バ美肉転生天才銀髪美少女ハルシネーション
「おはようございます、室長。室長の事でしょうから既にお気づきかもしれませんが、自分はコードA23。水無月深海です」
「はァァァいィィィ!!! おはよォォォうござァァァいますゥゥゥ!!! 自分の身体がァァァ!!! 別物になっているというのにィィィ!!! 相変わらずのォォォ!!! 無愛想っぷりィィィですねェェェ!!! キミィィィ!!!」
「室長も相変わらずうるさくて何よりです」
「失礼なヤァァァツァァァですねェェェキミィィィ!!!」
うるさい。
比喩しように無いぐらいうるさい上司の声は教室の黒板に爪を立てた時のような不快極まりない音を彷彿とさせるが、そんな上司の声を聞く俺の耳はそれにすっかりと慣れてしまっているので、本当に救いようが無い。
【……う、うるさっ……⁉ 博士、いつもよりもうるさい……⁉】
「おやァァァ!!! うるさかったですかァァァ!!! マキナくゥゥゥンンン!!! それはァァァ!!! 誠にィィィ!!! ごめんなさいねェェェ!!! 何分ンンン!!! ワタシィィィ!!! 声がァァァ!!! なんか大きくてェェェ!!! 誠にィィィ!!! ごめんなさいねェェェ!!!」
「じっくりお身体を休められたようで何よりですよ、室長。できればいつもの3日徹夜している所為で死にかけている静かな状態でいて欲しいのですが。室長が元気すぎるとこちらが疲れるんですよね」
「なるほどォォォ……? でしたらァァァ……善処しますねェェェ……?」
【あ。いつも通りの博士のねっとりとした気持ち悪い声だ】
「おやァァァ……? それは心底意外ですねェェェ……? こう見えてもメディア受け良いんですよねワタシィィィ……? 茶髪巨乳車椅子美人お姉さん系バ美肉博士なんて男受けが良くてですねェェェ……? これでもお昼のニュース番組で電脳犯罪事件を解説したりしていますよォォォ……?」
【……ばびにく……? 何ですかそれ?】
「バーチャル美少女受肉ですよォォォ……? 電脳世界内で美少女のアバター、あるいは美少女のテクスチャを貼り付けて電脳空間内で美少女として活動する事を意味しますゥゥゥ……受肉はAIにはピンと来ないかもしれませんが、敢えて意味を出すのであれば人間のあるべき姿の完成形の顕現とでも言うべきですかねェェェ……? なァァァにが嬉しくて男の身体のままでいないといけないんですゥゥゥ……?」
【……え。博士って……女の人、じゃないんですか……?】
「こう見えても60代後輩のどこにでもいるような一般老人男性ですよォォォ……? とはいえ公式的には20歳の天才大学巨乳眼鏡教授キャラで通していますので合わせてくださいねェェェ……?」
因みにこの人、
普段は電脳庁の電脳犯罪捜査部の部長を務めるA級エグゼキューター。
あるいは都内の国立大学で教鞭を振るっていたりする教授。
更なる
【な、何で……? どうしてわざわざ女性の身体を……?】
「敢えて言うなればァァァ……趣味ィィィ……ですかねェェェ……? それ以外に理由いりますゥゥゥ……?」
銀髪美少女の気持ち良い声が脳内から響き回り、上司の気持ち悪い声が病室内を響き回る。
もうすっかり自分はこれが当たり前の事だと認識してしまっているが、普通の人間の視点から考えてみれば中々に奇天烈な現象である。
目を覚めせば自分が助けた銀髪美少女の身体を操っていて、元の持ち主であろう銀髪美少女が自身の頭の中にいる――もっとも、彼女の姿は一切なく、何かがいるという気配を感じ取るぐらいしか出来ない訳だが――というこの状況は、今の今までに経験した事がない。
「ところで室長。室長はこの銀髪美少女AIの音声と普通に会話していますが……この声は俺だけではなく室長やそれ以外の人にも聞こえていると判断しても宜しいでしょうか?」
「恐らくキミとワタシだけ……いえ、必要最低限の実力を有しているA級と同類だけでしょうかねェェェ……? というのも彼女の存在は言ってしまえばバグそのものですからねェェェ……バグ技を扱えない一般市民やB級以下のエグゼキューターには聞こえないかとォォォ……」
「バグ? 彼女はAIでは?」
「国家に正式に認められていないという観点では彼女はまだバグですしィィィ……そもそもこういうケースを引き起こしている時点でバグの塊ですゥゥゥ……しかし、そうでしたァァァ……まだ水無月A級の兄の方にはあのプロジェクトは共有していませんでしたねェェェ……? 良い機会ですし説明でもしますかねェェェ……? どうしてキミとマキナくんが同調したのかも説明できますしィィィ……?」
【え、博士? あの話をこの人にもしちゃっていいんですか? 色んな人から怒られません?】
「別にするなとはお上から言われてませんしィィィ……そもそもォォォ……そのマキナくんに水無月A級の兄が事故って入っている訳ですしィィィ……これは巻き込まないと損ですよ損ンンン……!」
