第2話 ベース講談なるもの
2
「ふむ……」
「あ、あの……」
先を歩く響に歌が声をかける。
「なんね?」
響が立ち止まって振り返る。
「ど、どちらに向かうんですか?」
「あれ? 言うとらんかったっけ?」
響が首を傾げる。
「は、はい、聞いていないです……」
「そうか……」
響がまた歩き出そうとする。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「……なんね?」
「い、いや、そこは説明してくれる流れでしょう」
「歌よ」
「はい」
「アタシとアンタはともに音楽を志したもの……いわば同志」
「は、はい……」
響は自分の胸をトンと軽く叩いた後、歌の胸をトントンと軽く叩く。
「……余計な言葉はいらんばい」
響は三度歩き出そうとする。歌がまたも慌てて止める。
「い、いや、それは余計ではありません! 必要な会話です!」
「はあ……意外と細かか女やねえ……」
響がため息まじりに呟き、自らの頭を撫でる。ポニーテールが小さく揺れる。
「響さんがアバウト過ぎますって!」
「バンドマンやからね」
響が肩をすくめる。
「バンドマンでも報連相は大事です!」
「そこはこう……阿吽の呼吸ってやつで……」
「昨日お会いしたばかりなのに阿吽の呼吸も何もありませんよ……」
「剣道の達人なら簡単やろう?」
「剣道をなんだと思っているんですか……別に達人でもありませんし」
「……バンドを組もうと誘ったやろ?」
「ええ」
歌が頷く。
「アタシがドラム」
響が自らを指差す。
「ええ」
響が歌を指差す。
「アンタがボーカル……兼〝一応〟ギター」
「い、一応?」
歌が首を捻る。
「オブラートに包んで言うと、ギター下手やけんね」
「オブラートの意味⁉ それなら包まなくて良いです!」
「……ド下手やけんね」
「うぐっ⁉」
歌が自らの胸を抑える。
「ゆくゆくはボーカルに専念してもらおうと思うとる……」
「ギターボーカルというものに憧れが……」
「何事も分相応……背伸びせん方が良か」
「むぐっ⁉」
歌が再び胸を抑える。響が首を捻る。
「不満があると?」
「ふ、不満というとあれですが……なにか持っていないと、手持ち無沙汰というか……」
歌が苦笑気味にもみ手をする。
「長年剣道をやっていたから?」
「そ、それはそうかもしれませんね……」
「……」
響が顎に手を添えて、歌をじっと見つめる。
「な、なにか?」
「ギターを竹刀に見立ててステージ上で豪快に振り回す……パフォーマンスとしてはアリかもしれんね……」
「ナ、ナシですよ! 過激なことはしません!」
歌が抗議の声を上げる。
「冗談ばい」
響が笑みを浮かべる。
「冗談って……」
「話を戻すと、ドラムとギターはとりあえず揃っている。となると次は……」
「次は?」
「ベースばい」
「ベースですか……」
「ああ、リズム隊を揃えることは何よりも重要ばい」
「それは分かりましたが……」
「なにか?」
「ここはライブハウスではないですよね?」
歌は自らたちが立っている空間を指差す。
「似たようなものやが……お笑い用の劇場やね」
「お、お笑い? ベーシストを探しているんじゃないですか?」
「そうばい」
「な、なぜここに?」
「ここにアタシが探し求めているベーシストがいるばい」
「ええ……?」
「おっ、ちょうど出てきたばい。トップバッターか……」
響がステージ上に目をやる。銀髪のモヒカンヘアでやや長身の女性がベースギターを手に登場する。歌が戸惑い気味に呟く。
「あ、あの人がベーシスト……?」
「……♪」
「演奏を始めた?」
「……『五人揃って四天王』でお馴染み、肥前の戦国大名、竜造寺隆信が配下、竜造寺四天王……」
「か、語り出した⁉」
困惑する歌の横で、響が説明する。
「あいつは佐賀県出身の
「ニ、ニッチ過ぎる! ……で、でも……!」
調の奏でる音を聴いた歌がステージに視線を戻す。
「そう、変わり者ではあるが、女のベーシストなら、九州で並ぶものはないばい……」
響が腕を組んで頷く。ステージ終了後、響たちは楽屋に向かう。
「……」
「調、お疲れさん……」
「……北園か」
「単刀直入に言うが、アンタ、一緒にバンドを組もう。メジャーになれば、ベース講談の知名度も上がるばい」
「……良いだろう」
「そ、即答⁉」
調の反応に歌は驚く。
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