【CASE1:赤毛の人形は日の目を見ない】

被害者の言い分

「他の部員は出払ってるから、好きなところに座ってちょうだい。狭いけど」


 奇特なことに。 

 女子生徒は、怪しげな訪問者を部屋に招き入れた。


【パペット研究会(通称:パぺ研)】の部室でもある『家庭科準備室』は、謙遜とか抜きで確かに狭い。

 ウナギの寝床、というやつだろうか。幅がなくて、細長い造りだ。


 そこに加えて、授業で使うミシンが収められた棚や、作業用の長テーブルなども所狭しと置かれているものだから、異様に圧迫感を感じる。

 奥の窓は換気のために開け放たれており、手前に置かれた小型の扇風機が、生温い風を室内に運んでいた。


「おい、唯愛、椅子」


 唯愛を座らせようと、その辺に置かれていたスツールを差し出すが、返事がない。

 見れば、奴は窓の周辺を興味深そうに観察していた。


「なかなかのロケーションですね」


 その言葉を、額面どおりに受け取ってはいけない。

 窓の先には、中庭に植えられた大樹が立っていた。

 青々と茂った葉が、外の景色を完全に遮っている。


「桜だから、春はそこそこ映えるんだけどね。はい、どうぞ」


 苦笑した女子生徒が、緑茶の入った紙コップを人数分テーブルに並べてくれた。

 全員が席に着き、自己紹介を始める。


「改めまして【パペット研究会】会長の佐山です。よろしくね」


 女子生徒、佐山さんの会釈に釣られて、俺たちも頭を下げる。

 上履きの色からして二年生。つまり年上なのだが、とても礼儀正しい。


「えっと、今朝の件について、だったわよね」

「えぇ。トラブルの顛末を、できるだけ詳細に教えてください」


 手帳とペンを準備しながら、唯愛が言った。


「いいわよ。私もちょうど、誰かに愚痴を聞いて欲しかったところだから」


 佐山さんはお茶で喉を湿らせてから、ポツポツと語り出す。


「私たち【パぺ研】と彼ら【第三演劇部】……通称【サンゲキ】が揉めることになったのは、夏休みに進めていた、ある共同プロジェクトが原因なの」


 第三って……同じ系統の部活が最低でも三つはあんのかよ。流石マンモス校だ。


「プロジェクトというのは?」

「人形劇で使うパペットの製作よ。先方から『今年の文化祭で人形劇をすることになったから、協力して欲しい』って依頼があって」


 人形劇? あの連中が?

 今朝目の当たりにしたガラの悪さと、人形劇のイメージがどうにも嚙み合わない。


「ちなみに、それで作った試作品がこの子ね」


 あら、可愛い。

 佐山さんが取り出したのは、赤毛の女の子をかたどった人形だった。

 手を入れて動かすタイプの、簡単な造りのハンドパペット。

 顔はファンシーにデフォルメされているが、ちゃんと表情がある。なかなかどうして出来が良い。


「ここまで持ってくるのも、大変だったのよ? 向こうの考えたシナリオを元にデザインを詰めていく予定だったのに、全然本ができてなくて。適当に出されたまとまりのない案の中から、なんとか使えそうなイメージを抽出して、ようやく形にしたの」


 赤毛のパペットを動かしながら、佐山さんは言う。


「なのに、昨日いきなりプロジェクトの打ち切りを通達されちゃって……しかも、面と向かってじゃなくて、ラインで一方的によ。信じられる?」

「抗議はしたんですよね」

「もちろん。朝一で昇降口に待ち伏せして、直接文句を言ったわ」


 俺たちが今朝見たのは、その場面か。


「それで、相手側の言い分は?」

「『試作品の出来が思ってたのと違うから』の一点張りよ。試作品の製作費も踏み倒すつもりみたい」


 佐山さんがため息を吐く。


「嫌な言い方だけど、あっちにはプロジェクトを進める気は、最初からなかったんじゃないかしら」

「と言いますと?」

「打ち合わせは、毎回【第三演劇部サンゲキ】の部室にお邪魔する形だったんだけど、私たちが行くと男子部員は決まって煙たそうに部屋を出ていくの。部内の意思統一ができてないのは、明らかだったわ」

「その打ち合わせっていうのは、どの程度?」

「夏休みの最終週に話が来て、そこから三日連続ね。それも一時間ダラダラと話をするだけで、ハッキリ言って実りのある内容じゃなかったわ。だから、話を先進めるためにまず試作品を作ることになったの」


 それじゃ順序が逆じゃねぇか。


「プロジェクトを担当していた部員にも、明確なビジョンはなかったと」

「えぇ。多分、彼らは活動実績を作って部を維持することだけが目的で、私たちはそれに体よく使われただけなんだと思う」


 そこまで言うと、佐山さんは赤毛のパペットを棚に戻した。

 その優しい手つきからも、彼女が創作物に対して深い愛情を持っていることが窺える。


「【パぺ研】としては、今後どういう対応を取るおつもりですか」

「まずは生徒会に相談して、それでも駄目なら学校側に正式に訴えるつもり。うちみたいな弱小クラブには、予算はほとんど回って来ないから、想定外の出費があると文化祭で展示する作品も作れなくなっちゃうの。だから、何とか試作品の製作費を回収しないと」

「でもよ、センパイ。事を大きくしちまったら、向こうも黙ってないだろ」

「そこなのよね」


 佐山さんがため息を吐く。


「私はとことんやるつもりでいるけど、他の部員は一年生だから怖がっちゃって……。最悪、この件が原因で部に来づらくなっちゃうかも……」


 今朝の一幕を見た感じだと、佐山さんはまだこらえてたものの、後ろの部員2人は明らかに委縮していた。

 いざ事を構えることになったら【パぺ研】は泣き寝入りすることになるかもしれない。


「確認なんですけど」


 唯愛が尋ねる。


「先輩としては、試作品の製作費さえ返ってくればいいんですよね?」

「えぇ、まぁ」

「でしたらこの問題、一旦預けてもらえませんか? 第三者のボクたちなら、事を荒立てることなく、穏便に問題を解決できるかもしれません」


 ボク『たち』っつったか、こいつ。


「そうしてもらえると助かるけど、貴女一体……?」


 佐山さんの問いに、唯愛は待ってましたとばかりに立ち上がった。

 小さな身体で「ふふん」と精一杯胸を張り、扇風機の風になびく髪をファサッと払う。

 芝居がかった所作なのだが、それが妙に堂に入っている。

 ありもしない舞台と、降り注ぐスポットライトを幻視してしまうほどに。

 それだけの華が、こいつにはあった。


「申し遅れました。ボクたち、こういう者です」


 そう言うと、唯愛はマジシャンの様に洗練された手つきで、懐から名刺を取り出した。


「【SD倶楽部】部長、姫崎唯愛さん。……あの、って?」

「『スクール・ディテクティブ』」


天に向かってビシッと指を立て、自信満々に答える。


「すなわち、【学園探偵】です!」


「…………」


 困り顔の佐山さんがこっちを向く。


 そんな説明を求める様な目で見ないで欲しい。


 俺だって、初耳なんだから。

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