「学園探偵ってなんだ、聞いてないぞ」とワトソン氏

\ピンポンパンポーン/


『業務連絡、業務連絡。大道寺から多目先生へ。至急、本館生徒指導室までお越しください。繰り返します……』


 お、あっちもトラブル発生か。

 大変だな、ダイさんも。


 今日何度目かの校内放送を聞きながら、俺と唯愛は文化部部室棟の廊下を歩いていた。

 建物は旧校舎を改築して使っているらしく、ところどころに古めかしさが目立つ。


「で、あれは何の冗談だったんだ」


 リノリウム張りで統一された新校舎とは違う、フローリングの廊下を歩きながら尋ねると、唯愛は「?」と首を傾げた。


「探偵がどうのってやつ。流石に与太だろ?」

「心外だな。本気に決まってるじゃないか」


 補助ステッキをカツカツと鳴らして抗議する。


「これでも、アメリカの学校では有名な美少女探偵だったんだよ。

 ついたあだ名が『カリフォルニアのコロンボ』」


 ほな、ただのコロンボやないかい。

 あと、あのおっちゃんは探偵じゃねぇ、ロス市警の警部さんだ。


「つか、何か。お前が高校でやりたいことってのは、まさか……」


 くひひ、と唯愛がこらえきれず笑みをこぼす。


「国内屈指の生徒数を誇るマンモス校! 生徒の自主性を重んじる自由な校風! 日々のトラブルに事欠かない無秩序っぷり! 探偵活動をするのにもってこいの、素晴らしい環境だと思わないかい?」


 悪い予感は、どうやら的中したらしい。


「そっか。まぁ、せいぜい頑張ってくれ。晩飯までには帰って来いよ。それじゃ」

「待ちたまえよ」

「ぐえっ」


 踵を返した俺のシャツの襟に、ステッキの持ち手が引っかけられる。


「どこへ行こうと言うんだい、会員ナンバー2号」

「ゲホッゲホッ……誰が会員だって?」

「他に誰がいるのさ」


 きょとん顔やめろ。


「キミの分の名刺も刷ってあるんだよ。ほら、これっ」


 ドヤ顔で差し出される名刺の束を、仕方なく受け取る。


【SD倶楽部 副部長 三善竜司】


 ……マジで作ってやがる。

 黒地に金の箔押しと、一目で高級品と分かる仕上がりだ。

 ケンラン紙、というやつだろうか。

 硬めの紙質と、スベスベの手触りが心地いい。ずっと触っていたくなる。


「ストックはいっぱいあるからね。宣伝も兼ねて、友人知人その他諸々に景気良くばら撒いてくれたまへ」

「悪いけど、俺に渡してもほとんど減らねぇと思うぞ」

「あっ……」


 いかにも (察し) が付きそうなリアクションをされると、流石に腹が立つ。


「だ、大丈夫だよ、竜司。君にはボクがいるじゃないか。うん」

「変な気ぃ回すんじゃねぇ。そもそも、俺は自分の意志で独りになれる環境を選んだわけでだなぁ」

「分かっているとも。孤独じゃなくて孤高。硬派で誇り高いロンリーウルフなんだよね。うんうん、それもまた生き方だ」

「……………………」


 これは、あれだな。

 自分で言うべき台詞を先回りされたせいで、これ以上は何を言ってもコミュ障の強がりみたいになるやつだ。

 ここは話を流すのが吉だろう。


「……で、その【SD倶楽部】? とやらは、具体的にどんなことすんだよ。興信所の真似事なら御免だぞ」

「そういう地に足ついたものじゃなくて、いわゆる物語的な探偵をイメージしてくれればいいよ。日常という鉱脈から、謎を掘り出し、解明して、トラブルがあれば解決へと導く。その結果、他人の助けになれば儲けもの、ってね」

「だから手始めに【パペ研】のトラブルに首を突っ込んだのか」

「営業活動と言って欲しいね。倶楽部と言っても、今はまだ非公認。正式な部に昇格するためには、実績作りが必要でしょ?」

「実績って、こんなのただの喧嘩の仲裁だろ」

「いや、そうでもないよ」


 俺の冷笑を、唯愛はバッサリ斬り捨てた。


「学園探偵としての経験と勘が、しきりに訴えてくるのさ。この事案からは、微かにミステリーの臭いが漂っている、ってね」

「ミステリーって、どんな?」


 しまった。

 意味深な言葉に、つい興味をそそられちまった。

 これじゃ、唯愛の思うつぼじゃねぇか。


「それをこれから調べるんだよ。我がワトソンくん」


 カカッとステッキの音を立てて、唯愛が足を止める。


 眼前の扉には【第三演劇部】のプレートがかかっていた。

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