ばってん、バンド最高っちゃん!

阿弥陀乃トンマージ

第1話 中州の出会い

                 1

「どげなことばい⁉」

 ある音楽スタジオのブース内に大きな声がこだまする。声の主は赤い髪をポニーテールにまとめた小柄な体格の若い女性である。

「……今言ったとおりだ。響、お前にはこのバンドから抜けてもらう」

「そげんこと従えるか!」

 響と呼ばれた女性が長身の男性に向かってさらに声を上げる。

「バンドリーダーは俺だ、俺の決定には従ってもらう」

「そげな横暴な……」

「メンバーの総意だ」

「え……」

 響がブース内にいた他の男性二人の方に視線を向ける。視線を向けられた二人はバツが悪そうに視線を逸らす。

「なしてや⁉」

 響が視線をバンドリーダーに戻す。

「……お前の要求レベルは高すぎる」

「え?」

「ガチ過ぎるんだよ……」

「そげんことを言っていたら到底……」

「皆が皆、プロを目指しているわけではない」

「!」

 バンドリーダーの言葉に響がハッとする。響が再び他の二人に視線を向ける。

「お、俺は楽しければ良いから……」

「女の子にモテればそれで良いかなって……」

「……リーダーもそうと⁉」

 響がバンドリーダーに問う。

「向上心が強いのは結構なことだが……それでバンドがバラバラになってしまっては元も子もない……俺はリーダーとしてバンドそのものを優先しなければならない」

「くっ……」

「繰り返すが、バンドから抜けてもらう」

「~~分かったばい! こげんバンド、こっちから願い下げばい!」

 響はブースから出ていく。

北園響きたぞのひびき……ドラミング技術は確かなものだが、あまりにも我が強すぎる……あれではどこのバンドでも上手くやってはいけないだろう……」

 バンドリーダーは響の背中を見ながら呟く。

「あ~ぐらぐらこく!」

 ヤケ酒をあおった響は千鳥足で歩く。

「なんでアタシが追放されないけんと……」

 響はぶつぶつと呟く。呟きは止まらない。

「優秀なドラマーなんてそうそう見つからんばい……アタシを手放すなんて……」

 響は夜空を見つめる。

「プロにならないなら……ガチになれないのならバンドをやる意味がなかろう……」

 星が光っている。響は叫ぶ。

「……ガチになってなにが悪か⁉ ……ん?」

 音が聞こえたので、響は視線を空から戻す。ストリートミュージシャンが大勢演奏している。ここは『であい橋』。博多中州での路上パフォーマンスの聖地である。

「……ふん」

 響は鼻を鳴らし、橋をスタスタと渡る。

「~♪」

 響は演奏に耳を傾ける。

(悪くはなか……ただ、物足りんばい……アタシの求めるレベルには達してはいない……やっぱり博多を出るか? 大阪にでも出る? やはり東京か? いや……)

 響は首を左右に振る。

(東京は確かにレベルが高い……しかし、他もなにかと高い。練習スタジオ代を稼ぐ為のバイトに時間を取られてしまう。そうなってしまっては本末転倒……)

 響は自らの顎をさする。

(今の時代、地方からも発信することは十分に出来る……だが……うん?)

 橋の真ん中辺りで、一人でギターを弾きながら歌う女性の姿が響の目に入る。茶髪のボブの女性である。響と同世代であろう。しかし……。

(か細い声……身長は普通だが、体格はわりとがっしりしているのに活かせていない……もったいなかね……いや、そもそも緊張して声が出ていないのか? 問題外やね)

「えっと……」

 茶髪のボブがしゃがみ込む。響は苦笑する。

(心が折れてしもうたか……まあ路上で、一人で演奏する度胸は買うが……)

「チェストー!」

「⁉」

 茶髪のボブの叫びに響は驚く。茶髪のボブは自らの頬をニ、三度叩き、立ち上がる。

「よし! あらためて、聴いてください! ~~!」

 茶髪のボブが演奏を再開し、歌い出す。

「‼」

 響は思わず立ち止まる。

(……ギターは下手だが、歌声は……さっきとはまるで別人……! まだまだ荒削りだが、力強さを感じる……女のボーカルで、こういうタイプは初めてばい……)

「~~♪ ……ふう」

 一曲歌い終え、茶髪のボブがため息をつく。

「アンタ……」

 響が近寄る。

「あっ、お聞き苦しかったですか? す、すみません……」

 茶髪のボブが頭を下げる。

「名前は?」

「え?」

「名前はなんていうと?」

「わ、私の名前ですか?」

「そう」

 響は頷く。

「な、南郷歌なんごううたです……」

「さっき、なにか叫んでどったが……」

「あ、示現流の掛け声です。気合が入るので……」

「示現流?」

 響は首を傾げる。

「剣道の流派です。私、鹿児島の出身で……」

「剣道、鹿児島……」

 響が顎に手を添える。

「名前の通り、歌うことが好きなので……音楽をやってみたいと思って……」

「なして博多に?」

「九州で音楽をガチでやるなら、やっぱり博多でしょう?」

 歌と名乗った女子がにっこりと笑う。

「! ガチ……」

 響が真顔になる。歌が首を傾げる。

「あ、あの……?」

「気に入った……」

「はい?」

「アタシは北園響! 博多一のドラムたい! 歌、アンタがボーカルで、一緒にガールズバンドをやるったい! 九州一、いや、日本一、いいや、世界一のバンドを目指そう!」

「え、ええっ⁉」

 響の言葉に歌が大いに面食らう。

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