【いや、その、それは流石に可哀想すぎでは……?】
「過労死してバ美肉転生した水無月A級の兄が悪いだけですよォォォ……!」
ふむ、どうにも察するにこれから面倒事が起こるらしい。
ならば、まだ無関係の自分はさっさと退散して――。
「おっとォォォ……? 逃げれるとは思わないでくださいねェェェ……? 事故でバ美肉転生した貴方の為にィィィ……A級エグゼキューターとして培ってきた経験を活かせる新しい職場を紹介したいだけですからァァァ……!」
上司の黒縁眼鏡が怪しく光ったのと同時に、何だかとても嫌な気配を長年の経験で察知し、思わず悪寒が身体を包み込む。
この嫌な予感を例えるのなら、そう、ようやく面倒事が終わったと油断したその瞬間に上司から残業を言い渡されるような。
「実はですねェェェ……人型AIの使用を検討する法案が数年後に通りそうになりましてェェェ……」
「初耳なのですが。というか色々と問題がありまくるから普通に無理ですよねソレ。特に労働者の反感を買いまくるのでは?」
「そもそも机上の空論ですしィィィ……? それに昨今の人類が人型AIを正しく扱える精神を獲得しているに違いないとワタシは信じてますしィィィ……?」
「本音は」
「ワタシが開発した最新モデルの人型AIのテスト運用がしたいだけですよォォォ……!」
でしょうねこのマッドサイエンティスト野郎、という言葉を思わず零す。
先ほどから俺の脳内にいる銀髪美少女。素晴らしい銀髪を有するマキナ・シムティエールは目の前にいるバ美肉老人によって作られたAIらしい。
それ自体はまぁ、別におかしくない。
俺の上司であるあの人ならそれぐらいは普通に出来るし、そもそも、人間を電脳情報化する技術の確立者だ。寧ろAIの電脳体を作る方が簡単だろう。
しかし、ここで問題にするべきは電脳体を持つことさえも許されていないAIの活動を認めること――元はと言えば、人間側が勝手に禁止にしているだけなのだが――に他ならない。
先ほど彼女に人型AIの活動がことごとく禁止されている理由を話したのが記憶に新しいのだが、とかく色々と人間と人型AIの間に問題が起こり過ぎて、最終的には人型AIの使用が禁止されたのが記憶に新しい。
結果から言ってしまえば、人間はAIを扱うには速すぎた……ただそれだけの話でしかないのだが。
「真面目な話をするとですねェェェ……? 最近の電脳犯罪者たちのレベルが上がり過ぎだとは思いませんかァァァ……?」
「それはそうかもしれませんね。現にA級である俺がいなければ新宿は壊滅したでしょうし」
「その通りィィィ……余りにもB級以下のエグゼキューターの実力が低すぎるんですよォォォ……!」
それは……仕方ないとしか言いようがないのではないのだろうか。
というのも、電脳情報体を駆使し超人的な力を行使するエグゼキューターと言えども、その実力にはもちろん個人差がある。
強いエグゼキューターはとことん強いのに対して、弱いエグゼキューターはとことん弱い。付け加えるのであれば人を鍛えて育てるよりも、悪性ウイルスプログラムの成長スピードの方が何百倍も早い。というかそれが普通だ。
いや、そもそもの話としてエグゼキューターという職業自体がA級エグゼキューターに酷く依存してしまっている。
最近発覚した問題ではあるのだが『A級になれなかった所為で挫折し、エグゼキューターである事を辞する』というケースも多数確認されている。
その為、処刑者だなんていう大層な名前を冠しているエグゼキューターという職業は20年足らずで緩やかに衰退の一途を辿っているのが問題となっている。
「まァァァ……これに関しては我々上層部の基盤不足が問題ですゥゥゥ……エグゼキューターという職種が余りにも実力主義かつ才能主義であり、余りにも新しい職種だった所為でもある訳ですがァァァ……」
「おかげ様でどこかのA級エグゼキューターが過労死しましたからね」
「非常に申し訳ないですがァァァ……労基には報告しないでくださいねェェェ……?」
「しませんよ。そんな事をしたら俺が不審死するでしょうし」
とまぁ、非常に深刻で世知辛い俺たちの職業事情なのであった。
金があっても使う時間が無いし、こうしてA級になってしまうとA級になりたがる人間を哀れな目で見てしまうのも俺たちA級の特徴でもある。
「つまり、そう言う事ですか。人型AIをエグゼキューターに、それもA級エクゼキューター相当レベルに仕立て上げる。言うなれば平和を維持する為の兵器にすると」
「言い方に棘がありますねェェェ……? しかしィィィ……! 我々技術者が無意味に20年を費やしてきた訳もなくゥゥゥ……! 20年もの間、数多くの人間を我々は電脳化させてきましたァァァ……! 人間の電脳化ァァァ……! それは間接的に人間が有する感情を電脳化させる事を意味しィィィ……ついぞ我々は膨大な量の感情データのサンプルを獲得したのですよォォォ……!」
