一章 残念過ぎるお隣さんの話
第2話 推しの中身と一泊することになりました①
僕――
「おいおい……! 頼むよぉ……」
そんな誰にも届かない嘆きを呟きながら、SNSで反響を呼んでいる『アレ』に関連するつぶやきを監視して、世論がどのように傾いていくかハラハラとしながら動向を窺う。
……皆々のつぶやきの感想をザックリ集計すると、批判9割逆張り1割って感じ。……つまりほぼ批判一色。しかも内容が内容だけに、僅かにいる逆張りの奴らもただ茶化したいだけの様子でとても味方とは思えなかった。
休日の昼間だと言うのに、トレンドランキングは『アレ』の話題でぎっちりと埋まっている。
「あああぁぁああぁぁぁあああぁ…………!!」
端的に言うならば炎上である。僕が長年視聴していた『推し』が死ぬほど炎上していた。
恐ろしくポジティブに解釈すれば、バズッたとも言えなくもないのかもしれないが、当の本人――絶賛放火されている本人は炎上してからSNSの更新がピタリと途絶えていた。ファンとしては本人のメンタルが心配される。推しが提示してくれたスケジュールではもう既に配信が始まっている時間であるが、それどころじゃないのは推しの最新動画に荒らしコメントがズラリと並ぶ現状が痛いほど証明していた。
まぁ、こういった炎上は動けば動くほど火柱が大きくなるというのは相場で決まってるので、だんまりを決め込むというのはかなり良い選択だと思われる。火事現場に水をぶっかける行為が危険なのは現実もネットも同じである。
所詮人の噂や盛り上がりなど一時的なものだ。特に今やありふれたVtuberの炎上など、新しい話題が出ればすぐに忘れ去っていくだろう。炎上の最大の対策は風化である。燃やす燃料が無くなれば自然と火は消える。今だって出来る事なら視聴してない奴らが適当にほざく批判にリプを飛ばして喧嘩したくてたまらないのをグッと堪えている。賛否がある方が話題は盛り上がるのはネットの歴史から学んでいる。
「頼む……早く風化してくれぇ……」
推しの名前は――『
猫の惑星の王女様だとか語尾に「にゃ」をつけがちとか最初こそは何か設定らしきことを話していたけど、声が地声に近づいていく内に死に設定になっていった。うん。実にVtuberあるあるである。
配信では主に雑談が中心で、同時視聴数は100人いくかいかないかという弱小と中堅の間だろうか。つい最近登録者数が一万人を突破したって喜んでいた。企業に属していない。
基本的というかほぼ毎回、酒を片手にくだらなくて最高に面白いお喋りをしてくれて、僕はその雑談をラジオ替わりに勉強や作業をするのが日課だった。ちなみに学生服を着ているのに無類の酒好きな彼女は酔いが進むにつれて呂律が回らなくなり、もっと私を褒めろとイイネの強要する嫌なノリの人になるので程々で視聴を止めるのがお勧めである。この辺は本人の記憶に残らない部分なので、一生同じ話をしているし。あと普通に性格が悪いのが隠しきれてない。推しだからと言って全てを許容する必要はないし。
思った事を深く考えずとりあえず口に出してしまうのは彼女の良い所でも悪い所でもあるのだけど、今回の炎上では完全にこれは悪く出た結果と言えるだろう。
『あ、そういえばこの前さぁ、私の視聴者を外で見つけたよー! ラーメン屋に並んでたら前の人が私の配信のアーカイブを見てた!!』
数日前の配信で、嬉しそうに彼女は嬉しそうに語っていた。配信が始まってだいたい一時間半程。良い具合に酔いが進んでいる頃の出来事だった。
そして事件が起きた。
『アレだったよ! アレそっくりだった! ほらチー牛ってやつ! チーズ牛丼食ってそうな顔にそっくりだった!! ぎゃははははは!! ラーメン屋にもいるんだねー!』
……ファンとして一応弁解しておくと、彼女は決して視聴者の外見を貶すために言った発言じゃないんだ……! 頼む信じてくれ。悪意なく本気でそうだったから素直に発言してしまったのだ。恐らくその言葉に蔑称が含まれているのすら分かっていない。
許してやってくれ……! 彼女は致命的な発言が多くて性格がそこそこ悪くて見栄っ張りなだけなんだ……!
僕は「うわぁ……やっちゃってるなー」と思っただけですぐに忘れたけど、問題なのはその一連の発言が切り抜かれSNSで拡散され始めたのだ。
デリケートな話題にSNSでは様々な思想の人で口論が勃発し、遂には『【悲報】Vtuber ファンをチー牛と馬鹿にするwww』とネット記事に進出。有名インフルエンサーもその話題をつぶやきさらに拡散していった。
だけどまだギリギリここまでだったら耐えてた! 企業所属だったら謝罪文は出てたと思うけど、少なくとも奈々丸なこを好きな人だったら深く考えず発言したんだろうというのは察せられるからだ。本当に大切なファン層は減らない筈……。
――そう思った矢先、さらに事件は起きた。
『奈々丸なこ』の裏垢が流出した。
というのも、彼女を批判するつぶやきに必ずレスバ仕掛けてくる『ただの猫』というアカウントが存在することが分かったのだ。最初はただのファンだろうと思われたが、スクショで撮ったアマゾンの画像に写った住所電話番号を含む個人情報が、同じく『奈々丸なこ』のアカウントでスクショして写った個人情報と一致していた事で見事裏垢がバレる始末となった。
住所と電話番号と裏垢バレ。ついでに裏垢でつぶやいたよそのVtuberの悪口がごっそりバレて「こいつ、普通に性格が悪い」と再び炎上。重ね重ねの悪手のせいで終わってるVtuberとして現在進行形で話題沸騰中なのであった。
「まぁ、いつか炎上すると思ってたけど、ここまで燃えるとは……」
悪意はないだけどなぁ……。ただ、絶望的に性格が悪いだけで。
「頼む……これ以上何もしないでくれ……! これ以上は消し炭になってしまうぞ……!」
そう祈りながらつぶやきが見れるSNSを徘徊していると、ポコンと新しいつぶやきが更新された。
奈々丸なこのつぶやきだった。
読書感想文かと思うほどの長文だった。
「ギャーー!!!! お気持ち表明だ――!!!!! やめろ――――!!!!!!!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます