加害者の言い分

「なに、あんたたち? 悪いけど部員の募集はしてないよ」


 ノックすること数回。

 億劫そうに現れたのは、ギャル風メイクの女子生徒だった。

 言われてみれば、確かに朝の昇降口で見た顔だ。

 いかにも歓迎していない、というより迷惑がってすらいる。

 その様子に、傍らに立つ唯愛の目がキラリと光った……気がした。


「いえ、見学とかではないんです。【パペ研】の部長さんに仲裁を頼まれまして。少しだけお話を聞かせていただけないかと」

「はぁ? なにそれ。……ってか、あんた今朝の」


 あっちも俺の顔に覚えがあったらしい。警戒が強まる。


「言っとくけど、うちは何もやましいことしてないから。そもそも、何の権限があって首突っ込もうっていうのよ」

「こちらの三善くんには、生徒会に親しい友人がいまして。その手伝いとして、ヒアリングの代理を頼まれたんですよ」


 やりやがったよ、こいつ。


「せ、生徒会から……?」

「先方からは【第三演劇部サンゲキ】の皆さんはヒアリングを了承していると聞かされているのですが、ご存じないですか?」


 よくもまぁ、そんな出まかせが次々と出てくるもんだ。


 アクの強い生徒たちを制御するためか、『サンコー』の生徒会は一般的なそれと比べて、かなり強めの権限を与えられている。

 全ての部活動を監督・統括機関でもあり、予算配分の決定権は言うに及ばず、個々の活動方針に干渉する力まである。

 警告に従わなかった場合は、取り潰しというカードを切ることも可能だ。


 要するに、部活動の生殺与奪を握っている。

 その名前の効力はやはり大きく、女子生徒は分かりやすくたじろいだ。


「……お茶は出ないからね」


 渋々、といった様子で扉が開かれ、室内に招かれる。

 そこは部室というよりは、物置に近い空間だった。


 目につくのは、ダンボールの山・山・山。

 それぞれ『背景用小道具』『カツラ/仮装・小物一式』『舞台効果用道具等』といった文字が書かれているから、おそらくは演劇で使う道具が収められているのだろうが、無計画に山積みされてるせいで、下の方は完全にひしゃげてしまっている。


 壁際の無骨な金属製ラックには、大型のアイテムが並んでいた。

 ステージライト。

 三脚スタンド。

 各種ケーブル類と舞台上でそれらを防護するプロテクター。

 箱足や平台といった舞台道具。

 ……あのぐちゃぐちゃに丸められてるのは、縄梯子か? 

 さらに下段にはパンチカーペットやペンキ缶、DiY用の工具類などが、ギュウギュウに詰められている。


 極めつけは、部屋の中央。

 そこには特大のキャンプテーブルが置かれていて、空間の大部分を占拠していた。


 間取りは【パペ研】の部室より広いはずなのだが、あちらとは比にならないくらいの圧迫感を感じる。


「ちょっと、あんま部屋のものに触んないでよ。万一壊れでもしたら、怒られるのはあたしらなんだからね」

「ということは、これらは【第三演劇部サンゲキ】の備品ではないんですか。えぇと……」

「五十嵐よ。ここは元々第一と第二の備品倉庫でね。うちは間借りさせてもらってんの。……てか、いつまで立ってんのよ」

 

 五十嵐と名乗った女子が、スマホをいじりながら尋ねる。


「座るにしても、椅子が見当たらねぇんですけど」

「ないわよ、そんなもん」


 そんなもんて、あんた。


「その辺の手頃な箱に腰かけて」


 よく見れば、部屋の奥でソファの様に鎮座しているのも、並べたダンボールに巨大な布を被せただけの代物だった。

 どうやら、部屋に無数にある資源(?)を有効活用しているらしい。


 ひとまず、できるだけしっかりしたダンボールを選んで、唯愛を座らせる。

 俺は……図体的に立ってる方が楽そうだな。


「他の部員の方々は、どこに?」


 ソファもどきの上に投げ出された、いくつかの学生カバンに目をやりながら、唯愛が尋ねる。


「購買だけど、何か関係あんの?」

「ないですね。では、早速始めましょうか」


 五十嵐の刺々しい声を、柳に風と受け流し、唯愛は愛用の手帳を開いた。


「聞けば、【第三演劇部サンゲキ】はここ数年、一度も公演をされていないそうですね」


 知らない情報だ。

 俺が嫌々付き合っていた校内散策の間に、こいつは想像以上に多くのデータをキャッチしていたらしい。


「ぶっちゃけ、うちら演劇とか全然興味ないんだよね。この部に籍置いてるのも、仲間内で使えるたまり場が欲しかっただけだし」


 清々しい開き直りだ。

 個人的に、その素直さは嫌いじゃない。


「ただ、いつまでも活動実績なしだと、次の予算委員会で廃部にされるぞって顧問に脅されてさ。仕方ないから、文化祭で適当に人形劇でもやるかって話になったのよ」

「それで、【パペ研】に合同プロジェクトを持ち掛けたと」

「自分たちで人形こさえるのもダルかったし、手作りならそんなにお金も掛かんないと思ったから」

「でも、そのパペットが原因で、揉め事が起きてしまった」

「確かに出来は良かったわね。でも試作品の段階で予算オーバーなんて、いくら何でも張り切り過ぎよ。それでうちとしても、話を進めるわけにいかなくなったわけ」


 ん? 

