第3話 musi9始動!

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「ま、まさか、即答されるとは……」

 邂逅の翌日、待ち合わせ場所に先に着いていた歌が調に話しかける。

「……正直、ベース講談には限界を感じていたからな」

「ああ、やっぱり……」

 歌が頷く。

「とはいえ、自分は諦めたわけではない……」

「え?」

「このバンドを足掛かりにして、ベース講談を広める……!」

 ベースを背負った調が暗くなった空に向かって、握りこぶしを突き上げる。

「ふ、踏み台ってことですか?」

「利用出来るものはなんでも利用する……文句あるか?」

 調が横目で歌を睨む。

「い、いえ! 私は文句を言える立場ではありませんので……」

 歌がぶんぶんと首を左右に振る。

「ふん……」

「で、でも良いんですか? 響さんはともかく、私の歌を聴いたことないのに……」

「……北園の人選ならば信用出来る」

「ええ?」

「あいつは腕の立つドラマーだからな。それに……」

「それに?」

「自分がベースに入れば、リズム面はばっちりだ。多少の下手くそなボーカルならいくらでも誤魔化せる……」

「へ、下手くそ前提⁉」

「おお、待たせたばい」

 響が待ち合わせ場所に現れる。歌が尋ねる。

「響さん、今日はなんでしょうか?」

「ああ、親睦を深めるために飲みにでも行こうかと思うとったが……」

「が?」

 歌が首を捻る。

「気が変わったばい。ライブを観に行こう」

「……またお笑いライブですか?」

「違う。バンドのライブばい。もうすぐ始まるな……それじゃあ、早速行こうか」

「は、はあ……」

「……」

 歌と調は響の後に続く。すぐにライブハウスに着き、三人は後方に並ぶ。

「お客さんが一杯……人気あるバンドなんですね……今日はこのバンドを見て勉強しろということですか?」

「はっ、こげんバンドをいくら見ても大した勉強にはならんばい」

「ちょ、ちょっと! 周りのファンの方に聞こえますよ!」

 響の暴言に歌が慌てる。響が首を傾げる。

「正直なことを言ったまでやが?」

「あ、あのねえ……」

「ただ……」

「ただ?」

 歌が首を捻る。

「今夜は特別ばい」

「特別?」

「ああ、ステージの両端をよく見ておくと……」

「え? あ、暗くなった……始まる……!」

 歌がステージの方に視線を向ける。バンドの演奏が始まる。歌はまずステージ右端に注目する。そこにはこういったライブハウスには正直あまり似つかわしくない金髪縦ロールの髪型が特徴的なスタイルの良いお嬢様がギターを弾いていた。

「~~♪」

「な、なんてギター!」

「あのお嬢の名前は西浦奏にしうらかなで……長崎県出身で福岡の女子大に通っとる。おやじさんがオランダ人でおふくろさんが日本人のハーフ。おやじさんの影響で始めたギターのメロディアスさは他の追随を許さん……今度は左端を見んしゃい」

「え? あ……!」

 歌は響に言われるがままに、今度はステージ左端に目を向ける。そこにもこういった場所にあまりそぐわないと思われる、前髪ぱっつんの黒髪ロングで、着物姿でキーボードを演奏する女性が目に入ってきた。

「~~~♪」

「な、なんてキーボード!」

「あの黒髪パッツンの名前は伊東楽いとうたのし……大分県出身で奏と同じ女子大……いわゆる〝お嬢様大学〟に通っとる。幼少期から習っているピアノを活かしたキーボードの演奏が巧み……ちなみに実家が老舗の温泉旅館だから、着物の方が落ち着くらしい」

