第8話 推しがアル中で終わってる件①
僕とお隣の野々村さんとひょんな出来事で知り合いになってから二週間が経った。
最初こそは、推しの中身と親密になるといことに強い抵抗があったものの、僕の想像していた以上に推しの中身がアレーー言葉を濁さずに述べるなら社会不適合者過ぎて、今では推しを何とかして支えなければという使命感に日々駆り立てられていた。
つまり彼女の魅力にまんまと当てられた次第である。または不憫な人が可愛いと思っちゃう僕の性癖が歪み過ぎちゃっている可能性がある。……
多分後者だなこれは。
ただまぁ、いくらお隣さんと急速に距離を縮めたと言え、男子高校生の僕と立派な大人である野々村さんとは根本的に生活リズムの軸や、そもそも価値観に十年程のズレが生じているため、二週間前みたいな鍵が壊れて一泊せざるを得ない状況でもない限り、もうお隣さんとは話す機会は滅多に――――
「よっ! すーちゃんくんおかえり~! あ、お邪魔していい? いや~聞いて聞いて! 今日パチのリゼロの台で三万勝ってたのに、競馬で五万すっちゃって~! やっぱギャンブルは駄目だね! もう二度としないよ!」
自宅に戻って来た矢先、ピンポンを鳴らすお隣さん。ドアを開けるとそこにはニコニコ笑顔を浮かべながらベラベラと終わってる会話を展開し始めた。どうやら僕が玄関を開けた音を聞きつけてやって来たみたいだ。……なんだか音に反応する虫みたいだなぁとは思ったけど口には出さない。
「……どうぞ、ちょっと着替えるからウチの中で待ってて下さい」
「は~い! あ、アマゾンのお買い物リストで貰ったお肉があるからさ、今日食べよ食べよ!」
ニコーっと嬉しくてたまらないといった様子で手に持った袋を自慢げに掲げる野々村さん。彼女を招き入れると、フラフラとした足取りでソファに倒れ組むように座る。顔はほんのりと赤く彼女が異常にテンションが高いとこを察するにもう既にそれなりに酔っていると思われる。……ちなみにまだ日は落ちていない。終わってやがる。さらに追記すると今の彼女の恰好は部屋着そのもので、完全にくつろぐ気でいらっしゃる。マジで終わってる。
僕は外着を脱ぎながらどうしてこんな事になったのか考える。いや確かに、二週間前に友達になろうとは約束はしたけれど、まさかこんな同級生の親友のような距離感の近さまで縮むとは思わないじゃないか! まだドキドキしている僕が馬鹿みたいじゃないか!
あれからと言うものの、友達が出来たことがよっぽど嬉しかったのか、誇張とか冗談じゃなくガチで毎日出会ってる。今日みたいに何かと話したくなったらチャイムを鳴らしてやって来る。酔った時は話し相手が強烈に欲しくなるらしい。この二週間で彼女の生態はかなり知り得た。そう、彼女は根っからの寂しがりやなのである。
どうせならついでにお風呂に入りたかったけど、来客がいるのでそうもいかない。僕はなるべく手早く部屋着に着替えるとリビングに戻る。
「ねぇねぇねぇ! なんか最近話題のドラマがあるみたいだから、一緒にみようよ~! なんかヒロインが中盤で死んで入れ替わるらしいの!」
主人が帰って来た飼い犬のように、体をそわそわと揺らしながら僕に顔を向けるお隣さん。大人っぽい外見では想像できないぐらい無邪気な笑顔を浮かべてらっしゃる。
チラリとテーブルに視線を移すと、ビニール袋の中に肉と一緒に忍ばせた缶ビールと、今日パチンコで入手したであろう柿の種がまだ晩御飯もまだなのに封が開けられていた。それなりに終わってる。繰り出される終わってるネタバレコンボも加わり、クラリと眩暈がした。
「…………じゃあ僕、晩御飯作りますね。と言っても簡単なものしか作れないですけど」
「お願いお願い~! あ、私チーズタッカルビ食べたい! ショート動画で流れてきてめちゃ美味しそうだったから!」
持ってきた肉、薄い牛肉なんですけどね! なんだ? チーズタッカルビが鶏肉なのを存じてない感じか?
