バ美肉転生機生プロローグ(4/4)殉職そして転職編

 こわせがしゃんこわせがしゃんこわせがしゃん


 人間を余裕で押し潰す程の大きさを有する蜘蛛形の機械仕掛けの蟲が耳障りな駆動音をかき鳴らす。


 8つの刃脚を操り、電脳情報で構成された通路の地表を削りながら、視界に入ろうとした一般人を理不尽にも危害を加えてみせる殺戮機構。


 獲物の生体情報に位置情報を獲得する為の単眼モノアイによるセンサーで自分よりも弱い存在を一方的に狩る存在が逃げ遅れた電脳化した人間を確認し、戦闘と呼ぶには余りにも過剰が過ぎる虐殺を開始しようとその瞬間。







 ――欠陥電算蠱毒式ブラックボックス、起動。







 ウイルスプログラムという枠組みの存在から意図的に消去されている筈の、感情きょうふが、意味の分からない何かによって無理やりに覚醒される。させられる。


 VR技術が発展し、人間の電脳化技術が確立したその一方でAI技術も格段な発展を遂げる事に成功した。


 そして、それは存在してはならないウイルスプログラムにも同じ事が言えるだろう。


 より悪質に。

 より酷く。

 より被害を出せるように。

 より既存のセキュリティを突破できるように。


 人に危害を加えてはならないと設定されているAIを始めとしたそれを違法にも削除し、より人に危害を加えられるように改悪という名の改良を加えられた存在が、彼らだ。

 

 しかし、そんな削除されてしまった筈の感情が、無くてはならない感情が無理やりに呼び醒まされてしまったのは一体どうしてだろうか?


 殺戮機構は戦闘の為ではなく、自己の生存の為だけに、現状を把握しようとし――機械的と呼ぶには余りにも人間的で動物的な絶望を覚えさせる。


 何かが。

 形容し難き何かが。

 この電脳世界アルス・マギナにあってはならない何かが。

 存在してはならない何が。

 共存してはならない何かが。

 認めてはならない何かが。

 ウイルスよりも存在してはならない何かが。

 電脳生命体に対する殺害権利者が。


 電脳模造都市新宿に、再臨した。

 













 ――増壊せよ、蛆虫の癌刀████████████















 しん。と。

 ██ソレの所為で世界から音が奪われる。





 いたいがしゃん






 



いたいがしゃん いたいがしゃん いたいがしゃん いたいがしゃん いたいがしゃん ころしてがしゃん いたいがしゃん いたいがしゃん なんでがしゃん しにたくないがしゃん やめてがしゃん なにこれがしゃん たすけてがしゃん こわれるがしゃん やだがしゃん あああがしゃん いたいがしゃん こわれたくないがしゃん いたいがしゃん やめてがしゃん いたいがしゃん これなにがしゃん いたいがしゃん ごめんなさいがしゃん やだよぅがしゃん しぬがしゃん いたいがしゃん いたいがしゃん いたいがしゃん !!!







 



 

 

 新宿に200の断末魔が満ち、溢れ、零れる。

 蜘蛛型の侵略者たち200匹の腹部に、巨大な細身の黒刀たちが突き刺さる。


 まるで土から生える樹のような黒刀。

 蜘蛛の死骸が果実のようにぶらりぶらり。


 自殺の名地である富士の樹海に負けず劣らずの死骸の群れがぶらりぶらり。


 いきなり生えてきた黒刀によって地面から押し出され、地面に足をつけられないまま空中をぶらりぶらり。 


 血液を思わせるようなウイルスの液状データが、大きな穴が出てしまったのでぽたりぽたり。


 空中でじたばたと動こうとその瞬間に、新しい黒刀が蜘蛛たちの身体の中からぐさりぐさり。


 断罪の言葉を発したいけれども発せられない機械たちは少しずつ少しずつ、死んで、消えて、居なくなって、全て黒い刀によって吸収されて、次第にその呪刀たちも『ご馳走様』と言わんばかりに静かに電脳世界アルス・マギナの影に消えていく。


