第7話 偏執 2

 

「おい。歩き難いだろ」


「なに? アタシが腕組んであげてるのに、文句あるわけ?」


「あるだろ。咄嗟に動けねぇ」


「ふーん。例えばどんな?」


「そらお前。こうして腕組みしてるところに嫉妬して、ヤッパ持ち出されたらとか」


「なら問題ないんじゃん。その時はアンタを盾にするし」


「構わねぇけどさ。一応、ボディーガード業務も適応されるからな。今回のヤマは」


 結局、依頼人の女──マネージャーを七霧しちきり 奈々香ななかは押し切って、俺は虫除け兼釣り餌として、恋人役をすることとなった。


「ボディーガードね。今までどんな仕事してきたの?」


「まぁ、色々だな。聞いたって、特に面白くもなんもねぇよ」


「なにそれ。答えになってないじゃん」


「過去をベラベラ喋るのは二流三流のすることだ。一流は、ただ自分の背中で語りゃ良いのさ」


「それって、ただのカッコつけじゃん」


「格好もつけられねぇようじゃ、男はモテないんだよ」


「なに? アンタモテたいの?」


「ああ。モテりゃ仕事が途切れることがないからな」


「なにそれ?」


「お前と同じさ。道端の石っころに誰も興味を持たないのと同じだ」


 俺からは特に話を振ることはない。


 向こうからの話題に答えながら、彼女の今日の仕事場に引っ張られながら向かっている。


「それでさ。今何人くらいに見られてるわけ?」


「追って来てるのは3人だな。2人が見失わないようにけて来て、1人がスマホで連絡役。おそらくそれで移動先を伝えて、落ち着いた場所に人数を配置するやり方だろうな。素人にしては中々考えた動きをしてやがる。ストーカー連中にサバゲ好きかミリタリー好き、最悪現職か元が居るかもわからんね」


 単独犯でないところから組織的に動いている可能性も考えていたが、素人にしては動きに軍隊的な雰囲気を感じさせる。


 おそらく現場組に指示を出している頭か、あるいはストーカー連中の中に軍経験か、サバゲーやミリタリー知識がある奴が居て、人員を動かしている可能性を頭の隅に考えておく。


《──目標、依然変わりなし。送れ──》


《──了解。くぅぅぅ、ぼくの奈々香たんと腕を組むなんて許せない! あいつ、あとで特定してやる!!──》


《──でもこれはスクープだ。あの七霧 奈々香に彼氏が居たってネタは使えるぞ──》


《──特定班から報告。…天使に近づく悪魔が判明した。送れ──》


《──よくやった!──》


《──kwsk!──》


《──名前はノワール・フォンティーヌ。アメリカの暗黒街で1,2を争う本物のガンマン、らしい──》


《──はい嘘乙ー。そんなアニメみたいなやつ居るわけナイナイ──》


《──フランス人の名前にしたって、どう見ても日本人なんですがそれは──》


《──黒い泉…か。そもそも本名か?──》


《──見た目もなんか高校生くらいだしな──》


《──辿れた古い記録だと、2000年にノワール・フォンティーヌとして、NYに戸籍の届け出が出されてるな。送れ──》


《──は? ならアイツ少なくとも20代ってことか?──》


《──ウッソだろお前。どう頑張っても10代後半だろJK──》


《──武器は銀のマテバ 8インチモデル。44マグナムを撃つ裏社会でも名の通った凄腕のスイーパーとも呼ばれている。活動拠点は大宮周辺らしいが。送れ──》


《──スイーパーって、始末屋だろ? なに、おれら始末されるん?──》


《──やべぇよやべぇよ──》


《──落ち着け。スイーパーでも無暗矢鱈に日本では銃を撃つことは出来ない。各自軽率な行動は控え、スイーパーとは通行人を盾にして観察を続行。一般人の居るところで銃は抜けない。送れ──》


《──楽しくなってきたぜ。何かあれば、俺のVSR-10が火を噴くぜ!──》


《──いいねいいね。やっちまおうぜ!──》


《──おい。勝手な真似は止せ。相手は本物だぞ──》


《──俺の奈々香タソと腕組むだけでも許せねぇのに、和気あいあいと話してるのも気に入らねぇ。この距離ならバレっこねぇよ──》


《──YOU、撃っちゃいなYO!──》


《──俺たちの力が、見たいのか──》


《──目標、赤信号で停止。今ならドたまにぶっ放せるぜ──》


《──さぁ来いよ。ツラぁ見せな──》


 耳に差してあるイヤホンから聞こえてくるのは、連中の無線だ。


 今日日無線なんて一般人は使っていないから、声の聞こえる周波数を特定してやれば、会話は拾い放題だ。


 首を傾けてやれば、その横を弾が過ぎていった。


 そして身体を半身後ろに振り向きながら、射線から計算して辿った先──ビルの屋上に見える狙撃手に向けて、指鉄砲を撃つ仕草をする。


《──あ、あいつ避けやがった!──》


《──や、やろう…。これが実銃だったら終わってたって言いたいのかよ!──》


《──言っただろう、本物だと。屋上班は速やかに撤収。気づかれているなら上からの監視は無理だ。地上班も50mは間隔を開けろ。見失ったとしても今日は仕方がない。終わり》


《──ちっ、あのやろう、覚えとけよ!──》


 俺は無線を聞きながらくつくつと笑うと、横から腕を引っ張られた。


「いきなりカッコつけたと思えば、なに笑ってるのさ。気持ち悪いよ?」


「なに。撃たれたから撃ち返してやったのさ」


「は?」


「BB弾だがな。屋上から狙撃してきた」


「なにそれ。BB弾って、エアガン?」


「おう。まぁ、殺気が駄々洩れだから避けるのに苦労はねぇけどな」


「狙われてるの? アタシ」


「や、お前さんに近づく野郎に対する嫌がらせ用さ。これまでそういう経験なかったのか?」


「アタシ女子高だから男子なんて居ないし」


「なるほど。まぁ、あの程度ならどうとでもなるが。今日の帰りに寄る所が出来たな」


「寄る所? どこさ、それ」


「餅は餅屋に頼むのさ」


 そう言って、俺は奈々香に腕を引かれながら、今日の仕事場の撮影スタジオに入った。





 

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