第一章 第3話:雇用の提案
スープを飲み終えたルシアンは、感謝の言葉を口にしながら店内を見渡した。小さな雑貨店には陶器の皿や木彫りの飾り、布製の巾着袋などが並び、どれも手作りの温かみが感じられる。視線を動かすと、それぞれの商品に付けられた小さな札に気づく。そこには数字と、「セルト」と書かれた文字が記されていた。
(これが値段か……『15セルト』、『20セルト』とある。おそらくこの国、テリオス王国の通貨単位が「セルト」なのだろう。皿が15セルト、木製の匙が5セルト、布製の袋が12セルト……これらの品質と価格のバランスを考えると、1セルトは日本円でおよそ50円から100円くらいの価値だろうか?)
ルシアンは、商品と値札を照らし合わせながら、この国の物価や経済規模を探る。
(この店の規模と商品の価格帯を考えると、利益率はそれほど高くないだろう。手作りの商品にかかる手間や材料費を差し引けば、毎日の売上で生活を支えるのが精一杯のはずだ。だが、これだけの品揃えがあるということは、少なくともマリーアにはそれを維持する力があると見ていい。)
そんな思考を巡らせていると、奥の厨房から水音が聞こえた。振り返ると、マリーアが皿を洗いながら忙しそうにしている。
(店番をする人手がないのか……客が来たら対応できないだろう。人手不足の改善や商品の見せ方を工夫すれば、この店はまだまだ伸びる可能性がある。いや、それ以前に、この状況を利用してまずはここでの地位を築くべきだな。)
ルシアンの中で計画が固まりつつあった。彼は立ち上がり、マリーアに向き直った。
「マリーアさん、ひとつお願いがあるんだ。」
彼女は手を止め、こちらを見上げる。「何かしら?」
「少しの間、ここで働かせてもらえないかな。この店で役に立てる自信があるんだ。」
「働く、ですって?急にどうして?」
マリーアの目には驚きと疑念が浮かんでいる。だが、ルシアンは冷静な表情を崩さなかった。
「正直に言うと、僕はここで生活の基盤を作る必要がある。それに、この店にはまだ伸びしろがあると感じているんだ。もし僕を雇ってくれたら、商品の見せ方や店の運営方法を改善して、売上を上げる手助けができると思う。」
マリーアは少し考え込むように皿を置いた。「あなた、商売に詳しいの?」
「多少ね。特に、物を売るための工夫には自信がある。試しに少しだけでもいい。成果を出せたら、そのまま雇ってくれればいいさ。」
彼女は腕を組み、少し困ったような顔をしながら考え込んだ。「ふむ……まあ、今日助けてくれたお礼もあるし、一度様子を見てみてもいいわね。ただし、売上が上がらなかったら、その時は潔く辞めてもらうわよ。」
「もちろんだ。」
ルシアンは小さく笑い、マリーアに深く頭を下げた。
(まずはこの店での信頼を勝ち取る。それが、この世界での第一歩になるはずだ。)
彼の胸には、自らの計画が着実に進んでいく確信が芽生えていた。
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