第8話 偏執 3
「へぇ、いいじゃん。似合ってる似合ってる」
「────」
「アタシの見立て通り、アンタ素材が良いよね。危ない仕事なんて止めて、コッチで食べていけばいいじゃん」
「真っ平御免だね」
今の俺は、いつものスーツと帽子を取り上げられていた。
白のシャツにノースリーブの黒いジャケット、ネクタイは赤。
此処までなら色味も合わさってコーデとしては問題ない纏まりだ。
ただ問題は、スカートを履かせられているという事だ。
太腿の高さ程度しかないミニスカ一歩手前みたいな丈のスカートに、ソックスも普通の長さであるから、太腿から膝下辺りを肌が露出している。
つまり、女の格好をさせらている。
「勿体ない。ぜーったい、ウケるの間違いないのに」
「この格好でウケても、なんも嬉しかねぇよ」
そもそもなんで俺が女物の格好をしているのかと言うと、奈々香とツーショットを撮る予定のモデルが急に体調不良で来られなくなったからだ。
だったらひとりで撮れば良いだろうと思ったのであるが、構図的にツーショットでないとイヤだと奈々香が言って、そうしたら彼女が俺を指名した。
そこから何故か着替えさせられ、今に至る。
「すっぴんなのにこんなに肌白い上に、脚だってこれ、ホントに男の脚なの? キレイ過ぎだっての。なんかしてんじゃないの?」
「んなこと言われてもなぁ」
特になに、と言われても、思い当たる節は無い。
「引き立て役どころか、充分売り出せるレベル。アンタレベルのモデル、そう居ないよ?」
「そうでもないだろ」
「そうでもあるんよ。甘い顔に鋭い目つき。王子様系とかオレ様系で売り出せばイケるって。だからさ、アタシと組もうよ」
「悪りぃが、あいにく間に合ってる」
「なにさ。このアタシが誘うなんて滅多にないんですけど」
「女の格好して写真撮らせるんだ。今回が最初で最後だ」
こんな格好で写真を撮るなんて本当は御免被りたいんだが、雇い主の頼みとなると聞かざる得ない。
1枚程度なら、まぁ、耐えてやろう。
と、思っていたんだが──。
「おい。ソロで撮るなんて聞いてねぇぞ。それに、何枚撮るつもりだ?」
「別にいーじゃん。折角なんだから撮れるだけ撮るだけ。ほら、顔硬くなってるから」
「硬くなるなってのが無理あるだろ」
何故か俺だけでの撮影も組まれて、指示させれたポーズを撮る。
立ち姿や椅子に軽く腰掛けた姿。
ちょっとした小物を持ったポージング。
「なぁ。これホントにやらないとダメか?」
「なに? 今さら恥ずかしいの?」
「ちげぇよ。必要ねぇだろ」
「アンタ、プロでしょ? 途中で放っぽり出すの? それでも男?」
「俺はモデルのプロになったつもりはねぇよ」
とは言え、途中で放り出すのも敗けた気分になるのも癪だったから、半分ヤケクソで次のポーズを撮った。
両膝立ちでスカートの両端を掴んで摘み上げるとか、奈々香と組んで俺は下で、彼女が上で、互いに見つめ合ったり、後ろのカメラに視線を向けたり。
仰向けで片腕を頭の上に置いて、もう片方は腹辺りで、片膝を軽く立ててアンニュイな表情を浮かべる。
抱き枕のプリントみたいな構図の写真も何枚か撮らされた。
結局数時間ソロで撮影されて、今まで感じたことのない無駄な疲れをこさえることになった。
「おい。この格好のまま外に出すとか正気か?」
「そっちの方が警戒されなくていいじゃん」
「俺の服をお前が着てる意味は?」
「変装」
とか言いつつも、面白がっているのが見え透いている。
「必要ねぇだろ。さっさと服返せ」
「いいじゃん別に、減るもんじゃないし」
「俺の尊厳が減るわ!」
なんで撮影が終わってまで着替えられず、女の格好のまま外に出なけりゃならないんだと抗議したい。
「でもさ、ホントに似合ってんよ。アンタと組めたら楽しいんだろうなって、思ったんだよ」
どこか暗気な顔を浮かべる奈々香。
「アタシってさ、読モからこの業界に入ってさ。ま、上手く行ってはいるけど、上手く行きすぎるとやっかみとかそういうのフツーにあるんだよ。学校でだってさ。勝手に応募して、ウケて人気出たらさ。もうワケわかんない」
「だったらやめちまえばいいだろ」
「今更辞められると思う? マネージャーにも迷惑掛かるし。モデルでなくなったアタシにはなんにも残らない。モデルじゃないアタシなんて、もうどこにも居場所なんてないんだよ…。だから」
「寂しいから、仲間が欲しいってか。そんなのは御免だね」
俺がそう言うと、彼女は顔を俯かせて肩を落とした。
「…そう、だよね。こんなアタシなんか」
「俺が気に入らねぇのは、お前のその態度だ」
「っ、仕方ないじゃん! これがアタシなんだし」
「この仕事を続けてるのはただの惰性か? この仕事しかないから、そこにしがみついてるのか? お前に、モデルとしての誇りはねぇのかよ。それがあるから、やっかまれても続けてるんじゃねぇのか?」
「誇り…?」
顔を不思議そうに上げた奈々香に、俺は返してもらった後ろ腰のホルスターから銃を抜いて構える。
「誰にも譲れない一本芯がありゃブレねぇ。プロの先輩としての言葉だ。心の片隅にでも留めておきな」
構えたマテバを手の内で回して、後ろ越しに収める。
「…うん」
少しはマシになった顔を見て、俺はジャケットのポケットに手を突っ込んで歩き出す。
「なんだよ。その恰好なら腕組む必要ねぇだろ」
「別にいいじゃん。アタシら恋人なんだし」
「ごっこ遊びだろうが」
「でも恋人じゃん」
これは何を言っても無駄そうだと早々に判断した俺は、彼女に腕を組まれながら歩くことにした。
12月の夜にシャツとノースリーブのジャケット、さらに生足晒して歩くのは寒すぎる。
世の中の女子は胆力あるなと、どうでも良いことを考えた。
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