まぁ、それでも作れない訳じゃないけどそもそも肝心のチーズが圧倒的に足りない。……せっかく部屋着に着替えたのに今から買いに行くの面倒だなぁ。
「せっかくの良い牛肉なので、水炊きにしませんか? 冷蔵庫の中身的にも、チーズタッカルビは無理ですよ」
「うん! お酒に合うなら何でもいいよー!」
お酒が飲めるなら本当に何でもいいと言った様子で、浴びるようにハイペースで缶ビールを流し込む。……このペースだと晩御飯を食べ終わる頃にはベロベロに酔っぱらって床で寝そうで困るなぁ。
僕はそんな飲んだくれる野々村さんを横目に、牛肉を手に取って冷蔵庫を開けると――
ギッチギチに缶ビールが冷蔵庫には収納されていた。当然僕は未成年なのでお酒は飲みません。全部野々村さんが持ち込んだ私物のお酒です。
「……………………………………」
未成年の自宅の冷蔵庫にお酒を入れんなよ。ってか冷蔵庫開けたなら肉入れとけよ。
終わってる。もう全部端から端まで終わってる。しかも何がアレってちゃんと遠慮してお肉とか用意してきたという人間として破綻していないギリギリで終わってるのが最悪だ。
せめて破天荒一色ならそういう人として扱うためストレスもかからないのだけど、彼女は生々しく終わってるためどうしても指摘すると説教になってします。そもそも彼女が破天荒なのではなく、空気が致命的に読めない寂しがりやなのはこの二週間で嫌でも知り得る機会があった。
……いかん。外見が可愛くて愛嬌が良くて推しでもギリギリムカつく。今までは全然耐えれた部分だけど、蓄積された終わってるポイントが飽和状態になって怒りに変換されていきつつある。
アレだ。傍から見たら面白いけど友達だとたまったもんじゃない典型的な人だ。……何となく、彼女の友達が少ない理由を垣間見た気がする。
でもなぁ。可愛いだよなぁ。こんな所を好きになっちゃったんだから厄介極まりない。イライラしつつも、結局は許してしまうんだろうなぁ。
「あ、そういえば最近配信ってどうなったんですか? 炎上したらしいですけど」
僕は野菜を切って鍋に放り込みながら彼女に尋ねる。
野々村さんがVtuber活動をしていてそれが死ぬほど炎上した件は彼女本人の口から聞かされた。推しのためもちろん知っている内容であったけど、熱心なファンだとカミングアウトする機会を完全に失っていた。あの日十万円を持って泣き崩れる彼女の手を握って言った推し宣言も、特に掘り起こされることもなくいつも間にか流れていった。
「……………………………………」
僕が質問を投げかけてから返事が無い。振り向くと、あれほど真っ赤に染まっていた顔を突然青くさせてギョロギョロと目を泳がしていた。
「……………………ううぅうぅうぅううぅうううぅう!! あ、頭が痛いぃ! わ、忘れなきゃっ!」
明らかに様子がおかしい彼女は、嫌な記憶を忘れさせるために飲酒の勢いを加速させた。どうやらあの炎上が彼女にとってトラウマになっているらしい。
……二週間経って追加燃料も無くなった今、流石に炎上こそ鎮火されているが、彼女は未だに配信を再開できずにいた。
ネットの流行というのは流行り廃りの速度が尋常じゃなく、近年はその速度を増していく一方である。二週間前の炎上の話題などもう完全に移ろいでいるものの、その後の立ち回りが下手だと再着火する可能性は十分にある。それを彼女は恐れているのだろう。
幸い炎上内容が誰かを誹謗中傷したとかじゃなく、迂闊過ぎる発言が原因なためきちんと謝罪すれば十分に再開できると思うし、注目が集まった分この機会に人気になれるチャンスだってある。
ただ、再開を決めるのは野々村さん本人である。この様子だと再開はもうしばらく後になりそうだ。
……別にしんどいなら無理して活動再開しなくてもいいと思う。推しとしてはとても悲しいけど、彼女が決めたことなら仕方が無いだろう。推しの幸せは何よりも優先されるべきなのは間違いない。
……だけど、彼女――野々村さんに限ってはそれじゃ駄目な気がする!
たとえ推しに嫌われるとしても――伝えなければ!
「野々村さんっ!」
「ひゃ、ひゃいっ!? なんですか!?」
僕の強い声色に、背筋をピンと正す彼女。そのしきりに泳ぐ瞳をしっかりと見て、僕の想いを伝える。
「配信、そろそろ再開しましょう! このままじゃ野々村さん、駄目になっちゃいます!」
「へ、どうしたのいきなりっ!?」
たったの二週間で、彼女の生活は凄まじい勢いで荒れていったのを僕は知っている。なんだって毎日話を聞いてるからな!
お酒だって夜の配信の時しか飲まないと言っていた筈なのに、今では不安にならないためか昼間でもお構いなしで飲酒しているのを僕は知っている。
「野々村さん、出来る限りのお手伝いはします! 毎日遊びに来ていいですから、配信活動を再開して下さい! もしくは今すぐ病院に行ってください!!」
「な、なんでぇ……?」
「野々村さんは、アル中なんですから!! どうやってこれから生活をしていくんですか!」
「――――っ!? ううぅうぅう……!! ふぅうぅうううう――!! うう――!!! 正論過ぎて泣いちゃうよぉおおおおおお!!!」
そう叫ぶと野々村さんは口をへの字に曲げて、ポロポロと大粒の涙を零す。そんな姿も可愛いと零れそうになる口をグッと閉めて彼女に向き合う。
いつも配信をしていた時間が空いた結果、喋りたい欲求を埋めるためにウザいぐらいに毎日話しかけて来る彼女。楽しむためのお酒から現実を反らすための飲酒にいつの間にか置き換わっている。旗から見ても悪い方向に歩み出してるのが察せられた。
だけど活動さえ再開すれば、以前のような良い循環を戻せるかもしれない!
「炎上の理由を調べました。ちゃんと謝れば大丈夫です! 頑張りましょう! もう僕は――友達として腐っていく野々村さんを見てられないです!」
「…………うううううぅうう!! 私だって分かってるよぉ……! このままじゃ駄目なのは! お金も稼げないし、でも働きたくないし……! うううううう嫌だぁああああ!! 嫌すぎるよぉおぉぉおおお……!!」
「…………………………」
頭を抱えてポロポロと涙を流す彼女に、少し冷静になった。
親しき仲だからこそ叱咤が必要だと心を鬼にしたけど、まだ彼女の心の傷は癒えていないのかもしれない。だとするとトラウマを抱えた彼女に強く言うのは間違っていたかもしれない。もし配信活動に嫌になっていたのなら、野々村さんを追い詰めるかのような発言は良くなかったのでは――
「うう……謝りたくないよぉおおお!! 私悪くないもん! 誇張して燃やしたネット記事が悪いもん! 悔しい……悔しいよぉおおぉお!! SNSで謝罪したじゃん! なんでまた炎上してんのさぁ!」
……お、なんか大丈夫そうだ。このテンションはいつも配信の時と同じ感じだ。
そうだった。自己評価は低めだけど、彼女は負けず嫌いでもあったんだった。
「悔しいですよね? 納得いかないですよね?」
「悔しい!! 納得いかない!!」
「見返したいですよね? まだまだ頑張りたいですよね?」
「うん! 見返したい!! うん! 頑張りたい!」
「だったら世界中のみんなを見返してやりましょう! 大丈夫です! 野々村さんは世界一面白いです!」
「うん…………! 私、このままじゃ絶対負けらないよぉお! 活動再開するううう!!!!」
チョロすぎワロタ。もっと早く焚き付けたら良かった。
野々村さんは力いっぱい手に持った缶ビールを机に叩きつけると、拳を天井に突き上げて大きく叫ぶ。
「活動!! 再開!!」
「活動!! 再開!!」
手拍子を叩いて合いの手を入れる僕。今は調子に乗らせるだけ乗らせておこうと思います。
「活動!! 再開!!」
「活動!! 再開!!」
「活動!!」
「再開!!」
「活動?」
「再開!!」
「「いえぇぇぇぇぇええ――い!」」
バチーン! 強いハイタッチ。酔ってるとはいえ、何だこの馬鹿過ぎる会話は。
何が特段変わったこともないけれど、決心を決めて明らかに振り切れた野々村さんは、その場で小躍りして――
「ううぅううううううぅう…………! やば吐く!!」
「あ、この袋に吐いて下さい」
予め持っていたビニール袋という名のゲロ袋を彼女に手渡す。
悲しいことに、この二週間でいつの間にか彼女本人よりゲロが出そうなタイミングを把握できるようになっていた。
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