第2話 夏休み、七月。音ゲーコーナーの女の子
時は少々遡り、夏休みの始まったばかりの七月の日、街の小さなゲームセンターの照度の落とされた一角で、彼女はモニターの光に照らされて輝いていた。
俺もよくやる音楽ゲーム機のスピーカーから大きく流れる電子音。画面の奥から次々と流れてくる音楽の素を、しなやかに動く指が軽やかに迎え撃ちリズムを刻む。液晶の灯りと筐体のLEDが彼女の白い顔をデジタルな色に照らし染めている。
スキニーなジーンズと身体にピッチリとした白いTシャツは大人っぽい雰囲気を感じさせ、その背中を流れる黒い髪がリズムを取る身体に合わせて揺れる。画面には「PERFECT」の文字。それは表示される前から分かっていた。
なにせ彼女の動きは神がかっていて、その指さばきはまさに
最高難易度の曲がサビの部分に差し掛かり、画面が迫りくる図形に埋め尽くされる中、彼女はその動きを加速していく。長い髪が宙を舞い、顔の表情は微笑んでいるようにも見える。液晶に照らされたTシャツを押し上げている胸はまるで弾んでいるように動いていて、脇で見ていた俺はその光景に目を奪われ眩暈がしてきていた。
やがて、彼女の指が最後の音符を打ち砕いたとき、画面の表示は俺が先日出した最高得点を超えていた。最後の一音と共に店内に光がパァーっと広がった気がする。俺は思わず拍手しながら声を出してしまう。
「すごい!」
その顔に恍惚を浮かべながら、ランキングにE・Iとイニシャルを入力したところで、彼女はふと振り向いてきた。
黒い髪、整った顔に理知的な瞳。白い肌は赤く上気していて、大きな胸は変わらずTシャツの下からその存在を主張している。背は俺ほどではないけれど妹よりはずっと高い。
その顔は大人びたような、それでいて少女のような雰囲気を漂わせていて、歳の頃の判別を迷わせてくる。身長と胸を見て、おそらくは自分と同い年ぐらい、あるいは年上かも、と想像する。
彼女の表情は、拍手をしていた俺を見て戸惑いへと変わっていく。
「あ、ごめん、邪魔するつもりはなくて。あまりに上手だったんで……」
そんな謝るほどでもないんだけど、つい気後れしてしまう。年上かもしれない女性と話すのは苦手なのだ。年下の女の子ならそれほど緊張しないんだけど。
知らない女性に話し掛けるという慣れない状況にクラクラしてしまいながら、言い訳のように、俺は二位以下がS・Kという文字で埋まったランキングを指さした。
「……その、S・Kって俺なんです。抜かれたことなかったのに、すごいですね」
その時彼女は、ふと何かに気が付いたような顔をした。瞳がキラリと輝いた気がする。
俺の指す画面をちらっと見る上気した顔の口元に、笑みが浮かんでくる。
そんな彼女の表情を見た俺の口はなぜか、気まぐれな魔法にかかったかのように、今まで言ったことなどない言葉を発してしまう。
「よかったら、今の曲で2Pプレイしませんか」
――――――――
元々俺は、街で女の子に声を掛けるなんてしたことはなかった。今回は本当に気まぐれみたいなものなんだけど、実はその日、妹に怒られたのが引き金になっていたりする。
朋美はその日、夏期講習がないらしく、ダイニングテーブルで気怠げに参考書を広げていた。どうも気分が乗らないみたいで、スマホの画面を見ては何度も席を立ち、ツインテの髪をなびかせて家の中をうろついてくる。
デニムのホットパンツに袖ぐりの開いたノースリーブの薄ピンクのシャツ、スラリと華奢な生足、ちらちら見えている脇の下の肌と白い横ブラ。
夏休みにしても無防備な格好は、妹萌えの俺としては眼福の極みだ。
リビングのソファーに転がった俺が、そんな様子の朋美を眺めて堪能していると、妹は突然目の前に立ち止まって睨みつけてきた。
「そこ、おにいちゃんキモいよ。このロリコンでシスコン」
妹は腰に両手を当ててリビングにすっくりと立ち、若干冷たい目で見下ろしてくる。これはこれで正直グッときてしまう。
「ごめん、朋美、本当にごめん」
とりあえず謝ってみる。
「おにいちゃん、何を謝ってるか言ってみてよ」
「えーとなんだろう、パリパリチョコアイス一個多く食べたから?」
妹が眉をしかめる。どうやら正解ではなかったようだ。
でも、この表情もかわいいかも。
「だからさー、おにいちゃんも夏休みなんだから、たまには街に出て同年代の女の子とでも出会いを求めてきたら?」
「いや、俺には妹がいればいいから。それよりお前、今日はカリカリしてるな。生理か?」
「だ・か・ら、キモいんだって! しばらく出ていけー!」
という感じで、何も悪いことをしてないのに夏休み中の家を追い出され、ふらりとやってきた馴染みのゲーセンで、俺は彼女と出会ったのだ。
――――――――
彼女と二人で刻む最高難易度の曲はサビの部分に差し掛かり、画面は流れてくる図形に埋め尽くされている。
俺の指は考えることなく動いている。視界の隅で黒髪の彼女の動きを捉える。二人の奏でる
そして怒涛のリズムを指で刻みながらも、横目で見る彼女の姿から目が離せない。
その口元が微笑んでいる。軽く揺れる華奢な身体と長い髪は思春期の少女を感じさせてきて、年上かもしれない相手に、なぜか熱い想いがこみ上げてきそう。
そして、最後の一音を二人の指が同時に叩いた瞬間、輝く瞳と目が合った。
俺はその時、恋に落ちたのかもしれない。妹でもない、年上かもしれない女性に。
――――――
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