第3話 夏休み、七月。妹の白いワンピース

 しばらくのゲーセンでの音ゲーについてのトークの後、場所を移したハンバーガーショップの向かいの席で、彼女は摘まんだポテトを口に咥えている。

 ピンク色の唇の隙間から、ポテトを噛み切る白い歯が覗く。揚げたジャガイモの匂いがふんわりとしてくる。

 つい見惚れていて、彼女の話をちゃんと聞いていなかったけど、今年受験だという事は聞き取れていた。


「受験生なんだ。大変……ですね」


 つい途中から敬語で話してしまう。受験生という事はやっぱり年上だった。なんだか急に緊張してしまう。

 俺の言った言葉に、彼女は艶やかなロングヘアーを揺らして微かに顔を傾けた。


「まあ、大変……かな。だからね、時々こうやって気晴らししてて、さっきのゲーセンは初めて行ったんだ。2Pプレーも初めてだったけど、楽しかった」


 黒髪の彼女は目を輝かせて話してくる。ハキハキと明瞭で頭の良さを感じてしまうけど、どことなく舌っ足らずな響きがある。大人びた見た目と声のアンバランスが可愛らしい。それに不思議と、妹みたいに話しやすいんだよな。


「実は俺も初めてなんです。すごいよかったっていうか、正直しびれちゃいました」

「そうだったんだ。それはそうと、そんな敬語で話さないで欲しいな」


 口角を上げて彼女は微笑んで、コーラのカップを手に持ってストローを咥えてチュッと吸う。仕草が可愛らしくてつい見惚れてしまう、年上の女性なのに。


「あ、ごめん。いやさ、実は今日は家でごろごろしてたんだけど、妹の言う事を聞いて出てきてよかったよ」

「えー妹がいるんだ。かわいい?」

「うん。ちょっと生意気だけど、それがまた妹って感じがするし、やっぱりかわいいかな」


 目の前の女の子はストローを咥えて、今度はジュジュっと長く吸いこむ。

 空になったコーラのカップをトレイに置くと、彼女はピンクのカバーのスマホを手に取って、口元にニヤッとした笑みを浮かべて俺の顔を見てくる。


「ねえ、せっかくだしライン交換しようよ」

「え、あ、うん。もちろん。喜んで!」


 彼女のかざしたスマホから画面のQRコードを読み取る。家族以外の女性がいなかった俺のフレンドリストに、『絵里』という名前と犬のアイコンが登録された。



 ・ ・ ・ ・ ・



 ゲーセンから帰って玄関の扉を開けると、家の中がぷーんと甘い匂いに包まれていた。


「おにーちゃん、お帰り。遅かったね、クッキー食べる?」


 さっきとうって変わって妹はにこやかな表情だ。ダイニングテーブルには皿の上にクッキングペーパーが敷かれ、手作りらしい焼きたてのクッキーが並んで冷まされている。


「どうしたんだ朋美、なんかあったのか?」

「いや、別に。なんでも」


 そう答えながらも、妹はご機嫌に見える。おにいちゃんはピンときた。


「分かった、男だろ。ダメだ! 中学生にはまだ早い!」

「おにーちゃん、妹が頑張ってるんだから、応援してくれてもよくない?」


 口を尖らせた妹はそう言って、目を細めて睨んでくる。

 俺はクッキーに伸ばした手を一瞬引っ込めてから、やっぱり摘んで口に入れる。さっくりとした歯ごたえ、バターの風味とほんのり甘味。うちの妹、やっぱり料理うまいな。


「まあ、そう言われるとだけどさぁ……相手は年上じゃないだろうな。ロリコン男は駄目だぞ。おにいちゃん、それだけは許さないから」

「はいはい、シスコンのおにーちゃん。大丈夫だって、同級生だから。それじゃさぁ、ちょっと相談に乗ってよ」

「相談ってなんだよ?」


 一応言っておくと、俺としては妹は愛でるものだと思っているので、基本的には妹の好きにさせてやりたいのだ。ロリコン男だけは許さないけど。


「実はね、おにいちゃん、クラスでいいなって思ってる男の子がいるんだけど、図書館の勉強会に誘ってみたらさっきOKされちゃって。手作りクッキーを持って行こうと思って試しに焼いてみたの」