 今の発言、何か違和感が……。


「【パペ研】の佐山先輩からは、試作品の出来が悪いと言われたのが、プロジェクト打ち切りの理由だと窺っています」

「え? あぁ……そうだったっけ。ごめん、よく覚えてないわ。この件はあたしが主導してるわけじゃないし、打ち合わせにもただ同席してただけだったから」


 おいおい……いくらなんでも適当すぎんだろ。

 ヒアリング対象としてどうなんだ、この人。


 呆れる俺をよそに、唯愛は質問を続ける。


「その打ち合わせですけど、何回くらい行われたか覚えてますか」

「夏休み最後の週に、3回だったかな。一時間くらい、みっちりとね」


 一応、ここの証言は佐山さんと一致してるな。

 しかし『一時間くらい、みっちり』と、か。

 佐山さんはそれを『たったの』と表現していたあたりに、両陣営の意識の差が出てる気がする。


「なるほど、よく分かりました。それでは、最後に一つだけ」


 ロス市警の警部みたいな言い回しで、唯愛は尋ねる。


「どうして、わざわざ人形劇をチョイスしたんですか。活動実績が目的なら、普通に演劇をやった方が、手間も予算も掛からずに済みますよね?」

「それは……あれよ、楽だからよ。人形劇なんて、舞台の下から腕だけ出してワチャワチャさせてればいいんだから、練習もしなくていいって話になって……要は手抜きよ、手抜き」


 お前ら全員、然るべき団体に怒られろ。


「なら、何故クラブを巻き込む企画を打ったんですか。手抜きがしたいなら、パペットも既製品で充分だったはずでは?」


 質問攻勢は止まらない。


「……さっきから何なのよ、あんた」


 それに不機嫌になった五十嵐が、唯愛を睨んだ。


「重箱の隅をつつく様な質問ばっかして。そんなにうちのやり方にケチをつけたいわけ? 生徒会から頼まれただかなんだか知らないけど、所詮は部外者でしょ? 余計なことまで口出ししないでよ!」


 キャンプテーブルをバンッと叩く音が部屋に響く。


「おいおい、どうした」

「外まで聞こえてんぞー」


 部室の扉が開いたのは、そのタイミングだった。


 姿を現したのは、派手に着飾った男女。

 女が1人に、男が3人。おそらく、購買に行っていた残りの部員たちだ。


「あっ、お前、三善竜司……っ! 何しに来やがった」


 面倒なことに、今朝絡んできた奴もいやがる。


「【パペ研】とのことを聞きに来たのよ。生徒会に頼まれたんだって」

「生徒会? 聞いてねぇぞ」

「え、どういうこと?」


 困惑して互いの顔を見合わせる部員たち。

 ……これ、不味いんでねぇの?


「さて。お話は充分伺いましたので、ボクたちはそろそろ失礼します」


 俺が焦りを感じ始めた頃には、唯愛は帰り支度を終えていた。


「それではみなさん、ごきげんよう」


 スカートの裾を摘まみ、カーテシーを一つしてから、そそくさと部室を出ていく。


「は、はぁ……ごきげんよう?」


 その、芝居がかった優雅な所作に、思考の間隙を突かれる部員たち。

 彼らは狐に摘ままれたような顔で、唯愛の背中を見送……いや、ちょっと待て!


「おいコラ、置き去りにすんな!」


 あの野郎、ハッタリがバレそうになるや否や、俺を置いてさっさと逃げやがった!

 後に続き、慌てて部屋を出ようとするが、


「きゃっ」


 扉の外で化粧を直していた女子部員に、肩をぶつけてしまった。

 化粧ポーチが落ち、中身が床に散乱する。


「あ、すんません」


 さっさと立ち去りたいが、流石にこのままというわけにもいかない。

 俺の足元にも、平べったい小物が転がって来ている。

 何に使うものかは分からないが、黒を基調としたシックなデザインからは、一目で高級と分かるオーラが漂っていた。

 しゃがみこんで、足元のそれを拾おうと……、


「触んなっ!」


 ……したところで、鋭い一喝が飛んだ。

 思わずフリーズした俺を尻目に、女子部員は散らばった化粧道具を手早くかき集める。

 最後にキッと睨まれた直後、扉はピシャリと閉められた。


「…………」


 片膝をついたまま固まる俺。


\ピンポンパンポーン/


『8月25日から31日の間に本館を訪れた生徒で、心当たりのある者は、職員室・多目のところまで来なさい。繰り返します……』


 その空っぽになった頭に、今日何度目かの校内放送が響き渡った。

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