第2話 推しの中身と一泊することになりました②


 この炎上騒動を覆さんと決死の長文で放った『奈々丸なこ』のお気持ち表明は、見事炎上が消火され――る訳は当然なく、結果としてはホットな話題にさらに燃料を追加する悪化の一方を辿った。


 というのも、企業に所属していない彼女は文章を添削することなく今の気持ちを赤裸々にダラダラと書き連ねたただの感想文になっていた。


 とにかく言う必要の無い言い訳が巧みに文章の隙間に散りばめられており、最後まで読んでも結局何を伝えたいのか分からないというマイナス百億兆点の素晴らしきお気持ち表明でした。逆にすげぇよ。もう踏める地雷ないんじゃないのか?


 その見事過ぎる彼女の自爆に僕は心の中で敬礼し、僕は遅めの昼食をとることにした。もうここまで燃えたら逆に笑えてきた。


 ……いやまぁ、らしいっちゃ彼女らしいだよなぁ……。だから別に失望とかは無いけど、ゆっくりでいいから安静にして元気になったら戻って来て欲しいなとファンとしては思います。


 そんな事を考えながら、冷蔵庫から昨日残った肉じゃがが入ったタッパーを取り出し、電子レンジで温める。ついでに取り出した麦茶をコップに注ぎながら、固まった体を背伸びをしてほぐす。推しが死ぬほど炎上しようが今日も今日とて腹は減る。


「さて。遅くなったけどせっかくの休日だし何かしようかな?」


 時計を見ると昼の三時。特に予定は無いけどこのまま何もしないのは何だか勿体ない。僕はスマホのメモ帳を立ち上げ、以前記入した買いたいものリストを眺める。あーそうだハンガーが折れちゃったんだった。買いに行くかぁー。


 実家から遠い高校に通うために始めた一人暮らしも、一年も経てば随分と慣れた。元々自炊や掃除と言った家事が嫌いじゃなかった僕は一人暮らし適正があったらしく、それなりに楽しく過ごせていた。毎日外食しても余裕で足りるぐらいの仕送り金で生まれる心のゆとりもかなり影響していると思われる。実家が太くて良かったぁ!


 それに一人暮らしになったおかげであの趣味を思う存分出来るって訳で……僕は背後のタンスを一瞬だけ視線を向けた後、温かくなった肉じゃがを口に含む。


 遅めの昼食を終え、僕はタッパーを洗い場で軽く水で流し、外出のために服を脱ぐ――。


 そんな矢先だった。


「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁあ!!!!!! もう死ぬぅぅぅぅうぅうう!!! 死んでやるぅうぅうぅぅぅぅぅぅぅうう!!! ってか死ね!!! 私を肯定してくれない奴はみんな死ねぇえぇええええぇえぇぇぇええぇええええ!!!!」


 そんな世の中を呪う絶叫が、確かに隣の部屋から聞こえて来た。


 初めての経験に手に持った衣類を驚いて落としてしまった。防音設備がそれなりにしっかりしているマンションなため、物を落とした音とかが隣から聞こえてきたりは今まであったけど、ここまではっきりと人の声が漏れてきたのは初めてだった。


 言葉の内容までは分からなかったけど『死ぬ』やら『死ね』などは確かに聞き取れた。


 こんな絶叫はよっぽどのよっぽどである。絶叫の内容も内容だし、僕の頭に『強盗』という物騒な言葉が過る。


 明らかに事件性のある悲鳴だった。僕は急いで服を羽織ると、居ても立っても居られなずもしもの出来事でない事を祈りながら玄関を出た。


 手にはいつでも110番できるようにスマホを構えながら、恐る恐るお隣の部屋のチャイムを鳴らす。確かお隣には女性が住んでいた筈だ。会話はしたことないけど、何度かすれ違う時に軽く会釈をしたことがある。


 僕の勘違いだったら勘違いで別に構わない。そんな気持ちで鳴らしたチャイムであったが、特に返事もないまま時間だけが経過していく。事件である可能性が少し上昇し緊張で指が震え始めた。


「す、すいませーん! 大丈夫ですか……?」


 ゆっくり、ゆっくりと玄関のドアノブに触れる。……動く? 鍵はついていないのか?


「お隣の鈴森です! 大きな声が聞こえましたけど、大丈夫ですか? あの、救急車は必要ですか……?」


 待てども待てども返事はない。仕方が無い。本当はいけない事なのだけど、僕は鍵のかかっていない玄関を少しだけ開けて、隙間から内部の様子を伺い――


「うううううぅぅぅぅぅぅぅぅうぅうううぅう………………!!!!」


 号泣しながら包丁を喉元に向けるお隣さんの姿が目に飛び込んで来た。


「ぎゃ――――――――!!!!!! なにやってるんですか――――――!!!!!!」


「うううううううううううううううううううううう!!!!! 絶対死んでやるうぅうぅうぅぅぅぅううううう!!!!!! アンチは私が死んで嫌な気持ちになればいいんだボケカスボケぇぇえぇえええ!!!!!!」






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