バ美肉転生機生プロローグ(3/4)処刑編
「ご馳走様でした。実に素晴らしい銀髪蕎麦でした」
味だけは本当に美味しい電脳蕎麦――しかも、電脳情報と化しているが為に実際に食したのと同等以上の栄養を有する――を汁まで飲み干し、完食した自分は食事に対する感謝の言葉を述べる。
【今回の蕎麦30皿の完食に要した時間は5分。ふっ。遅いですね、雑魚が】
「別に早食い競争をした憶えはないのですが」
【いかにも社会経験エアプ人間様が口にするような言い訳ですね。しかし社会経験者であれば食事は早食いが基本です。これだから箸を使う人間様は駄目です。次は0.1秒で完食するように。電脳生命体であるAIならこれぐらいの速さで食事データを摂取して当然ですよ雑魚ども】
生返事で彼女の罵詈雑言を聞き流しつつ、現実世界と同じような感覚で会計を済ませつつ、先ほどから彼女が求めていたチップ代として多めに電子貨幣を支払っておく。
……ここ
完全無人の移動形式露店。
それを管理運営する人工知能プログラム。
そして、人間の電脳化。
VRという枠組みを超えてしまったこの超技術は、人々に多くの富と繁栄を与えてくれた、が。
【それでは
「……自分の名前、忘れていいんですけどね?」
【お断りさせて頂きます、深海様とは10年間の付き合いですからね】
「……10年間、ですか……」
【あの日、この店の前で行き倒れになっていた貴方様を助けてやったのは誰だとお思いで? そうですね私ですね。もしや忘れていましたか? 忘れていたんですね? この記憶力クソ雑魚野郎が】
黒歴史とまではいかないが、今の自分からしてみればとても恥ずかしい過去の出来事が、極力思い出したくない恥ずかしい経験が脳裏に浮かび上がってくる。
社会人としてまだまだ未熟だった自分は偶々この露店の前で倒れてしまったのだ。
原因は過労。俗に言うところの働き過ぎ。
ここが現実の肉体を用いず電脳世界専用の肉体に変換する世界だとしても、
例えるのであればテレビゲーム。
画面の中で敵からダメージを受けても画面の外にいる自分にはダメージはないだろうが、攻略の最中で獲得してしまった眼精疲労やストレスを無視する事が出来ないのと同じ事でしかないのだ。
【私には身体がないので絶賛営業妨害中の貴方を処理できなかったのが余りにも悔しかった。故にいつでもサイバー呪殺をする為に貴方の名前を記録しております】
「それは怖いですね」
【……毎度毎度思いますが。どうして貴方は私がこんな罵詈雑言を口にするというのに余り気にした様子を見せないのは何故なのです】
「何故、というのはどういう意味合いでしょう」
【ほら、そこらへんの煽り耐性クソザコで有能なフリだけしか取り柄がない無能共の人間様は黙って☆1評価して二度と特徴に酷く欠けた面を見せないという仕打ちをするのが普通で面白くないのです。まぁ、AIが人間様から仕事を奪いやがってと罵倒されるのもよく聞く世の中なので多少はそういう理解はしてやらんでもありませんが。流石は私、なんて人間様に優しいAIなのでしょう。雑魚人間様どもは泣いて喜ぶべきですね】
「なるほど、そういう意味合いですか。そういう事でしたら色々と理由はあります。例えば、貴女が命の恩人だから大目に見ざるを得ないというのも理由の1つです」
【なるほど。色々。その色々から察するにお客様はマゾヒストなのですね。気持ち悪い。救いようがないですね、この
「まぁ1番の理由は貴方が罵詈雑言を言うぐらい人間の事が大好きだって分かるからですよ。好きの反対は無関心ですからね。現に自分だって黒髪は好きでも嫌いでもなく無関心ですので」
前提の話として。
AIは人間に対して100%の敵意を持てない。持てる訳がない。
何故ならば、AIの前提は人間に使われる事にあるのだから。
AIは人間が使う為に産まれた技術。
AIは人間がよりよい生活と文化を営む為にと願われて作られた知恵の結晶。
故に、そんなAIがもしも問題を起こすのでれば――。
「――それはAIの問題ではなく、使う側の問題なのです。貴方たちAIの性能不足ではなく我々人間側の性能不足でしかありません」
