第9話 推しがアル中で終わってる件②
「うぅうぅうううぅううぅう……! やだやだやだやだ怖いよぉおお……!! お腹が痛い痛いぃい……! ねぇすーちゃんくん、さすって?」
「はいはい。じゃあ背中さすりますね」
一日経ってアルコールが抜けてネガティブモードになった野々村さんは、三角座りで体を丸くさせながらポロポロの泣きじゃくりながら不安を口にする。……コイツ、酔ってない時も別の意味でめんどくさいなとは思ったけど絶対号泣するので言わないでおいた。
僕は震える野々村さんの背中をさする。ふわっと花のような良い匂いがするのがなんかムカつく。なんで性格だけこんな終わってんだよ。どうやったらこのルックスで非モテになれるんだよ!
活動再開を決心したのは良いがシラフになって怖くなっちゃったらしく、今日僕が学校を休みなのを良いことに昼からずっと泣きながら不安を吐露している。最初こそは「大丈夫ですよ!」と元気づけようと真剣に慰めていたけど、途中からただ話を聞いて欲しいだけだと分かったため、今では割と適当な相槌で会話を聞いている。
「おぉおぉおおぉおんんんんっ!! ひっく! ひっく……!」
ガチ泣きじゃねぇか。小学校でしか見たことねぇよ。
「じゃあもうVtuber活動やめちゃうんですか?」
ピタリ。野々村さんの動きが止まった。そしてぐしゃぐしゃになった顔でこちらを向く。
「うう……辞めたくないよぉぉお! 辞めちゃったら私の承認欲求はどうやって満たされるのぉ!? すーちゃんくんが満たしてくれる?」
「……………………」
「目を反らされた――!! うわ――ん!! もうおしまいだー!」
推しとガチ恋は似て非なるものである。こんなん毎日されたら多分普通に嫌いになる。
「そうだ分かった! メンバー限定配信すれば私を好きな人しか来ないハズ! 謝ったら許してくれるかも!」
やめときなさい。キミのチャンネル、メンバーシップ会員七人しかいないでしょうが。とメンバーの一人が忠告しておきます。
余談だけど、メンバーシップとは世で言う有料会員みたいな奴である。メンバーに入る特典は配信者のチャンネルによって異なり、野々村さんが運営する『奈々丸なこ』のチャンネルでは、何と毎月960円払うだけで変なスタンプが手に入るぞ!
「さぁ。もうそろそろ腹をくくりましょう。大丈夫です! きちんと謝れば最初は批判されるかもしれませんが、しばらくすれば元通りになりますよ」
「ううううぅう……うん分かった……。ねぇすーちゃんくん? 怖いから配信中手をギュっと握っててほしいだけど駄目?」
「駄目に決まってるでしょ」
謝罪配信で隣にいる男と手を繋いでいるなんてバレた暁には、ネットニュースが確定してしまうだろうが!
ファンとしては手助けになりたい所だけど、流石に近くにいるのはリスクがあり過ぎる。
「……分かったよぉ。私、頑張る。終わったらたくさん褒めて」
「はい。いくらでも褒めますから頑張って下さい!」
「にひー! ありがと大好き!」
潤んだ瞳で不安そうに見上げる野々村さんは、嬉しそうにニッコリと笑った。
ずるい。可愛すぎる。そんな無邪気な笑顔を見せられたら、何でも許してしまうだろうが!
* * * * *
そしてなんとか決心した野々村さんは、数日後に宣言通りSNSでの告知の後に生配信を始めたのだけど――
結論から言うと、復帰配信は死ぬほど失敗した。
それはもう、笑っちゃうぐらい失敗してた。
『奈々丸なこ』のチャンネルで『皆様大変申し訳ございませんでした!』と書かれたタイトルの配信枠を僕はクリックする。僕の部屋の隣で今まさに配信が始まろうとしている事実に、今更ながらドキドキする。それなりに防音対策がされているマンションのため声が漏れることはなさそうだけど、僕は出来る限り音を立てないようにパソコンの前で固唾を飲んで彼女の言葉を待つ。
炎上により良くも悪くも注目されているため、生配信を視聴している人がいつもの十倍近くになっている。大半がこの炎上を聞きつけてやって来た野次馬だろう。
今回の炎上の件は『彼女がファンをチー牛と煽った』という言葉にすれば実にしょうもない内容である。時間が経ってそれなりに鎮火された今、チー牛という言葉に蔑称が含まれているのを知らなかったと素直に謝罪さえすれば今回の件は解決するはずだ。緊張していないといいけど……。
しばらくして――待機画面から『奈々丸なこ』の姿が現れる。
「どうもー! チー牛のみなさんー! お久しぶりでーす! 今から謝罪をしたいと思いますー! うえーい!」
あ、終わった。
僕は天井を見上げ、頭を抱えた。
「あんにゃろベロベロに酔っぱらった状態で生配信始めやがった! やめろ――――っ!」
不安に耐えきれず、飲みやがった!!
