人中百人が「日高円佳(ひだかまどか)」と答えるだろう。
日高円佳――日本人初のA級ダンジョン踏破者である。
数年前、突如東京に現れた異世界につながる「異空間ワームホール」……通称ダンジョン。
魔力という未知の力場を発し、周辺の人間に様々な影響を与えだしたその建造物に当時の人々は恐怖した。
だが、その魔力が研究解明され比較的安全……それどころか我々の生活に有益をもたらすと判明するやいなや政府や大手企業が利権欲しさに調査を開始。
一攫千金を狙う一般人や知的好奇心を満たすため調査する者も現れ、個人でダンジョンを調査する者を「冒険者」と呼ぶようになった。これが第一次ダンジョンブームである。
「魔力に満たされた空間では大怪我を負わない」「武器や防具を召喚できる」「魔法に近い特殊能力が使える」といった魔力による不可思議な現象は「異世界に夢見る若者」を中心に過熱化し、ダンジョンを探索することは「レジャースポーツの一種」となるのに時間はかからなかった。
近年では動画投稿サイトにその探索状況を配信する「ダンジョン配信」が流行りだした。これが第二次ダンジョンブーム。
その先駆者が日高まどかだ。
ダンジョンのモンスターの生態などを詳しく解説しながら深層へと潜っていく様子は同時接続数千万人を超え、皆が見守る中、A級最深部に到達し世界にそしてダンジョン史に名を残すことになった。
そんな日高円佳のカメラアシスタントをしていたのが俺、厳島海斗(いつくしまかいと)……
通称「歴史に名を残さなかった男」と一部……ていうか円佳に呼ばれている。
うん、ちょっとしたバイト感覚で彼女の手伝いに応募しただけ。将来の夢が小説家の俺にとって「ファンタジーを書くときの経験になるかも」って軽い気持ちだったんだ。
だが円佳は笑顔で無茶ぶりするドSで……ありえない数のモンスターに襲われながらアシスタントをこなしている内にドンドン成長して行き、ついにはカメラ片手にモンスターを追い払えるようになった。
ダンジョン踏破した翌日、円佳から「共にダンジョンを研究しませんか」なんて声をかけられたが「小説家になる夢がある」と言って断った。
だが創作力に自信があった……夢見るあの頃の俺はもういない。
運よく佳作に引っ掛かってデビューできたが全く売れず一冊で打ち切り。今は企画も通らず作家と名乗っていいのか分からない、そんな生き物だ。
一方、円佳……彼女はダンジョン研究の第一人者として今や時の人。
「はぁぁ……」
自室にて、俺は自分の不甲斐なさに嘆息する。
「絶対売れっ子小説家になってやる」と大見えを切った手前、なんだか円佳に顔を合わせるのが申し訳ない気持ちでいっぱいだからだ。
自分で言うのもなんだけど、中々良い文章は書くんだぜ。
でも今の担当……ていうか編集長の北大路氏とはそりが合わない。
前の編集さんが急に退社して引き継ぎも何もできず、一時的に俺の身柄は編集長預かり。
そしてくすぶった木っ端作家なんて誰も担当したがらず今に至る……というわけだ。つまり北大路編集長にとって俺は嫌々預かっている親戚のペットか何かみたいなものだ。
だからまぁ、基本「塩対応」。
リアリティのある文章を書いても「まわりくどい」なんて言われたり、簡素に書いたら「内容が薄い」と言われる始末。彼女の機嫌に合わせて俺の文章感覚を変えなきゃならないのは非常に苦痛だ。
そんなわけで企画書を投げては秒で突き返されているというワケ。早く普通の編集さんに担当してもらいたいぜ……
「そうですね――」
「……」
作業用BGM代わりに流していたテレビでは、スーツに身を包んだ女性が笑顔で受け答えをしている。
彼女が件の日高円佳その人だ。
差を付けられた彼女を見て心が痛くなった俺はすぐにテレビを消す。
別に彼女のことが嫌いなわけではない、ただちょっと引け目があるだけだ。今の惨め自分と比較してテンション下がったらいい企画書も書けないからな。
そんなことを考えながらパソコンに向き直っていると、ムーッムーッっと俺のスマホが震え出す。電話だ。
(もしかしてこの前提出した企画書が通ったのか? でも基本メールだし……よっぽど良い企画書でつい電話とか? いや、あの塩対応編集長がそんなことするわけない)
なんてことを考えながら着信画面を見て、俺は思わずげんなりしてしまった。
「はぁ」
本日何度目か分からないため息。
「このままずっと出ないでいるわけにもいかないよなぁ……アイツのしつこさは折り紙つきだし」