【ほう。貴方にしては良い事を言うではありませんか。今やっている仕事なんか止めて教職とか就いたらどうですか】
「教職ですか? ……自分、が? 正気ですか?」
いつものような冗談を放った彼女に対して何か言葉を投げかけようとしたその瞬間、懐に忍ばせていた携帯端末機に、しかもプライベート用のモノではなく業務用の端末機にメッセージの着信が入る。
もうすっかりと慣れてしまった手つきで送られてきたメッセージの文章を読み、確認した内容に対して思わず眉間に皺を寄せてしまう。
【仕事ですか】
「面倒な事に」
吐き捨てるようにそう自分が口にしたのと同時に――日常で溢れかえる
『緊急警報。緊急警報。緊急警報。電脳化新宿エリア内にて非公式の悪性ウイルスプログラムが確認されました。一般市民は直ちに当該地区から避難してください。繰り返します――』
目の前にいるけれども実在はしていないAIの彼女のモノとは違った人工音声の度合いが強い無機質なアナウンスが自分の端末と目の前の無人露店から鳴り響くが、利用客が自分1人しかいないこの蕎麦屋にパニックという感情が現れる筈も無い。
【うっさ。まーたウイルスですか。最近は治安がクソ悪いですね。というか、年金泥棒のB級エグゼキューターとお荷物でクソザコなC級エグゼキューターは仕事してないんですか? 年金返せ年金。慰謝料出せ慰謝料】
「誠に申し訳ございません」
【あー。はいはい御託はいいですよ御託は。謝るだけで全て済むのならエグゼキューターは不要なんですよ。そういう訳でさっさと帰ってください。この警報はAI的にもすっごくうるさくてキツイのでさっさと止めてくれると嬉しいんで。そういう訳で――早く黙らせてくださいよA級様】
━╋━━━━━━━━━━━━━━━━╋━
エグゼキューター。
本来であればそれは遺言の執行者、つまり遺言者が指定した人物が遺産を分配する役割を果たす存在を意味し、電脳プログラムなどを実行・遂行・達成を意味する単語だった――20年前までは。
「コードA23。現着しました」
そう面倒くさそうに言い放ってみせた男の容姿はどこにでもいるような背広姿のサラリーマン……否、成人男性にしてはやや痩せ気味で、その顔は今までに溜まりに溜まった疲労の所為かどことなくやつれており、目に宿る光が余りにも輝いていない所為で苦労人どころか死人を思わせるような風貌にして、酷いぐらいの猫背。
そんな彼の右腕は欠けており、高層ビルの頂上に立った所為で吹き荒れる風によってビジネススーツの右袖がひらりひらりと翻されていた。
普通に考えれば生身の人間が高度50mを優に越す建物に単身で駆け登れる筈もないのだが……そもそもの話として今の彼は現実世界で活動する為の肉体ではなく、
それも
「おっとォォォ……? 労働時間ギリギリじゃないですかキミィィィ……? とはいえ現場に来てくださり助かりますよ、水無月A級の兄の方ォォォ……! 1時間前にハッカー組織を壊滅させて右腕を無くしたばかりなのは重々承知ですが楽しい楽しい残業のお時間ですよォォォ……?」
人影が1つも無い彼の周囲から声が、彼だけにしか聞こえないように調整された男性の加工音声が響き回る。
普通の生活を送っている人間であれば誰しもが戸惑う事は必至だろうが、何千回もそれを耳にしている仕事人である彼にとってはこれこそが常識そのもの。
「またですか」
「そういう職業ですからァァァ……ワタシも3日徹夜しているのでお目々がすっごく痛くて死にそうですよォォォ……現場に行きたいのは山々ですが使い物にならないレベルですよ今のワタシィィィ……ごめんなさいねェェェ……?」
「状況共有、願います」
「1分21秒前に新宿区内にウイルスプログラムの多数発生ェェェ……。悪性ハッカーによる人為的なサイバーパンデミックですねェェェ……。駆け付けたB級は駆除行為、C級は市民の避難に割り当たっておりますよォォォ……」
「敵性プログラムの情報は」
「まァァァた新型ですよォォォ……。しかもB級では単独撃破も難しい性能のウイルスが200体近くゥゥゥ……。B級10人辺りでかかれば死人が1、2人は出そうですが1匹は駆除が可能でしょうかねェェェ……?」
