第10話 作戦会議 II
平岡茂には、家系的に受け継がれてきた独自のネットワークがある。それをフル活用することで現在に至るまで数々の捜査をこなしてきた。
だが今回、青山涼の素行調査が若干難航したのは大学という特殊な環境下にターゲットが置かれているからである。都立国際大学は外国人の生徒や教員も多い。キャンパス内はセキュリティが強化され、閉鎖的である。それでも、成績優秀者だけが入会できるサークルの存在は調べることができた。フロックという名のサークル自体は門外不出の情報というわけではなく、エリートが集うサークルから政界へと繋がる場合もあることが、違う角度からの調査で分かった。
「平岡君、書類ができたわよ。神崎君に渡してちょうだい」
幸恵が印刷された書類を平岡の前に置いた。足立幸恵は仕事が速い。平岡は幸恵に感謝すると、書類にざっと目を通してから三つ折りにして、上衣の内ポケットに収めた。
「渡辺社長、ずいぶん深刻そうな電話だな」
平岡はガラスルームの向こうにいる渡辺を見た。
「そうね、何も問題がなければいいけど……」
幸恵も渡辺の方を見て頷いた。
しばらくすると渡辺が電話を終え、ガラスルームから出てきた。
「渡辺社長、何か問題発生ですか?」
幸恵が心配そうに聞いた。
「いや、荒木さんからの電話だったんだが」
そう云うと、渡辺は一枚の用紙を幸恵に差し出した。
「神崎への伝言だ。書類と一緒に渡してくれ」
「オレが預かります」
平岡は上衣の内ポケットから三つ折りにした書類を出すと、渡辺から受け取った用紙を重ね、再度三つ折りにして内ポケットに差し込んだ。
「今、神崎を動かしたくないが、仕方ない。もう一度、監察医務院へ足を運んでもらう」
渡辺は苦い表情で云った。
「また一課長の部下が変死したんですか?」
山口正雄は人身事故と扱われたが、平岡の中では変死扱いになっている。
「いや、一般人の溺死らしいが、目撃者によると奇妙だったらしい」
「一課長の部下の死も奇妙だと云ってませんでした?」
幸恵は眉をひそめた。渡辺は頷くと、
「大人の男が四つん這いになって地面を這うと、そのまま貯水池に落ちて溺死したらしい」
平岡と幸恵は変な顔をした。
「しかも貯水池には、もう一体浮いていたようだ」
「心中事件ですか」
「二体とも男だけどな」
平岡と幸恵は顔を見合わせた。
「とにかく、先に青山夫妻の依頼を終わらせないと、荒木さんの件は始められない」
そう云うと、渡辺は青山涼の素行調査の進捗状況を平岡に聞いた。
「ネガティブな噂話を流そうと思います。情報操作ってやつです」
平岡は都立国際大学の生徒が出没する大学周辺のバーで、ゴシップ情報を煽ることを提案した。
大学のエリートが集まる特別なサークルは差別化を生み、それを妬む生徒は常にいる。そして直人が持ち帰った〝成績優秀者のサークルに教育学科の生徒は一人だけ〟という情報から、サークルの中に学閥があることが容易に想像できる。直人から渡されたメモ用紙には、パーティーに招かれたサークル会員四人のうち、三人が法学部出身である。
「うまく食らいついてくればサークルの活動内容、それから青山涼に関する情報も手に入れます」
平岡の切れ長の眼が自信に満ちている。
「若い学生役が必要だな」
渡辺は顎を撫でた。
「神崎君は演技が下手だからダメよ」
即座に幸恵が応えたが、
「オレの姪っ子を使います」
平岡が提案した。
「姪の
「連絡用の隠れ家といい、いつもお姉さんの家族を巻き込んですまない」
渡辺は申し訳なさそうに謝ったが、
「そういう家系なんです」
平岡はおかしそうに笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます