第9話 変死体
日が昇り始め、秋の陽の光が東京湾をキラキラと輝かせる。
東京湾に面した臨海公園は朝のジョギングに人気で、七時を過ぎれば徐々にランナーも増えてくる。女性は独りで早朝ジョギングすることを気に留めることもなく、正面から低く差し込む太陽の光に目を細めると、貯水池へと延びる左のコースへと軽快な足取りで走り抜けていった。
いつものジョギングコースだったが、貯水池付近に差しかかった頃、遠くに一人の男が地面を這っているのが見えた。その異様な光景に走る足を止めたが、周りに人影はない。ここで声を張り上げても助けに来る人は皆無なのは明らかである。
「車の鍵でも落としたのかしら?」
四つん這いに移動する男の様子を遠くから見詰めていたが、男がランナーウエアではなく、黒い上衣を着ていることに気づいた。不審に思い、左手首に巻いた時計のアプリを開いて警察に通報しようとした時、地面に這いつくばっていた男が茂みの中に消えた。
怖くなって辺りを見回すと、ジョギング中の若い男性の姿が後方に見える。女性は大きく手を振ると、男性の走りを止めた。
「どうしたんですか? 顔色が悪いですよ。誰か呼びましょうか?」
「ジョギングを中断させてしまって申し訳ありません」
女性は謝ると、目の前で起きた異様な光景を説明した。
「黒い上衣を着た男性が四つん這いになって、茂みに消えたんですか?」
「はい、警察に電話をした方がいいですよね」
「通報した方がいいと思います。場所はここら辺ですか?」
「もう少し先ですが、怖くて後を追えませんでした。もしかしたら車の鍵でも探しているのかと……」
男性は四つん這いの男が消えたと思われる場所へと向かうと、女性も恐る恐る後に続いた。
「ここら辺は貯水池に囲まれてますよね……」
独り言のように男性が呟くと、背後から女性が右側の茂みを指さして応えた。
「ここら辺の茂みの中へと這っていきました」
男性は低木を手でかき分け、茂みの中に入っていったが、女性はその場で静かに待機することにした。
すると突然、男性の叫び声が響いた。
「警察に電話してください!」
血相を変えて茂みから飛び出てくると、急いでアームバンドから携帯電話を取り出し、警察に通報した。女性は唖然としてそんな男性の様子を眺めていたが、会話内容から状況を察したのか、確認するために慌てて茂みに割って入っていった。
まるで何かに憑かれたように夢中で低木をかき分け、茂みの奥の先に広がる貯水池を発見したが、その先に広がる光景は絶望的である。女性は大きな叫び声をあげたが、時が巻き戻ることはない。
そこには顔を半分だけ水面に浮かばせた男と、うつ伏せ状態で浮かんでいる男の姿があった。
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