 ウイルスも、死人も、何もいない。

 もう何もいない。


 仮にあるとしてもそれはこの電脳世界アルス・マギナに存在してはならない欠陥バグによる傷跡であり、いきなり何故か現れた再現性が酷く難しい欠陥バグは消えたのだから心配する必要なんてない。

 

 であるのならば。

 何も起きていない以上、電脳模造都市新宿は今日も平和なのであった。




━╋━━━━━━━━━━━━━━━━╋━




「敵性ウイルスの全駆除を確認。状況終了。お疲れ様でした」


「お疲れ様でしたァァァ……いやァァァ……いつ見ても水無月A級の兄のバグ技はこういう時に使い勝手が良いですねェェェ……ゥゥゥ……単純な物量でねじ伏せるのはもちろんとしてェェェ……刀身と刀長を増殖させェェェ……足元まで伸ばしたソレで相手を串刺しィィィ……なんて卑劣な初見殺しィィィ……水無月A級の妹に負けず劣らずの性格の悪さですねェェェ……」


「前々から思っていたのですが、A級がバグ技を使っていいものなんですかね」


「国の許可があるので大丈夫ですよォォォ……それに一般人が使ったらデメリットだらけですしィィィ……というかバグ技を使用した後にのんびり話していていいんですかキミィィィ……?」


「……あ」


 デメリット。

 その言葉を上司が言い放ち、思わず冷や汗を掻きそうになったその瞬間……自分の左腕が、呪刀を有する左腕が、余り覚えたくない違和感を感知する。


「おやァァァ……? 凡ミスですかァァァ……? キミにしては珍しいですねェェェ……? バグ技を利用する際には正確無比な動作が求められるとワタシは何度も言っているのは忘れてませんよねェェェ……? いくら過労死寸前とはいえ注意力散漫すぎじゃないですかキミィィィ……?」


「面目ありません」


 取り敢えずの対応としてソレが来る1秒前。

 電脳世界アルス・マギナ限定のオプションでもある痛覚設定をギリギリの最低値に無意識のうちに可能な限りの最速で設定し終えた――その瞬間。


 左腕が木端微塵に爆発した。


 1時間前に右腕を失った時と同じように、電脳世界アルス・マギナのバグと認定されたそれはこの世界にあってはならないと言わんばかりにノイズ交じりに消えていく。


「うわァァァ……痛そうですねェェェ……」


 この世界に存在してはならない。

 そう判断されてしまった呪刀バグを含めた自分の左腕が一瞬にして消滅しゅうせいされてしまった。


「痛覚設定を可能な限りオフにしましたが尋常じゃないレベルで痛いですね」

 

 自分はA級だけの特権としてバグ技を、増殖バグを利用している。


 単純にモノを増やすのも可能だが、戦闘中に自分の電脳体を増殖させたり、何の意識もない変わり身を作ったり、刀身を増殖させたり、剣筋を増殖させたり、並列思考する為の思考を増殖させたり、自分が与えたダメージを増殖させたり……まぁ、色々と出来るから便利ではある。


 とはいえ、あくまでこれはバグ。

 バグである以上、事実ではあるが法則ルールではない。


 そもそもの話として、バグとはプレイヤーに有利な現象が起きるものを意図的に誘発させることを意味する。


 当然、プログラム設計上想定されていないものを、無理やりに、強制的に再現してしまう訳だから何らかの不具合が併発することもある。


 ゲームで例えるのであれば……セーブデータが破損したり、ソフトやハード自体に悪影響が及ぶことも考えられる。


 有名なバグ技ではゲーム機械をホットプレートで加熱する事で有利な状況を手繰り寄せられる訳だが……もしも仮に電脳化している状態でバグ技を失敗してしまえば取り返しのつかない大惨事になってしまうのは想像に難くない。


 それに加え、バグを電脳世界で使えば、先ほど起こったような電脳世界が有する自浄作用によって無かった事にされてしまう為、せいぜい増殖バグが出来る時間は1回あたり10秒程度。


 危険極まりないバグ行為である為、バグ発動のタイミングは非常にシビアだという事も特筆しておくべきだろう。


 実際問題、義務教育の一環としてエグゼキューターの講師を招き、バグ技の危険性を周知しているのにも関わらず、バグによる電脳死の所為で現実世界に帰れない人間が少なからずいるのだから。

 

 1秒コンマでもミスってしまえば自分が消滅しかねない『電脳世界アルス・マギナからの修正行為』が襲いかかってくるハイリスクハイリターンの神業……だからこそ、A級だけにしかバグ技は許されていない。


 A級になる為の条件――より正確に言うのであれば暗黙の了解――として、先ほどと同等以上の精度によるバグ発見技術とバグ再現技術、バグ操作技術が要求され、これが出来てようやく最高最強の処刑者として国家に認められるのだ。


「ところでェェェ……両腕は後何時間後に生えそうですゥゥゥ……?」


「そうですね。電脳体の再構成まで2日は掛かりそうです」


「1時間で生やしてくださいよォォォ……動けるA級が本当に少ないんですよォォォ……」


「無理言わないでくださいよ、室長」


「後ォォォ……バグ技使用は本当に気を付けてくださいねェェェ……? ウイルスの所為で現実情報維持装置を壊されて電脳死してしまうようにィィィ……バグ技使用のデメリットの所為で電脳体が蝕まれて電脳体化する以前の情報までもが消えてしまったら貴方が死にますのでェェェ……」


「こういう職業をしているんですから殉職そういうの、普通では?」


「B・C級とA級を一緒にしないでくれませんかねェェェ……」


「それでは自分は直帰しま――」


 そう伝えようとしたその瞬間……A級エグゼキューターとして鍛えてしまった自身の勘が残業の気配を感じ取る。


 溜息を吐きたい気持ちをぐっと堪えて、嫌な気配を肌で感じ取った方角に意識を向けたその瞬間……日常生活では絶対に聞かないであろう爆発音が聞こえてきた。


「室長」


「5キロ先の新宿御園で爆発を確認しましたァァァ……その爆心地付近に一般市民が1人いますねェェェ……」


「敵性反応は」


「ありませんねェェェ……ですが、おかしいですねェェェ……? こちらの観測機器には何の反応も検出できませんがァァァ……成分や力場が検出されない人間1人分のがありますねェェェ……?」


「簡潔に」


「……ェェェ……」


 それはまたキテレツな事があると言の葉にしたかったが、何でもかんでも既存情報を電脳化してしまえる今の時代からしてみればあながち不思議な事ではない。


 むしろ、こちら側の観測が不確かとはいえ通用するだけでもありがたい話だ。


「とはいえェェェ……流石に手負いのキミを向かわせる訳にはいかないのでェェェ……ようやく現場入りしたB級を30人ほど向かわせ――ってェェェ⁉ いや待ちなさいよキミィィィ⁉ どこに行くんですゥゥゥ⁉」


「現場に」


「両腕ないですよねェェェ⁉」


「幸か不幸か、まだ両足があります」


 上司の言い分は理解できるが、だからと言って守るべき人を見捨てる訳にもいかない。それも一般人ともなれば尚更。


 結果的に両腕を無くした訳だが、辛うじて身体は動くので高層ビルから飛び降りては、落ちながらビルの側面を蹴って着地してまた蹴っての繰り返しで爆心地まで可能な限り急行する事にした。


「いやあのキミねェェェ…! これ以上の戦闘行為は現実世界での肉体情報の損壊に繋がりますよォォォ……⁉」


「そうですね。ではこれより一般市民の救助に向かいます」


「いや、キミねェェェ! あぁもう分かりましたァァァ! お願いですからバグ技は使わないでくださいェェェ⁉ これ以上は情報体の欠損に繋がりますからねェェェ! いいですかァァァ⁉ これ以上ォォォ! 欠陥電算蠱毒式バグ技を使ったら駄――!」


 ざざざ、と先ほどまで円滑に流れていた音声がノイズに混じりになり、次第に消えていく。


 先ほどから凄くうるさかったのでタイミングが良いと言えば最良……そうこう考えているうちに目的地である新宿御園の上空に辿り着いた訳だが、想像していた通り、新宿の憩い場で知られる御園は火の海に包まれていた。