「な、なるほど……まさか⁉」

 歌が響を見る。響がニヤリと笑う。

「……そのまさかばい」

「……」

「邪魔するば~い」

「! 北園響!」

 奏が警戒心を露にする。響が苦笑する。

「おお、招かれざる客のようやね……」

「実際招いておりませんから……大体、どうやって楽屋に?」

「この辺のハコは皆、アタシの庭みたいなもんばい!」

 ああ、道理で昨日も、すんなり調さんと話せたのかと歌は心の中で納得する。

「その傍若無人な振る舞い……相変わらずのようですわね」

 奏が苦笑する。響が笑みを浮かべながら、奏とその隣に座る楽に声をかける。

「お二方……」

「バンドはやりませんわよ、響」

「なっ……」

 出鼻を挫かれた響が黙る。椅子に座っていた奏が立ち上がる。

「今日は学友に頼まれてヘルプでの参加、わたくし、音楽はあくまでも趣味なんですの。響……プロ志向の貴方とは水と油ですわ……」

「む……」

「それに、今のわたくしはラクロスに夢中なのです。大学四年間はこのラクロスに捧げても後悔はありません。あ、こちらの楽も同様ですわよ」

「ウチは楽しければなんでもいいけど~?」

「い、いや、そこはわたくしに同調するところでしょう……!」

「え~?」

 慌てる奏とは対照的に柔和な笑顔を浮かべる楽。マイペースの性格なようだ。

「……近くのスタジオを抑えた」

「え?」

 響の言葉に奏が視線を向ける。

「アタシらの演奏を聴いていけ。判断するのはそれからでも遅くはなかろう?」

「奏、楽しそうだから良いんじゃない~?」

「楽……良いですわ。よく存じ上げない方たちと打ち上げは気が進まなかったので……」

 奏と楽を加え、五人で近くの練習スタジオに移動する。

「大荷物抱えていると思ったらドラムセットを持ってきていたんですね……」

「基本は持ち歩くようにしているばい……さて」

 準備が整う。響が奏たちに視線を向ける。

「ボーカルの方、見るからに緊張されておりますが……」

「問題ない。始めるぞ、ワン、ツー……ワンツースリーフォー!」

 響たちが演奏を始める。歌は戸惑う。ちゃんとしたバンド練習など今までしたことがないからだ。たどたどしくギターの弦を抑えようとする。そこで歌は気が付く。

(! この曲……)

「アンタがであい橋で歌っとった歌ばい!」

「れ、練習もしていないのに……!」

「これくらい造作もない! なあ、調!」

「……」

 響の言葉に調は無言で頷く。響はドラムを叩きながら、歌の背中に声をかける。

「今日は気合い入れる掛け声はいらんな⁉ さあ、歌え! 南郷歌‼」

「はい! ~~~~♪」

「⁉」

 歌の歌声を聴いて、奏と楽 (ついでに調)の顔色が変わる。演奏が終わる。

「どうやった?」

 響が奏に問う。

「……ギターが下手ですわね」

「ううっ……」

「しかし、それを補ってあまりあるボーカル……」

「……え?」

 俯いていた歌が顔を上げる。

「リズム隊が後方から支え、わたくしがギターをフォローしますわ……」

「よし、明日から網取り棒みたいなやつをギターに持ち替えるばい!」

「あれはクロスと言うんですの……楽はどう?」

「ウチも楽しめだから、良いよ~」

 奏の問いに楽が頷く。響が頷く。

「よっし! 早々に五人揃って、バンドらしくなったばい! この勢いでバンド名も決めてしまおう! なにか案はなかか⁉ 調!」

「伝説のバンドにあやかって……『サガントルズ』」

「佐賀色強すぎる! 却下! 楽!」

「『由布院より愛を込めて』」

「地元の宣伝したいだけやろう! 却下! 奏! 却下! 歌!」

「ま、まだ、何も言ってませんわ⁉」

「え、えっと……『musi9』 (ミュージッキュー)というのは……?」

「なるほど、九州出身者で結成したからな……よし、採用! 続いてバンドリーダーはアタシでよかろうもん?」

「「「「却下」」」」

「なんでそこで綺麗に揃うばい!」

 四人揃った却下に響が怒る。ガールズバンド『musi9』の歩みが今始まった……!

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ばってん、バンド最高っちゃん! 阿弥陀乃トンマージ @amidanotonmaji

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