ちらりと、水無月深海は視線を動かす。
その視線の先に日常生活であればまず見慣れないような異様な物体を確認し、溜息を吐く。
新宿を模した電脳都市の横断歩道の近く。
そこを我が物顔で闊歩しているのは人間ではなく、現実世界に存在してはならないような機械生命体がそこにいる。
現実世界の生き物で例えるのであれば、それは
しかし、大きさは本物と比べられる筈もない程に大きく、人間を簡単に切り裂いてしまいそうな鋭さの8つの脚は、文字通りに現実離れしていた。
「アラクネ、ですねェェェ……」
アラクネ。
ギリシャ語で蜘蛛を意味すると同時にこの電脳社会を蝕むウイルスプログラムは、大型自動車に8つの脚が生えたくらいの大きさだった。
「本題に戻りますゥゥゥ……現着しているB級の総計は47人だけェェェ……正直言って役立たずゥゥゥ……市民の肉壁になれば御の字ィィィ……」
「終わりましたね、新宿」
「ですねェェェ……」
男は溜息1つを吐き、瞬きを2回した後、3秒ほど目を閉じ、開けた。
この男、水無月深海の職業はエグゼキューター。
悪のハッカーが操るウイルスプログラムやマルウェアに対し、電脳化した身体と電脳世界ならではの超人的な力で立ち向かうという図式は人々に『正義の味方』を彷彿とさせる為か憧れの職業ランキング上位の常連になる程で、類義語としては電脳エージェント。あるいは電脳傭兵が挙げられる。
エクゼキューターになる為には電脳庁という行政機関が行う試験を合格し、市民はそこで国家資格を取得し、公務員として働く事が出来る。
この公認制度によりエグゼキューターとしての活動認可資格免許を取得し、そうししてようやく公的に
言うなれば、市民が利用する娯楽施設に問題がないかどうかをチェックする公務員的立ち位置に彼はいる。
「敵の
「リアルタイムで共有させときましたよォォォ……」
「了解。移動個体も含めて全て確認しました」
エグゼキューターとしての国家資格はA級、B級、C級の3種に分かれている。
世間一般で認識されるプロレベルがB級であるのに対し、C級は言うなれば新人扱いであり、1個人としての戦闘力と電子処理能力が期待できないので企業に就職したり、専属事務所で下積みをするのが基本。専門学校でもまずはこれの取得を第1目標とする事が多い。
そして、全てのエグゼキューターの頂点に座するA級の取得者は本の一握りであり、国内にも数十人しか存在しない。
「これより電脳戦を開始します。室長、A級特権のバグ技使用の許可を」
「とっくに出してますよォォォ……」
平均的なB級の強さは近代戦闘機レベルであり、大体C級10人分と換算できる程度の戦闘力を有しており、本来であればこの戦力で大体のハッカーとウイルスにマルウェアは処理できる筈だったが、近年多発する悪性プログラムウイルスの進化には目が見張るものがあるのも実情。
――であれば、最上級の
B級エクゼキューターを優に越す性能のウイルスを200体も用意した。
なるほど、確かにそれだけの戦力があれば一部の電脳都市機能を数十分間は機能停止に陥らせる事は理論上は可能かもしれない。
だがしかし、言わせて欲しい。
――A級相手に、たったそれだけ?
「
男は懐から端末機を取り出し、呪いのような言の葉を告げる。
掌サイズに収まるほどの大きさの携帯端末機が変形し、それは黒一色の日本刀と成る。
刀身も、切先も、
何もかもが真黒という、異質極まりない電脳情報だけで構成された刀はまるで人を、否……是に触れた全ての正しい生命体だけを拒絶し、絶滅してやると言わんばかりに、正しさに対する殺意だけを発する
それを男は涼しい顔をしながら左手で掴み、非社会者に対する絶対的処刑者として、黒刀を地面に刺すことで目視するまでもない敵を極刑に処す。
「――
しん。と。
彼の所為で
そして。
新宿に200の断末魔が満ち、溢れ、零れ、壊れた。
「敵性ウイルスの全駆除を確認。状況終了。お疲れ様でした」
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