女子高生に大人気
重臣達を黙らし、父 武田 晴信にも認められた俺は、ついに東濃最大勢力の当主となる。
さあ、ここからが正念場だ。そんな思いから、父上や正室の三条の方への挨拶もそこそこ
存在感の大きく増した高遠諏訪家。これは
だからこそ少しでも気を抜けば攻め込まれ、すり潰される。そうさせないようにするのが今の俺の喫緊の課題であった。
幸いなのが美濃斎藤家と織田弾正忠家は共に敵を抱えているため、当家打倒に全力を傾けられない点であろう。ここが俺の運の良さだ。ならばいち早く領地を完全掌握すれば、両家と渡り合える力、いや打ち倒す力が得られよう。要はスピード勝負である。
こうして改革が始まった。
明日のためにその一。借金。
室町時代は中央がとても不安定な時代である。それでも幕府が倒れずこれまで続いてきたのは、金融、いや金貸しが大きく発展したからに他ならない。
現代人の感覚で見れば、借金は悪そのもの。それをせずに身の丈に合った支出にするのが正しい経営の仕方と考えるだろう。これは一面では正しい意見であるが、時と場合によっては間違いとなる。
そう、この室町時代は借金をして実態よりも大きな金額を動かしていたからこそ、幕府の力が小さくとも存続できている。例えば日明貿易が良い例だ。商品を持って行って帰ってくるだけで五倍、一〇倍の金額になるのが当たり前なのだから、現物商売は馬鹿らしい。借金して大量に買い込んで明へと向かうのが賢い選択である。
得られる利益から考えれば、支払う利息は大した額では無い。
この状況は当家も良く似ている。領国は一部を除き手付かずなのだ。投資をすれば何倍にもなって返ってくるのは確定である。ならば国債を発行して……もとい借金によって使える額を増やすのが合理的と言えよう。これによって領国の発展速度を大きく押し上げられる。こうした考えから俺は
借金は常に悪ではない。使い方一つで善にも変わる。またこの時代は高利貸しが主流ではあるが、これは回収率の低さによるものだ。要するに金を借りても返さない者が多い。だが逆に言えば、きちんと返済をする債務者には融通を利かせてもらえるのもまた事実であった。
明日のためにその二。本格的な道路整備。
この時代はとにかく道が悪い。これが内陸部の発展を大きく阻害している原因である。特に俺が領有している地は交通の要衝となっているのだから、物流の促進のためには必要不可欠であった。
とは言え、ただ整備するだけでは芸が無い。やるなら徹底的に……と意気込んだのは良いが、この戦国時代では現代日本のような道を作るのは難しい。
そこで参考にしたのが発展途上国での道路整備である。平たく言えば土嚢を敷き詰めるやり方だ。表面には高遠の地で採掘された石灰を混ぜた土を被せて固める。先に
石灰を混ぜて固めただけの土は、見た目ほど頑丈ではない。簡単にひび割れや陥没を起こす。だからと言って別の方法では銭が掛かり過ぎて現実的ではない。ならばとすっぱりと諦めて、発見次第補修する形とした。この時代ではこの辺りが妥当と思われる。
インフラ整備は重要ではあるものの、湯水のように銭を捨てるようでは本末転倒だ。低コストで効果の高い方法が重要視される。
明日のためにその三。上総掘りの導入。
人は水が無ければ生きていけない。また産業の発展にも水は不可欠である。かと言って水道の無いこの時代では水の供給元は限られている。
こうした現状を打破するべく出した答えが上総掘りであった。水が無いなら有る所まで掘り進めれば良いじゃない。そんな単純な話となる。
上総掘りの最大の特徴は、地面を掘り進められる深さと言えよう。この時代の方法ではどう頑張っても二〇メートル程度が精一杯。だが上総掘りでは、一〇〇メートルを超える深さまで掘り進められるのだから驚きである。
原理自体は簡単だ。竹ヒゴに吊るした掘鉄管(筒状のノミ)を引き上げ突き落とすの繰り返し。掘鉄管は回転しながら落ちる事で周囲が削られるため、掘削面に締め付けられるのを防ぐ。堀穴は常に粘土を溶かした水で満たし、掘削面が崩れるのを防ぐ。ある程度の土屑が溜まるとスイコで取り除く。
大まかにはこうした工程となる。そのため、俺の中では勝手にドリルミサイルと呼んでいた。イメージ的には地面を掘るよりも、砕くと言った方が正しいだろう。原理が単純なため、理解すれば道具の製作はこの時代でも可能である。
より深く掘り進めるには大掛かりな設備が必要となるものの、ある程度の深さまでなら用意する道具は少なくて済む。このお手軽さも魅力の一つである。
明日のためにその四。陸稲の導入。
ここからが元現代人である俺の真骨頂と言える。
領地が増えたは良いが大半は山ばかり。穀倉地帯など夢のまた夢。だというのに民の数は増えてしまった。この戦乱の時代では、一歩間違えれば飢えさせてしまう。
この状況で穀物を増産するにはどうすれば良いか?
その答えとなるのが陸稲となる。もしくは水田ではなく畑で作る米と言った方が良いだろうか。
戦国時代は農業技術の発展により、全国に水田が普及した。陸稲はそれ以前の未熟だった頃の栽培方法である。先祖返りとも言えるが、敢えて後退させる意味があるのか?
