異世界転生CEO ～陰謀と欲望を超えて王国を制す～

プロローグ：運命の終焉と始まり

東京の夜景は、どこか冷たく輝いていた。

高層ビルの最上階にある広々とした社長室で、神崎悠一は一人デスクに向かっていた。背後の窓ガラスには、煌びやかなネオンと、手元に置かれたグラスの影がぼんやり映り込んでいる。

「これで三期連続、最高益か……」

薄い笑みを浮かべながら、悠一は報告書を無造作に机へ放り投げた。

34歳という若さで経営の頂点に立った天才。それが世間が神崎悠一を語るときの定型句だった。しかし、本人にとっては「頂点」など形ばかりのものだった。業績を上げ、企業を拡大することに没頭した結果、家族との絆はすでに断ち切れ、友人と呼べる者もいない。愛を語る相手も、過去のどこかに置き去りにしてきた。

悠一はグラスを手に取り、静かに酒を飲み干した。強いアルコールの刺激が喉を通り過ぎても、心に残るのは虚しさだけだった。

「……結局、俺がやってきたことは、金を動かすだけの人生だったのか？」

苦笑ともため息ともつかない声が漏れたその瞬間、デスクの電話が震えた。誰もが深夜に掛けることをためらうこの番号に、容赦なくかけてくる者など限られている。

「はい、神崎です」

相手は投資先の幹部だった。取引先で不穏な動きがあり、対処を求めてきたのだ。

「分かった。俺が向かう」

悠一は電話を切ると、疲れた表情を浮かべながらもスーツの襟を正し、オフィスを後にした。

その時はまだ、自分が二度とこの部屋に戻ることはないことを知らなかった。

夜道を走る車の中、悠一はバックミラー越しに自分を見つめた。

「……俺は何を守ろうとしてる？」

ふと、何もかもが虚しく感じられる。それでも仕事に身を投じ続けるのは、それが彼にとって唯一の「意味」だったからだ。

しかし、その夜の道は悠一に新たな未来を与えることになる。

交差点を曲がろうとした瞬間、遠くから突如現れたトラックがライトを輝かせながら猛スピードで突っ込んできた。

「──ッ！」

反応する間もなく、激しい衝撃音とともに視界が真っ白になる。そして、全ての音が遠ざかり、静寂が訪れた。

「……え？」

目を開けた悠一は、見慣れない風景に包まれていた。青空が広がり、周囲には木々と草原が広がっている。スーツの感触も、デスクの冷たい感触もなく、代わりに土の匂いが鼻をかすめる。

「ここは……どこだ？」

自分の身体を見下ろすと、かつての筋肉質でスーツを着こなした男の姿ではなく、10代半ばの少年の姿になっている。

記憶は鮮明だ。神崎悠一としての記憶、東京で築き上げたもの、そして失ったもの……。それら全てが残ったまま、見知らぬ世界に自分がいる。

その時、遠くから女性の声が聞こえた。

「あなた、大丈夫？怪我してない？」

柔らかながらもしっかりとした声でそう問いかけてくる彼女。その目には優しさと、どこか母性のようなものが宿っていた。

「……俺は一体、どうなったんだ？」

悠一──いや、この世界ではすでに「ルシアン・ヴェルステッド」として再び歩き始める彼の物語が、今、幕を開けたのだった。