第7話 一夜明けて

 

――数日後。


 学校が終わって自宅に戻って丁度晩御飯を作っている時に――ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。ちなみに壊れた鍵と鍵がめり込んだドアノブは、次の日に業者に頼んで取り合えて貰った。今回は破壊してやろうという悪意が感じられなかったため、全額大家さんが負担してくれた。むしろ申し訳なさそうに謝られて何だか居たたまれない気になった。


「ん? 誰だろう?」


 僕はキッチンの火を消して玄関へと向かう。まだ自宅を教えるほど仲良くなった友人がいないため、チャイムを鳴らす人はかなり限られてくる。まぁ、十中八九何らかの郵便物か何かのセールスだろう。


 特に深く考えずドアスコープを覗くこともなく僕は玄関を開ける。

 お隣さんだった。

 心臓が止まるかと思った。


「――っっっ!?」

「…………や、やほっ」


 そう言うと、お隣さんはぎこちなく笑った。もはや笑うというか口角を上げているだけだ。本人としては軽いノリで接したいのだろが、数日前よりも明らかにゲッソリした顔で引きつった笑みを浮かべてやってきたら、推しとまた会えた嬉しさよりも心配さが勝ってしまう。


「どうしたんですか? ……あ、えっと……お隣さん」


「あ、そういえば私の名前まだ言ってませんでしたね……。『野々村ののむら 四恩しおん』って言います。ま、まぁ……私のようなゴミの名前なんか別に覚えなくていいですよ……へへっ」


「そんなことないですよ! 野々村さんですね! ちゃんと覚えました!」


「…………………………」

「…………………………」


 気まず! ってか何しに来たんだ!? さっきから全然目が合わないし、何か言いたげであるもののずっともじもじしている。背丈は僕より大きいのに、まるで僕の視線から身を守るかのように背中を丸めて申し訳なさそうに足元に視線を落としていた。


 生配信の姿――『奈々丸なこ』の時は、愚痴や上手くいかない人生への嘆きと言ったネガティブな発言が多かったものの比較的明るかった印象だったけど、もしかしてあれは配信だからテンションを上げていたのかな? ……と一瞬思ったけど違うわ。生配信の時はお酒を飲んで酔っ払ってるから元気だったんだ。


 そもそも数日前、ネットで死ぬほど炎上して滅茶苦茶ヘラっていたのを思い出した。お酒を飲んだらすぐ元気になったから忘れていた。


 ……となると、今の人見知りの擬人化みたいな姿が野々村さんのシラフの姿なのか……くそぅ。これはこれで可愛いからズルい。

 そんな苦しい沈黙がしばらく続き、


「……………………ううっ」


 野々村さんの目に溜めた大粒の涙がポロポロと流れ落ちた。


「ど、どうしたんですかっ!?」


「ご、ごめんねっ……。私、ウザかったよね? 向かい合って会話するのが久しぶりで……あんまりにも楽しくて迷惑たくさんかけちゃった……。ごめんね! 本当にごめんね!」


「……………………」


 その発言の方がめんどくさいという本音は黙っておくことにした。


「ううっ……。わ、私っ! すーちゃんが男の子とか女の子とか関係ないからっ! だから……どうかっ! 私のこと嫌いにならないで……! こ、これっ迷惑代! だからまたお喋りしよ……?」


 そう涙を服の裾で拭いながら手汗でクシャクシャになった封筒を僕の手に握らせようとする。


 封筒の中身を見ると、十万円が入っていた。つい数日前は一万円で許して貰おうとしたし、この人何かとお金で解決しようとするな……。


「Vtuber始めたのも、お喋りする相手がいなくて寂しかったからなの……! だからお願いっ! 私と『お友達』になって下さい……! お、お金ならいくらでも出すからっ!」


「……………………」


 高校生相手に、涙で顔をグシャグシャにしながらお友達になって下さいと懇願する29歳独身ボッチの姿が目の前にいた。挙句の果てにお金で友情をレンタルしようとしていた。


 そんな彼女が――


「………………かっ!」


 可愛すぎるっっっっっっ!!!!

 推しが可愛い。可愛すぎる!! 


 不器用で性格があまり良くなくてメンヘラでお酒が無いと精神的に不安定でボッチで寂しがりやで、すぐ泣くし死ぬほど炎上するし迂闊で自己肯定感が低いから他人に褒められたくて仕方が無い――


 そんな可哀想で可愛い『推し』が愛おしくて仕方がない!!

 そんな彼女と知り合えたなんて、僕は何て幸せ者なのだろうか!!


「もちろんです! 何だって僕はあなたの推しなんですから!」


 僕は愛おしさのあまり、泣き崩れる寸前だった野々村さんの手を強く握った。


「とりあえず、お腹空いたんで一緒に晩御飯食べません? 甘口のカレーは嫌いじゃないですか?」





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