なら何故水田が普及したのかと考える。水田には大きな利点が三つあった。
一つ目は収穫量の増大。陸稲よりも水田の方が収穫量が多くなる。
二つ目は雑草の駆除の問題。水田にすると雑草駆除の手間が大幅に減る。
三つ目が連作障害の解消。水田で稲を栽培すると、連作障害が起こらない。
こうして利点を考えれば、水田の方が陸稲よりも優れているのが分かるだろう。敢えて陸稲に戻る必要性は感じられない。
しかし、しかしだ。水田は水を引かなければならない関係上、水の確保が最重要となる。水路の整備も必要だ。要するにコストが掛かる。特にこの時代は蛇口を捻れば水が出るというのはあり得ないため、水利権を巡って村同士で争う事もしばしば。
そう、水田は想像以上に銭と手間が掛かる。しかも水を引く関係上、栽培場所を選ぶ。
だが陸稲は違う。畑で栽培するのだから、最悪庭でも栽培可能である。勿論段々畑でも。大規模な設備投資をしなくて良いのが何よりの強みと言えよう。
なら収穫量をどう確保するのかと言えば、ここで土作りが重要となる。つまりは栄養の豊富な土で栽培を行えば、実は問題無い。
加えて種籾に仕掛けをする。ビール酵母を付着させた種籾なら、通常よりも長く根が張り、土からより多くの栄養分を吸収するようになる。結果、陸稲でも収穫量が落ちない。育苗も正条植えも必要無く、種籾の直播きで収量が確保できるという訳だ。育苗も正条植えはこの時代では採用されていないが、まあ良いだろう。
次に雑草駆除の問題だが、これはマルチによって大幅に手間が軽減できる。使用するのは価格の安いわら半紙。これを土の上に乗せれば、雑草の成長を阻害する形となる。また、このマルチの効果によって水やりの回数も減らせられるのがなお嬉しい。
わら半紙はこの時代ではまだ発明されていない物だが、稲わらを細かく刻んでドロドロになるまで煮込めば良いだけの代物のため、以前から開発だけはしておいた。
最後は連作障害の問題となる。これの解決はとても簡単だ。裏作で麦を栽培する。これだけで連作障害は起こらない。
総合すると栄養価の高い土と特別な処理を加えた種籾、それとわら半紙。この三つさえあれば、陸稲が領内に普及できるという寸法である。
「それと最後の一押しがこれだな」
「四郎様、これは一体何ですかな?」
「ビール酵母の培養液だ。これを土に掛ければ、一月後には地面が柔らかくなる。鍬を入れて畑を耕す作業の労力が大幅に軽減できるぞ」
何故俺が傅役の
スイートソルガムから抽出した糖はただ甘味に使うだけではない。花酵母や納豆菌の培養液を作るのにとても役立つ。これに堆肥と石灰があれば、不毛の地を作物の獲れる地に変えられる。そう確信していたからだ。
贅沢を言えばフミン酸も欲しい所だが、この辺は追々だろう。まだそこまでは手が回らない。
今女子高生に大人気の陸稲は、水田での栽培よりも大幅なコスト削減ができるだけではなく、更に収穫量を増やせる夢の農法であった。
ただ問題が一つある。
「四郎様、新しく併呑した領地でも民が堆肥作りに難を示しております。面倒だという話でして……」
「またか……。仕方ない。しばらく堆肥作りは当家の事業とするか。妻木庄と同じく初回は無料で配り、二回目からは銭を出して買ってもらうとしよう。爺、堆肥作りの人員を増やすよう手配を頼む」
意外な事に、領内の民は堆肥作りを嫌がる者が大量にいた。
まだ昨年に妻木庄でこの反応をされるのは分かる。幾ら臨済宗の僧が説明した所で、いきなり面倒事を押し付けられれば誰だって反発したくなるものだ。そのため妻木庄の民には、高山城主に就任した頃から作り始めた堆肥を無料で提供し、効果が実感できたなら自分達で作るようにと通達しておいた。
しかしながら何をどう間違ったのか?
半年もするとこの堆肥に効果があるのは、俺が直接関わったからだと民達は言い出す。自分達が作っても同じ物は作れないと不満を表した。加えて銭を出して買うから高遠諏訪家が作った堆肥を売ってくれとも。
要するに堆肥の効果は認めるが、日々の農作業で手一杯の中、これ以上の作業を増やすのは面倒だと言い出したのだ。どうしようもない。
そういった訳で、堆肥作りは当家の事業の一つとなる。ただ、素材も無しに堆肥作りはできないため、バイオトイレを導入した家のみ人糞を買い取ると通達を出した。
結果、妻木庄の民達がこぞってバイオトイレを導入したのは言うまでもない。手間は増えたが、その副産物として妻木庄から肥溜めの撲滅に成功したのは喜ばしい成果であった。
そんな経験があるものだから、また同じ事が起こるのかという思いである。結果的に民から信頼を得る形となるのは願ったり叶ったりではあるものの、何だか釈然としない。
「これは領内全土に陸稲が浸透するには時が必要だな。地道に増やしていくしかないか」
「そうですな。土がそのままでは陸稲をする意味がありませぬ。何か別の作物が良いかも知れませぬな」
「仕方ない。爺、焼き畑でのトウモロコシ栽培も募集するとしよう。これなら山地でも栽培可能だし、堆肥作りも必要無いしな」
「それが宜しいかと」
それに加え、今行っている事業の規模拡大や新規事業の立ち上げも行う。税収入だけに頼らないのが当家の強みである。
これ等の成果が出る時、当家は大きく生まれ変わっているだろう。その時が楽しみで仕方ない。
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