 上空にいても分かるぐらいに熱い火の粉に対して思わず億劫な気分を覚えてしまいそうになるものの、取り敢えず一般市民を探し――敵。先ほどの蜘蛛型ウイルスが10体。恐らく増援だろう。


欠陥電算蠱毒式ブラックボックス、起動」


 増殖バグを用いて、自分の右腕の切断面から本の僅か残っている情報を急速で増殖させて義手と黒刀を作り、黒刀の刀身さえも増殖させる事で伸縮自在にして変幻自在、活殺自在の斬撃を1秒間に100発、空中から放つことで確認した敵を全て屠る。


 ついでに空中から地面に着地するまで間に増殖させておいた右腕を自壊させておく事でこれ以上、自分の電脳情報体をバグで欠損させる事を防ぎつつ……着地。周囲の様子を見渡す事にする。


「……流石に生存者は」


 いない。

 そう思わざるを得ない状況かつ惨状だったのでそう言葉に紡ごうとしたその刹那。


 炎の海の中に沈む新宿御園。

 非日常に侵された日常を象徴とする空間の、日常的のような非日常のような、土の下に死んだ人間が眠っているのではないのかと思わせるような大樹の根元。


 この世のものとは思えない程に美しい銀髪の少女がいた。


「――――」


 呼吸と言葉を失ってしまうほどに美しい銀の長髪を携えた美少女が、ロボットのボディを思わせるような黒い鎧に覆われたこの世の存在とは思えないぐらいに綺麗な生き物が、力なく大樹に身を預けていた。


 年は15ぐらいだろうか?

 しかし、それにしてはとても未成年とは思えないぐらいに、完成度の高い美麗さが一塊に収まっている大人顔負けの美貌を携わる眼前の少女を見ると、とても15歳には思えない。


 言うなれば、美人。

 美少女なのにまだ子供というべきか、まだ幼さが残っている美人。


 陶磁器すらも霞んでしまうような芸術品めいた白く美しい肌に、鮮やかな血が流れているそんな彼女は遠目から見ても分かるぐらいの大きな睫毛まつげと物憂げな深い紫色の瞳を有しており、こうして視界に入れるだけでも思わず自分の心臓が壊れるかのように弾み回って仕方がない。


 モデルのように細身ですらりと伸びた細い手足に、細く整って一切の無駄が無い鼻梁と顔の輪郭線に、切れ目切れ長の瞳に、汚れも知らないような上品さと初々しさを連想させる桜色の薄い唇に血が附着しているそんな彼女は疲労困憊と言わんばかりに肩で荒い息を繰り返している。


 そんな彼女の姿が、遠い昔の自分の記憶を思い起こさせる。


「――先、生――?」


 ぼそり、と。

 自分の口からそんな言葉が漏れ出て、消滅寸前の少女がいる方向に向かって、消える。


 ありえない。

 あの人である筈がない。


真機奈まきな、先生――?」

  

 それだけはありえない。


 だって、あの人は10年前に――


「――――ぐっ⁉」


 そんな少女に目と意識に全ての情報を奪われていた所為か、自分の背後から「ざくり」と、聞いたら駄目な音が響き回る。


「……っ」


 遅れて灼熱の鈍痛が自分の身に襲い掛かってきて、ようやく自分はここに何をしに来たのかを思い出し、背後にいる存在に意識を向ける。


 そこにいたのは――いや、その正体不明の存在を考察するには流石に頭が回らないし、そもそも自分の体力と気力が限界に近かった。

 

 考察よりも先に自分の意識は半ば反射的にバグ技を行使――しかし、肉体が余りにも限界が過ぎて使えない――であれば、普通極まりない渾身の一撃を振るう。


 無我夢中に、背後に現れた正体不明の何かを、今までに培ってきた技術を以て反射的に斬り、殺し、地に伏せさせる。


「……今のは……?」


 人型のプログラム……いや、人、だろうか?