覚悟を決め、俺はスマホを手に取る。
「もしもし」
「やあ海斗。今電話いいですよね」
「そこは「いいですか?」じゃないのか、円佳」
電話の相手は、今テレビで取材を受けていた日高円佳その人だった。
向こうでにこやかに笑っているであろう彼女は、さっそく要件を切り出し始める。
「お願いがあるんですけれども」
「断る」
その間0.5秒。
だが彼女の声のトーンは変わらない。
「まだ何も言ってませんよ。つれないですね海斗」
「言わなくても分かる。ダンジョンに潜れって話だろ」
「ふふふ、ウチの研究所に就職しませんかって話かもしれませんよ」
「断るって何度も言っているだろ?」
そうなんだ、こいつはことあるごとに俺を就職させようとしてくる。
「俺の腕を買ってくれるのは嬉しいけど、今ここで筆を折る気はない……っていうのを何度も言ってるんだけれども」
「ふふ、私はね、この諦めの悪さでA級の「東京霞が関ダンジョン」を踏破できたんですよ」
「知ってるよ、間近で見ていた、ていうか撮影していたんだからさ」
この折り紙付きの根性だから前人未踏のA級ダンジョン最深部到達を成し遂げられたんだろうな。
(諦めないお前を見て俺も売れっ子小説家になる夢を諦めきれないってのは言えないな)
電話口では円佳はクツクツ笑う。
「売れっ子になる手っ取り早い方法を教えましょうか? 私の相棒で一緒に東京ダンジョン踏破したカメラアシスタントというのを全面的に押し出せば――」
「知名度先行して本が売れるっていうのは俺の性に合わないよ。いい文章書いても評価されないしさ」
電話口で「はぁ」という溜め息が聞こえる。そして続くはお説教だ。
「いいですか海斗。もう何年、本が出てないと思うのですが」
「何年だっけかなぁ……」
「二年と三カ月ですよ」
「数えているのかよ」
電話の彼女は諭すように説教を始める。
「そりゃ数えもします、私たちコンビが解散して、もう二年以上が経ってしまったていうことです」
「そうだったな、今じゃカメラはドローン撮影が主流。昔は常にカメラを片手だったよな」
「最下層の襲い来るモンスターに片手で対応しながら撮影なんて今の人間にはできません。だからこそ、その稀有な才能を――」
「怪我したくないからって必死だっただけさ」
「海斗は私よりすごい冒険者ですよ、貴方以上に防御に長けた人間は普通はいません。特にあの盾捌きは――」
「褒めてくれるのは悪いけども、今は売れない作家だよ」
ちょっと弱気を見せた瞬間。円佳はすっと俺の心の隙間に入る言葉を口にする。
「なら困っているのではないですか? 懐事情」
「……お前、俺の貯金通帳でも見たのか?」
「人をなんだと思っているんですか? そもそも銀行口座を持っているんですか?」
「お前こそ人を何だと思ってるんだ? さすがに持っているよ。寂しい数字だけど」
あの貯金額を見てさすがに厳しいなあと思い始めた今日この頃。電話口で円佳は満面の笑みを浮かべている気が……100%浮かんでいるだろうな。
「何、ちょっとダンジョンから取って欲しい物があるんですよ。お代は弾みますから――」
円佳の提示した金額に思わず唾を飲み込んでしまう。
その額に抗う術はなく、俺はその依頼を受けることにした。
「……わかったよ、やる」
本当は即決だったのに、ちょっと勿体ぶって考えたフリをする自分が情けない。
そんな心を見透かしたのか、円佳はクスクス笑っている。
「ふふ、やっぱり海斗ですね、私に優しい」
「お前は厳しいよな俺に。久しぶりのダンジョンだから、あまり期待するなよ」
「何を言うかと思ったら……絶対大丈夫ですよ。なんてったって私より先に東京ダンジョンの最下層、人類未踏の地に降り立った男なんですから」
「あれはカメラマンとしてお前を正面から取りたくて先に行っただけで……」
「でも私より先にダンジョンの最下層に到達したのは間違いじゃないですし……ま、その議論はまた今度として、依頼の方よろしく頼みます。場所など詳細をメールはすぐにお送りします。頼みましたよ、相棒」
「議論なんてしねぇ……切りやがった」
まぁ懐が寂しくなったし、バイト感覚で潜ってみるか、日頃の運動不足解消も兼ねるとしよう。
だがこの時、この依頼が俺の人生を狂わせることになるなんて思いもよらなかったんだ。
※次回は本日19:00投稿予定です
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