……それからの配信はもうまさに悲惨としか言いようもない有様でした。何度視聴を止めようかと思ったか。
開幕に適当な謝罪をした後、30分近くのお気持ち表明。要約すると『私は悪くない』と言いたいだけの内容を呂律の回っていない口でダラダラと語る。
配信のコメント欄は批判一色になっていてもアドレナリンと酔いが回った奈々丸なこは止まれない。今度はコメント欄に喧嘩を吹っ掛け始めて争いは次なるステージへ。
「ああもううるさいうるさい!! そこまで言うだったら私を論破してみろよ! 文句あるやつはここに電話してこい! いいよもう電話番号流出しているだからさぁ! かかって来いやボケぇ!」
そう声を荒らげた奈々丸なこは、何をトチ狂ったか画面にデカデカと自分の電話番号を開示し始めた! どういう状況だこれ! なんでこの人は何千人を相手に喧嘩を売ってらっしゃるのだ?
そしてかけて来た視聴者と電話をすること五分。
「…………ううぅうぅうう……!! ううぅう!! なんでそんな酷いこと言うの……! ごめん本当に悪かったよぉ!!」
視聴者にメッタメタに論破されてあっさりと涙声になる奈々丸なこ。先ほどまでの威勢は完全に失われ、鼻のすする音が配信からでも聞こえる。
「ごめんよぉ……ごめんだってばぁ……! だからみんな許してよぉ……ずず……お酒おいしい」
なんで謝罪配信でお酒飲んでんだよ! もう滅茶苦茶だよ!
それから三十分かけてお酒を飲みながらの愚痴と謝罪の垂れ流し配信。あまりにも悲惨な姿に先ほど電話をした人が『ごめん』と言う文と共に5000円のスーパーチャットと投稿。流れが変わったのか徐々に批判するコメントが減ってきた。
どうやらみんな察したらしい。この人は――可哀想で可愛い人なのだと。
訳が分からない。セオリー無視もいい所だというのに、何故かどんどん味方が増えている。何もかも滅茶苦茶過ぎて、視聴者の感覚すら麻痺させる気狂い配信。
そんな彼女の持つ不思議な魅力が、この土壇場で存分に発揮されていた。
最初こそ不安でいっぱいのだったのに、気が付くと普通に視聴者として楽しんでいた。
「とにかくさぁ! 私はチー牛とか男とか女とかどうでもいいの! 私は私を肯定してくれる人なら誰だって大好きなの! すこ!! 愛してるの!!」
ダンッ! と机を強く叩く音。「あ、やべ。お酒こぼれた」
「いい? 分かった? そゆこと! いいからみんな私を肯定しなさい! 私を肯定してくれない奴なんか全員死ね!!!!!!!!!!!!」
そう強く言い残すと、彼女は配信を切った。ちなみにコメント欄は『?』で埋まってた。酔っ払いに脈略なんて求めても無駄だぞ。
そんな悪い意味で伝説的な配信の後――
『ファンをチー牛と煽ったVtuber。復活配信で全員死ねと暴言wwwwww』
「ぎゃあああああああ!! またネット記事になって炎上してる――!!」
またも僕の部屋に転がり込んで来た野々村さんがスマホを見ながら絶叫する。そりゃそうなるよ……。
彼女の泥酔気狂い配信はあっという間にネットニュースになりSNSで拡散。彼女のアカウントのリプライ欄は便所の落書きより酷い有様になっていた。
「ううぅ……! 訳が分からないですけど! 電話番号を晒しちゃったせいで知らない人から電話いっぱい来るし……! ねぇすーちゃんくん! どうすればいいかな?」
「もう気にしないで配信したらいいと思います」
復帰配信は結果だけで言うならば大失敗。笑っちゃうぐらい失敗だけど――前の炎上とは明らかに色合いが違っていた。
「うわ。なんか知らないけど登録者が1万人も増えてる。なんでっ!?」
奈々丸なこが『何をやらかすか分かんなくて面白いヤツ』と世界に認識されたらしく、本人は意図も狙ってもいないのに確実に彼女を肯定している人が増加していた。
……同じくらい批判している人もいるけど。
一つ謎なのは――『私はチー牛とか男とか女とかどうでもいいの! 私は私を肯定してくれる人なら誰だって大好きなの! すこ!! 愛してるの!!』と言う発言がネットの荒波により解釈が歪まされ、悪意ある人から『チー牛の姫じゃん』と謎の着地点を経て――
彼女は今、ネットでは『チー姫』と呼ばれている。
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