第一章 第1話:新しい世界、そしてマリーアとの出会い

目が覚めた瞬間、神崎悠一は全身に違和感を覚えた。

硬い土の感触が肌に伝わり、耳には鳥のさえずりと風に揺れる草木の音が響いている。


彼が慣れ親しんだ都会の音、オフィスの空調の微かな低音や車のクラクションなどの喧騒はどこにもなかった。代わりに感じたのは、どこか懐かしく、それでいて不安を掻き立てる静けさだった。


「……ここは……どこだ?」


空を見上げると、遮るもののない広い青空が広がっている。澄み切った青さは日本で見たものよりもずっと深く、吸い込まれそうなほどだ。


周囲を見回すと、生い茂る草木の向こうに、小高い丘の上に建物が立ち並ぶ街が見えた。煙突からは薄い煙が立ち上り、人々の生活の気配が漂っている。


「……これは夢か?」


立ち上がろうとしたが、体が重く、思うように動かない。見下ろすと、自分の体が明らかに変わっていることに気付いた。生前、彼は34歳という若さで企業を成功させた天才経営者であり、ストイックな生活習慣と鍛錬によって引き締まった筋肉を持っていた。しかし、今目に映る自分の体はどこか華奢で未成熟。あどけなさすら残る若い体つきに変わっていた。


さらに、身に着けているものは薄汚れたシャツとズボンだけだ。


「……どういうことだ……?」


混乱しながらも立ち上がろうとするが、足に力が入らない。倒れ込むように地面に座り込んだその時だった。


「ちょっと、あなた、大丈夫?」


澄んだ声が耳に届き、神崎は顔を上げた。視界に入ったのは一人の女性だった。


栗色の長い髪を三つ編みにし、健康的に日焼けした肌。身に着けているのは粗末だが清潔感のある麻のエプロンドレスだった。年齢は17歳くらいだろうか。青い瞳が印象的で、その瞳は心配そうにこちらを見つめている。


「えっと……怪我はしていない?顔色が良くないけど。」


彼女はしゃがみ込み、神崎の顔を覗き込む。その優しげな表情と真剣な瞳が、なぜか胸の奥に温かいものを灯した。


「いや、大丈夫……多分。」


そう答えたものの、実際には全く自信がなかった。彼女は神崎の腕をそっと掴み、力を込めて引き起こそうとした。


「そんな状態で『大丈夫』なんて言われても困るわ。とりあえず立てる?」


「……やってみる。」


神崎が足に力を込めると、彼女が支えながら立たせてくれた。しかし一歩踏み出そうとすると、足が震えてまた座り込んでしまう。


「やっぱり無理そうね……仕方ないわ。」


彼女は困ったようにため息をつき、神崎を支え直した。


「名前を聞いてもいいかしら?」


その問いに、神崎は少し戸惑った。この世界で自分をどう名乗るべきか。しかし、ふと、自分が築き上げた会社「ヴェルステッド」と、その代表商品「ルシアン」を思い出す。それはかつての自分の象徴でもあった。


「……ルシアン・ヴェルステッド。」


少しの沈黙の後、彼は新たな名前を口にした。


「ルシアンね。私はマリーア・アルスト。この街で雑貨店を営んでいるの。あなた、家はどこ?」


「……わからない。」


その答えに、マリーアはさらに困った顔をしたが、次の瞬間にはにっこりと微笑んだ。


「わかったわ。とりあえず、私のお店に来て。休まないと話もできないでしょう?」


「いや、そんな迷惑を……」


「迷惑なんて言わないで。これ以上ここにいると、日が暮れて危ないわ。それに、私が見捨てたら、気分が悪くて寝られないもの。」


彼女の言葉に押される形で、ルシアンはマリーアの店へ向かうことになった。

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