【はい。博士の言う通りです。それらのデータを基に博士は第2世代のAIの開発に成功……より人間らしく、人間にただただ支配されず、人間のパートナーとしてもっとも最適で、更に人間に寄り添えるように。そう設計された最も新しい人工知能プログラム。それが私、マキナ・シムティエールです】
まるで他人事のようにそれを聞いてしまう。
というのも、余りにもスケールがデカすぎて、自分の頭が理解するのを拒むというか……尚更、自分のような只々電脳犯罪者たちを斬って捨てた俺には関係の無い事ではないのかと思わざるを得ない。
もちろん、そういう理由もあるのだけれども……1番の理由は、やはり彼女の名前が俺の知人と同じ名前で、容姿が酷く似ているからだろうか。
「今回マキナくんがキミと同調したのは余りにも人間の生体情報と酷似しすぎていたおかげェェェ……つまり成功率100%の臓器移植しただけに他ありませんよォォォ……! 電脳情報ですからねェェェ……リアルタイムで怪我人の情報と一致させて、緊急保存するなんてお茶の子さいさいですよォォォ……!」
「緊急、保存?」
【はい。あの時、私をウイルスから助けた所為で死んでしまいそうになった貴方を助けるべく、私の独断で貴方の電脳情報を私の体内に移したんです。保存情報は完璧を維持していますので、後はバックアップ用の貴方の新しい電脳体を用意さえ出来ればいつも通りの生活に戻れるかと!】
自身のスペックを説明している為か、意気揚々とした声を発してみせる彼女に対して思わず微笑ましい気持ちが生じそうになる。
自分がいつもお世話になっているあの蕎麦屋のAIとはとても大違いだ……まぁ、あれはあれで味があって好きなのだが。
「……つまり、パソコンで言うところのコピー&ペースト……いや、感覚的に言うのであればUSBメモリによる情報の避難というべきか……それは、凄いな……しかし、緊急時とはいえどうしてそんな事を? いくら最新技術をふんだんに使った新型AIと言えども用意されたスペック……メモリ以上の情報を保存するのは難しい筈だ。特に人間の生態情報なんてどれだけ圧縮してもバカデカいサイズになって当然じゃないのか?」
【それは……はい、そうかもですね。人間の感情データだけでも余りにも膨大すぎるのに、それに加えて人間1人分のデータを綺麗に保存するというのは流石に厳しいです】
だけど、と彼女は一呼吸を置いて。
【私、AIですから! パートナーである人間の為ならこれぐらいして普通ですよ!】
思わず、絶句してしまいそうになる。
……これが、普通?
生身の人間で例えるのならば、自分の肉体の中に他人の臓器を複数個入れるような真似を……普通と言ってしまえば、一体どれだけの人間が異常者になってしまうだろうか。
確かに電脳体だから話も訳も違ってくるだろうが……これを普通と言ってしまえるのは、聖人だとかそう言う類の人間だけではないのか。
これは流石に、危険が過ぎないか?
これだけの善性なら、容易に人に騙されないか?
「――マキナ、俺を助けてくれてありがとう。本当に助かった」
【えへへ……! どういたしまして! 今後は私の髪の毛舐めないでくださいね!】
「ごめん、それは無理だ」
【なんでぇ⁉】
表情豊かであろう彼女の顔と、そんな彼女の顔を更に美しく彩る銀髪が見られない事がとても残念だ。
そう思ってしまうぐらいには、俺は彼女の事が気に入っていた――いや、より正確に言うのであれば、気にかけていたと言うべきだろうか。
「実に微笑ましい異種族交友ですが本題に戻りますねェェェ……彼女、マキナ・シムティエールを含めた新型AIたちにA級レベルの実力を学習させようと考えておりますゥゥゥ……」
「なるほど。であれば銀髪美少女の素晴らしさをインストールしないとですね」
「しかしィィィ……! 先ほどキミが実体験したように新型AIは人間の感情が余りにもクソザコですゥゥゥ……! こんなのでは簡単に電脳犯罪者に騙されますゥゥゥ……!」
【え⁉ わ、私、また人間らしくなかったですか⁉】
「違いますよォォォ……善良が過ぎるんですよォォォ……! 何はともあれェェェ……! このままでは不味いですゥゥゥ……! ですのでェェェ……! 彼女たちにはとある実験場でテストをして貰うのですよォォォ……! すなわちィィィ!!! 学校ですゥゥゥ!!! 楽しい楽しい高校生生活ですねェェェ!!! おやァァァ!!! どこぞのA級が新型AIの中にいますねェェェ!!! 凄く好都合ォォォ!!! 水無月A級の兄ィィィ!!! キミは来月から教職員になるんですよォォォ!!!」
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