05
◇
もどかしい気持ちを抱えている。言葉にしようもない気持ちを抱えている。何かしら携帯に文章を打ち込んで表現したい。誰かに発散することのできない気持ちを、メモ帳に並べたくなった。
今日、大学に来た用事はこれだけで、私はもう帰るしか道はなかった。これ以上にこの場所にとどまっても意味はないし、風邪をひいているのだから、具合の悪いものはそれらしく家に帰るべきなのである。でも、家に帰ったところで何かがあるというわけでもない。
家に帰ったところで、孤独であるという状況や環境が変わるわけじゃない。それであったら大学で関わってくれるかもしれない人と一緒に過ごしていた方が自分のためになるような気がする。……嘘だ、そんなことを思ったときなんて一度もない。
人とのかかわりは面倒が多すぎる。感情なんて介在させたくないのに、人と関わるだけ感情は募って消えることはない。そして、信頼や裏切りを抱えて生きていくこの世界に、本当に私は生きることが向いていない。
誰かが私を知っているわけがない。私のことを知っている誰かがいたとしても、それは大学上での私でしかなく、それ以上に発展することなどはない。すべては仮初のものでしかなく、結局は人とのかかわりの中にいたとしても、私が孤独であるという事実は変わりがないのだ。
それに比べて、周囲はずいぶんと行きやすいように生活を繰り返している。
私は大学から出た校外のバス停の方に並んだ。最近になって出来上がった立派なバス停の待合場所では、私と同じ大学生が数人ほど並んでいる。その組は男女、女女、男男とそれぞれの組で、孤独でいる人間は誰もいなかった。
待っている傍ら、私はイヤホンをつけて呆然とした。曲でも流せばいいのに、そうすることを忘れて、組になっている人たちの雑談に耳を傾けていた。でも、数人の声が一気に情報として頭に入ってくる感覚に疲れてしまって、私はスマートフォンで音楽を流した。その音楽を知っている人はきっと私だけだった。
癒される気持ちになるわけでもなく、ただひたすらバスが来る時間を待つだけ。スマートフォンを白い景色の中で弄る元気も沸いてはこなくて、世界が晒してくる冷たさから逃げるように、両の手をポケットの中にしまい込んだ。布越しに伝わる冷えた指先の温度が身体に触れて不快感を覚える。一瞬だけ唇を強く感じてしまった。
早く、バスがくればいい。遅く来たとしても変わらないけれど、せめてより一人であるということが分かればそれでいい。安心感が生まれる。人がそばにいると、どうしたって孤独を感じて仕方がなくなる。人のことを求めているわけでもないのに、どうしてか人がいると自分の状況がよりみじめになって苦しくなるのだ。
そんな憂いを抱えながら時間を過ごす。聞いている楽曲がループし始めた。一曲リピートにしていることに気が付かなかった。別にいいか、どうでもいいから。私はそうして退屈な時間を退屈なままで過ごしていた。
◇
大学内で関わってくれる人の大半は優しい人ばかりだと思う。去年の四月ごろ、人間の区別というものはされず、それぞれがそれぞれで、人に対して関心を持っていた時期があった。私はそれを浮かれているな、と思った。
一年生だけがとる授業の中で席が近くになれば話しかけてくるものがいた。軽い自己紹介を挟んだ後、軽率な行いを再現するように連絡先を聞かれた。私はそれにどのような対応をしたのだろう。思い出すことが億劫になるのは、今となってはもう関わっていない人だったからかもしれない。
灰色の空は夕焼けを飾ってはくれない。白い色だけを世界にコントラストとして与えてくれている。バスが揺れながら見せてくれる者層の奥には削られたアスファルトがよく見える。小学校の付近を見て、帰り際の黄色い帽子を付けた小学生が、友達らしき人影と雪玉を作って遊んでいるのを見かけた。
私にはそのような時期がなかった。そもそも、私が住んでいた地域に雪が降ることなどはなかった。温暖だった、というのもあるかもしれないけれど、周囲には山が重なっていて、雪雲が地域一帯を覆うことがなかった。だから、私は雪遊びに励んだことはない。きっと、一度だって。思い出せる限りには。
きっと、それ以上に私は人と関わる選択肢をとってはこなかった。それはそうだ、だって面倒でしかないのだから。苦しいものでしかないのだから。関わってしまえば心労が募る。それが私だけであればいいのだけれど、私の所為で相手にも負担がかかってしまう。そのような状況が嫌で、ずっと昔から人と関わることを避けてきていた。通知表には協調性が欲しい、という旨の所見が書かれていたことは印象に深く残っている。
でも、それこそが協調性なのでは、と高校生の時の私は思っていた。
人に迷惑をかけることもなく、迷惑をかけられることもない。参加するべきところでは何かしらで参加をしていたし、誰かが迷惑になるようなことをした覚えは一度もない。だから、小学生の時の通知表を引っ越すときに見つけた私は、少しばかりの憤りを覚えたものだ。
この思いが誰かに伝わることはない。伝えることはない。今は遠くで過ごしている両親に対してだって話せるわけもない。話す気力もない。これまでもこれからも、いつまでも変わらないままで私はこの人生を終わらせるのだろう。それが大学という中で完結するか、それともその先にある社会の中で完結するのかはわからない。行きつく先を想像することができない。どうでもいいかもしれない。将来のことなんて想像するだけ苦しくなるのだから、きっと考えない方がいい。
はあ、と息を吐き出した。そろそろ次の曲が始まる。
私はバスの空調で温まった指先を使いながら、私が好きになれそうな曲をランダムに再生した。
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