第一章 第2話:マリーアの店での新たな一歩
マリーアに支えられながら街へ向かう道すがら、ルシアンは周囲の風景を観察していた。土の道、素朴な服装の人々、そして時折見かける馬車や荷車。喧騒の中には聞き慣れない言語も混じっているが、なぜかその意味は自然と理解できる。不思議な感覚だ。
(まるで中世のヨーロッパだな。それも少し脚色された……いや、リアルな現実感がある。これは夢じゃない。現実だと認めざるを得ないか。)
ルシアンは意識を集中し、状況を整理しようと努めた。経営者として身に染みついている冷静な判断力が、動揺を押し込める手助けをしていた。
(まずは情報収集だ。この女性……マリーアと言ったか、彼女の信頼を得るのが先決だな。それにしても、ここがどのような世界なのかもわからない以上、下手なことは言えない。自分の立場を曖昧に保ちながら、周囲の様子を掴む必要がある。)
彼はちらりと隣を歩くマリーアの横顔を見た。その穏やかな表情には、どこか彼を安心させるものがあった。
「ここは思った以上に活気がある街だな。」
ルシアンがそう口を開くと、マリーアが微笑んで応じた。
「ええ、ここは交易の拠点だから、人も物も集まりやすいの。商人たちが多いから、賑やかなのが特徴ね。」
彼女の言葉に頷きながら、ルシアンはさらに問いを重ねた。
「……そういえば、この国の名前を教えてくれないか?」
「え?テリオス王国よ。知らなかったの?」
マリーアは少し驚いた様子だったが、ルシアンは微笑みながら肩をすくめた。
「旅をしていたんだが、最近少し記憶が曖昧でな。疲れが溜まっていたのかもしれない。」
彼の言葉に、マリーアは心配そうに眉をひそめた。
「そう……それなら、ちゃんと休まないと。街に着いたら、私の店で少し休んでいって。」
「助かる。」
ルシアンはその優しさに感謝しつつ、内心では安堵していた。下手なことを言って警戒されるよりも、この調子で情報を小出しに聞き出すほうが賢明だろう。
やがて、二人は街の中心へとたどり着いた。道はさらに賑わいを増し、露店や屋台が所狭しと並んでいる。パンや果物を売る声、鍛冶屋が金属を打つ音、そして市場を行き交う人々の喧騒が耳を満たしていた。
「ここが私のお店よ。」
マリーアが指差した先には、石造りと木材を組み合わせた二階建ての建物があった。入口には「アルスト雑貨店」と書かれた看板が掲げられ、棚には色とりどりの商品が並んでいる。
「立派な店だな。」
「ありがとう。でもそんなに大きな店じゃないから、生活するのに精一杯なの。」
彼女は控えめに笑いながら、店のドアを開けた。
店内は整理整頓され、手作りの石鹸や布製品、小さなアクセサリーなどが整然と並べられている。木製の棚と柔らかな陽光が温かい雰囲気を作り出していた。
「ほら、ここに座って。」
彼女はカウンター奥の小さな椅子を指差し、ルシアンを座らせた。
「水を持ってくるわ。それから……お腹、空いてる?」
「正直言って、かなりな。」
「そう……それなら簡単な食事を用意するわ。」
彼女が奥に引っ込むと、ルシアンは店内を見渡した。並べられた商品の種類と配置、客の導線を考えたレイアウトなど、商売のセンスを感じさせる。
(この規模でここまで整っているとは。彼女、商才があるな。)
冷静に分析しながらも、どこか懐かしい感覚を覚えた。自分が経営していた会社のオフィスや店舗に通じる何かが、ここにはあった。
少しして、マリーアがスープとパンを運んできた。
「お待たせ。大したものじゃないけど、食べて。」
「ありがとう。」
ルシアンはスープを一口飲み、温かさと優しい味わいに思わず目を細めた。
「美味しい。」
「よかった。少しでも元気が出ればいいけど。」
マリーアはほっとしたように微笑んだ。その笑顔を見ながら、ルシアンはこの世界での第一歩を踏み出す覚悟を改めて固めた。
(まずはここで信頼を得る。そして、この世界の仕組みを理解するんだ。ビジネスは情報戦。それはどこでも変わらないはずだ。)
異世界での新たな戦場が、ルシアンの中で静かに始まろうとしていた。
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