第4話 推しの中身と一泊することになりました④


「ねぇねぇねぇ。すーちゃんすーちゃん!」

「す、すーちゃん……?」


「鈴森ちゃんだからすーちゃん! えへへ。人の一緒にお酒飲むなんて久しぶりで嬉しいな! すーちゃんも飲む?」


「未成年にお酒を勧めないで下さいよ……あと、ちょっと夕方から飲み過ぎじゃないですか?」


「んふふー? 心配してくれるのー? うりうり。可愛いヤツめ。こんな愛いやつにはなでなでの刑を与えてやろうぞよ」


 アルコールが全身に回る――言わば酔った状態になったお隣さんは、先ほどまでの落ち込み具合から一変、常にニコニコと口角を上げて、いつの間にかおつまみと多種多様の比較的アルコール度数が高めなお酒が机いっぱいに並べられていた。それをニコニコしながら凄まじい速度で消費していく。どんな情調しとんねんと心の中でツッコミつつ、あははと笑いながら彼女の機嫌を良くさせるために適当に話題を振ったりしていた。


 まだ名前も知らないお隣さんの顔が急速に接近し、伸ばした手でワシワシと僕の頭を撫でる。上半身をこちらに傾けているせいで、ショッキングピンク色のパジャマの胸元から発育の暴力のような胸部がゆらゆらと服の中で揺れているの気づきとっさに目を反らす。


 ずる過ぎる。今日初めて話した人に頭を撫でられたら不快に思うはずなのに、そんなニコニコとしかも胸までサービスしてくれたら嫌な気分になれないじゃないか!

 くそぉ! 見た目の良さが彼女の残念さを見事に帳消し……とまではいかないものの、個性と言える範疇まで抑えられている。


「あーおしゃ美味しい♪ おつまみ美味しい♪ そうそう幸せなんてこれで十分なの! 人間なんて所詮、美味しいもの飲んだり食べたりするために生きているんだから! だからネットの炎上なんてどうでも……ううぅうぅう……! まだ酔いが足りなぁ! 記憶を……私の記憶を頭の中に消さなきゃ……!」


 ニコニコと満面の笑みを浮かべながら、ポロポロと彼女は大粒の涙を流す。クール系美人という最初のイメージは、子供のように喜と哀をコロコロと入れ替える彼女の表情により完全に瓦解した。……悔しいことに嫌いじゃないギャップだ。彼女の笑顔にドキリとしている自分がいることは否定できない。なんか悔しいから絶対に口に出さないけど!


「んふふ♪ 高校を卒業してからしばらくは友達と飲み会できたけど、29歳になった今は結婚したり仕事が忙しいやらで完全に縁が切れちゃいましたー! イエーイカンパーイ! 私が現実逃避に酒を浴びてる間に子育てしている友人がいるって思うと何だか笑えちゃいますね! あ、ちがうこれ顔が引きつってるだけでした! ちなみに私の妹はもう二人目のお子さんがいます!」


「その自虐どんな表情で受け止めたらいいんですか……」


「どうか笑ってやって下さい! 自殺未遂酒カス大人をどうか反面教師として役立てて下さい! ……あ、ととのいました! 『もうすぐアラサーになる私とかけまして、禁酒が三日も続かない駄目な私とときます!』」


「そ、その心は……?」


「どちらも『婚期(根気)』が無いでしょう! あははははははははは!! ほぅら座布団全部持ってけー!」


 なんて悲しい大喜利! もうこれ自虐を超えて心の自傷行為だろ!


 酔っ払い特有の脈絡ない会話に振り回されている僕。おかしい。めんどくさいな思いつつも不思議と嫌な気がしないんだよな。


 この出力しか求めていないようなやけくそな会話、ちょっと面白いだよな……。それに何だか馴染みがあるような……。


 馴染みがあるというか、居心地が良いというか――何だか直近で死ぬほど炎上しているVtuberとノリが全く一緒なんだ。


 まるでいつも画面越しで聞いていた飲んだくれの戯言を直接目の前で聞いているような――


 ………………というか、


 さっきから薄々思っていたけど、声も話す内容も雑談で話していた好きなおつまみの話も、挙句の果てには二人目のお子さんがいる妹の話も――Vtuber『奈々丸なこ』と全く同じ話してしていたのを確かに記憶していた。


 ってかさっき炎上とか口に出していたし……もう状況証拠だけで言い逃れ出来ないほど彼女が『奈々丸なこ』であると証明していた。 


 後はもう、僕が認めるだけなのだけど――いいのか!? それはつまり、ファンとしての一線を越えて知り合いになるってことだぞ! 僕という人間が認知されるんだぞ!!


 気づかないままでいることはもう手遅れであるが、気づかなかったことにすることは――奇跡的に『奈々丸なこ』に似た三次元がいたと無理矢理疑問を締めるのも手段の一つではないのか……? まだ彼女達を繋ぐ線は確定していない今だからこそ出来る荒業!


 ……うん。その方がいい。僕は何も気づいていない。いいね?


 Vtuberと視聴者の関係と言うのは距離感が非常に大切だ。決して交わらないからこそある誰にも話せない交流や信頼関係があるのだ。


 僕はそれを守ろうと――


「ねぇ聞いて聞いてすーちゃん! 私『奈々丸なこ』って名前で配信活動してるんだけど、さっき死ぬほど炎上しちゃって! どーしよー!! どうすればいいかな?」


 ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!!!

 線と線が完全に繋がっちまった! ってか知らねぇよ! とにかくお気持ち表明すんな!!!!


 頭を抱える僕を、何も知らない彼女――『奈々丸なこ』は可愛く首を傾げた。


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