 人にしてはやけに強すぎるというか、先ほどの蜘蛛型のウイルスの数倍ほどの強さは間違いない。恐らくB級が何人集まっても敵わない相手だろう。


 しかし、自分はし、更に言うのであれば人間にしては斬り心地に違和感がありまくる……いや、今はそんな事どうでもいいか。


「……ふーっ……」


 酷く疲れて、地面に座り込みたくなるのをぐっと堪えて、救助用の治療プログラムで眼前の少女を回復させ、死の為の眠りではなく、生きる為の体力を回復させる為の眠りについたのを見届けてから地面に大の字になってから倒れ伏す。

 

 恐らく死の直前だったであろう彼女は、あの人の面影がある彼女は、あの人とは全くの赤の他人である彼女は、間違いなくこれで助かる。


 とはいえ、自分はもう助からないだろう。


 流石にこれだけバグ技を使っておいて助かるのは虫が良すぎる話だ。 

 これは助かり様がないし、むしろ助かった方がおかしいと素直に認めてしまうぐらいの疲れが身体中にまとわりつき『殉職』という言葉が脳裏に浮かび上がる。


 エグゼキューターになって以来、常日頃から覚悟はしていたとはいえ、まさかこんな形で……しかも、美少女に目を奪われてしまったから油断して死んでしまうだなんて流石に想像もしていなかった。


 とはいえ、いざ電脳世界アルス・マギナでの死を現在進行形で直面しているというのにも関わらず、あんまりそういう実感がない。


 何故だろうと考えて、考えるまでもないと言わんばかりに自分はその答えに辿り着いて、自分と同じく死にかけている美少女の方に視線を向け、静かに穏やかそうに眠っている銀髪の美少女に対して笑みを浮かべる。


「……ふ」


 あぁ良かった。

 あの子を助けられて――。












 















「ふへ……! ふへへ……! ふひひ……! 銀髪……! 銀髪美少女……! ふへ、ふへへ……! かわいい……!」


 あれは実に良い美少女だ。

 特に銀髪なのが良い。

 ロングで、ストレートなのが本当に良い。すっごく良い。舐めたい。


 興奮するな? 

 ごめん無理。


 銀髪は良い。

 銀髪ロングは素晴らしい。

 子供心にかっこいいと思えるデザインの機械染みた鎧からでも分かるぐらいの大きな胸も良いが、そんな事よりも銀髪過ぎて良い!


 これは銀髪ポイント1000000000点。


 わざとらしくぶつかった後に「すみません」って言いながら髪の毛クンクン吸いながら舐め回したくなるレベルの銀髪戦闘力だ。実に素晴らしい。


 おっと……余りの銀髪っぷりにの消えた腕が勝手に増殖しようとしているし、身体から俺が生えて寝ている銀髪美少女の髪臭を嗅ぐためだけに無意識に増殖しようとしている。


 うんうん分かるよ、あれだけの銀髪を見たら増殖して当然だよね、俺。

 あの美しさは思わずバグるよね、というか可愛すぎてバグった。

 むしろ増殖しない方が失礼なのでは?


 あぁ……この世全ての老若男女が銀髪美少女になればいいのになぁ……! 


 なんでならないんだよぉ……⁉


 どうして俺のかわいい妹は銀髪に髪を染めてくれないんだよぉ……!


 兄さんの身体スライムみたいでマジでキモいって言わないでよぉ……!


 俺は銀髪美少女を見たら興奮して無意識のうちに増殖バグしちゃって100人ぐらい増えるだけなんだよぉ……! 年頃の男の子ってそういう生き物なんだよぉ……!

 

 銀髪美少女を見て増殖しないお前ら人間の方がおかしいんだよぉ……!

 銀髪美少女を見て増殖しないのは頭がおかしいんだよぉ……!