「いやそれ、甘酸っぱすぎだろ! その青春、俺も味わいたかった」

「別におにいちゃんも高校生なんだから今からでもいいじゃない。でね、相談なんだけど、その勉強会にどんな服着て行くのがいいかなって」


 そう言いながら赤む妹の顔に、俺の心にチクチクとした嫉妬心が沸いてくる。NTR感すら感じてしまい身体の芯がむずがゆくなってきた。この感覚、癖になりそう。


「ところでその勉強会って、何人でやるの?」

「私と、親友のえっちゃんと、その男の子の三人」

「まじで? ハーレムじゃんそれ」


 そいつ前世にどんな徳を積んだんだ。許せない気がしてきたぞ。


「だーかーらー、おにいちゃん、ただの勉強会だって。場所も図書館だし。でね、問題は、私の親友の方もその男の子が好きっぽいんだよね」

「なにその泥沼展開! 大丈夫? その友情」


 朋美は頭を傾けて口をつぐんで一瞬悩んだ顔。ツインテの黒髪が肩をさらさらと流れる。そしてニコッと微笑んだ。


「親友といえども、そこは勝負の世界だからしょうがないよ」

「分かった、服装はおにいちゃんに任せろ! ところでその親友はどんな子だ?」

「んー、大人っぽい美人な子で、背も高いし胸も大きいし、私と全然違う感じかな」


 世の中うらやましい奴もいるものだ。ロリっ子美少女と巨乳美人から二択とか、ますます許せん。どういうことだよまったく。


「ちなみに、その男の趣味は? 好きなアニメキャラとかは」

「んー、どうなんだろう。そういう話しはしたことない。普通なんじゃないかな」

「普通かぁ……」


 というか世間の普通に考えて、中学生の男子なんておっぱいの大きい女を選ぶに決まっている。この時点でうちの妹の勝ち目はないだろう。

 となると俺としては一安心なんだけど、ここはダメ押ししておくか。俺の心の中にどす黒いものが沸々と沸き上がってくる。


 ツインテールの髪、ノースリーブにホットパンツの姿、微妙な表情で身体を捻る妹を、上から下までミリ単位でじっくりと眺めてみる。

 膨らみの少ない胸、太ももという名にしては細い大腿部、膝の後ろのひかがみから、美味しそうなふくらはぎへと目で追って、踝から素足の爪の先までじっと見てから考察に入る。

 俺としては満点なんだけど、正直なところ自分が普通じゃないことは十分理解している。つまり、俺の好みに寄せてしまえば普通ではないことになるよな。よし!


「やっぱりそこは、朋美の魅力を最大限に引き出す服を着るべきだろ」

「おにいちゃん、さっきから視線がキモいんだけど」

「いやちょっと待て、いま考えてるから」


 いまみたいな露出の多い服は、俺としてはいいけど他人が見る外出着としてはNGだ。本当は制服が一番可愛いと思うんだけど、せっかくの夏休みだしそれはないだろう。

 となると取りうる選択肢は二つ、つまり、ゴスロリか、白いワンピースかだ。俺としてはどちらも捨てがたい。


「朋美、ゴスロリ衣装持ってる?」

「持ってないけど」

「じゃあ、白いワンピースに決定。あと麦わら帽子」

「なんかそれって、おにいちゃんの趣味っぽくない?」


 そう言いながらも、朋美は足取り軽く階段を上り、自分の部屋へと入って行った。

 俺はテーブルの上のクッキーをもう一個摘んで口に入れる。

 うん、やっぱり美味しい。



――――――


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