第21話 束の間の休息

「おはようございます」


 渡辺が事務所のドアを開くと、幸恵のさわやかな声が一番に響く。周囲に気を配ると、観葉植物がさらに増えている。このまま放置すると事務所がジャングルになりそうな勢いだ。


「おはよう」

「おはようございます。あれ、神崎は?」

 平岡が手を止めて渡辺を見上げた。

「神崎は荒木さんの所に寄ってからここに来る。心配ない」

 そう云うと、ガラスルームではなく、幸恵と平岡がいる作業テーブルの席に座った。


「コーヒーを淹れましょう」

 幸恵がにこやかに立ち上がり、平岡の口元からは笑みが毀れる。

「青山夫妻の依頼は完了ということですね」

「俺たちの仕事は終わった。ここからは警察の管轄だ。プロジェクト・エムとやらも瓦解するだろう。青山涼はご両親に保護され、今学期は休学扱いになった。荒木さんにも……神崎が今、借りを返してくれている」


 渡辺は苦笑いを浮かべながらも、とりあえずはこれ以上、探偵事務所が首を突っ込む事件ではないと結論付けた。探偵には警察のような権限はない。だが、警察という組織から外れて自由に行動できるという醍醐味がある。


「ハロウィーン前に無事終わりましたね。神崎君がいないけど、ひとまず乾杯しましょう」

 そう云って幸恵は淹れたてのコーヒーが入ったカップを三つテーブルの上に置いた。


「神崎はどうやら荒木さんに気に入られたようだ」

 渡辺はコーヒーカップを手にすると、軽く持ち上げた。

「そんなの困ります。この事務所は人手不足なんですから」

 幸恵は眉を上げると、渡辺を睨んだ。

「まあ、その気になれば事業展開させて、社員を増やすことも可能でしょうけど……渡辺社長は興味なさそうですね」

 砂糖とミルクを加えると、幸恵もコーヒーカップを傾けた。

「興味ない。小さな事務所で十分だ。規模を拡大させたら自由に動けなくなる」

「渡辺社長の口癖ですね」

 平岡もコーヒーカップを持ち上げた。

「まあ、自由に動ける方が性に合ってます。オレも組織化されるの嫌ですね」

「そうね、平岡君もそういうの苦手そうね」

 幸恵の声が弾んだ。

「さっそく次の仕事に取りかからないとだな」


 渡辺は顎を撫でると、まだ手をつけていない依頼内容を思い浮かべた。青山夫妻の件に二週間も費やしたため、宗一郎の紹介で送られてきた客を捌き切れていない。


「社長のデスクの上に書類を置いておきましたので、あとで目を通してください」

 幸恵は仕事が速い。

「そうか……まあ、神崎が戻ったら始めるか」

「やはり、もう一人ぐらい若い人材が必要では?」

 平岡の呟きに、渡辺は渋い表情をするしかなかった。

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