「ふへっ、ふへへっ……! ちょっとだけ……! ちょっとだけ銀髪を臭ったり触ったりしていいんじゃないだろうか……⁉ いいよね⁉ いいのでは⁉ だって俺死ぬし! 死ぬ直前にクンクンスンスン臭ってドバドバサワサワ触るぐらい別にいいんじゃないかなぁ! だって俺死にますしぃ! はい決めました。よし決めました。それでは最後の力を振り絞って増殖バグします。はい欠陥電算蠱毒式ブラックボックス、起動――――ごぼっっっ!!!」


 銀髪美少女を見てしまったが為に興奮状態に陥り暴走状態に陥った俺は増殖バグを引き起こし、それに対するバグ修正が俺を襲う。


 すごく、痛い。

 まるで銀髪美少女の髪の毛を異色で染められる様を見せられた時のように痛い。


「……がっ……ぐっ……おのれ……! 気絶している銀髪美少女の体臭を匂いつつ銀髪を触って舐めたいから増殖バグする事が、悪い事だと宣うつもりか電脳世界アルス・マギナッ……!」

 

 とはいえ、本当にヤバい。

 このままじゃ意識を失っている銀髪美少女に張り付いて髪臭をクンカクンカして絶対に滑らかで柔らかい銀髪の髪触りを堪能する前に死ぬ。


 いや自分は死ぬのは別にいいんです。

 目の前に銀髪があるのに舐められないっていうのは流石に人としてどうなのか、っていう常識的な話ですのでコレ。


「ふぅ……フゥゥゥ……! ふふふ……! 欠陥電算蠱毒式ブラックボックスガバァァァァァァ⁉」


 畜生! なんで増殖バグが出来ないんだ俺!

 目の前には可愛い銀髪の美少女がいるんだぞ⁉

 このままでは銀髪美少女の周りを100人の俺で囲んで髪の毛を舐められないんだぞ⁉


 それが出来ないだなんてA級エグゼキューターとして、人として、余りにも情けなさすぎるッ……!!!

 

「あぁ……死ぬ前に……銀髪美少女で興奮して銀髪美少女の素晴らしさを布教してこの世全ての人間を銀髪美少女にして兎にも角にも万物全てを銀髪美少女にしたかった……あ、後それから銀髪美少女のお姉ちゃんとか銀髪美少女の母とか銀髪美少女の家庭教師とか銀髪美少女の未亡人とか銀髪美少女の上司とか銀髪美少女の部下とかそういう人たちにチヤホヤされたい人生だった……」


 思い残す事はたったの、それだけ。

 随分とささやかな願いだなと己の無欲さを笑いつつ――酷く個人的で、普遍的が過ぎて、誰しもが思いつくであろう願望を思い出す。


 ――自分好みの銀髪美少女になって銀髪を舐めたい。


 だけど、それが俺の最期の言葉にはなる事はなかった。

 その言葉を口を胸にしまったまま、辛うじて残っていた意識は暗闇の中に沈む――前に最後の力を振り絞って俺は立ち上がった。


「銀髪を舐めずに死ねるかよォ!」


 全速力で走る。


「銀髪ァァァ!」


 全速力で髪の毛を触る。


「銀髪ィィィ!」


 全速力で口を開く。

 

「銀髪ゥゥゥ!」


 全速力で匂いを嗅ぐ。


「銀髪ェェェ!」


 全速力で勃起。


「銀髪ォォォ!」


 全速力で服を脱いだ。


「ぐへへ……! 頂きま――」


 さぁこれから――というところで俺の電脳体は活動限界を迎えた……死んだのだ。







































 そして。

 二度と開ける事がないと思っていた瞼を開けたら、何故か俺が


「な、な、な――⁉」


 びっくりした。

 何がびっくりしたかって、自分の意のままに銀髪が操れるって事がすごいびっくりした……ではなく、俺が男性の身体から超が付くぐらいに綺麗な銀髪を有する美少女になっていた事にびっくりした。

 

 一体全体どうして俺は銀髪美少女になったのかと頭を悩ませ――この銀髪、滅茶苦茶に触り心地が良いし、めっちゃ匂いが良いなぁ!!!


 一体全体この娘は何のシャンプー使ってるのかなぁ⁉

 俺がどうしてこうなっているよりも先に解明するべき謎だぞこれは!


「ナイス銀髪ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」


 取り敢えず――もう無い男性器を勃起させる代わりに目を勃起させる事にする。


 それが今の俺のやるべき仕事だった。

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