第6話 絶叫令嬢 霜月夏音さん②

「私に男性というものを教えてくれませんか!?」


「はい!?」


 あまりの突拍子もない霜月しもつきさんからの提案に思わず面食らってしまう。

なにせ、いきなり男を教えてくれと頼まれたのだもの。誰だって驚くだろうよ。


 それは、霜月さんも言葉にしたあと気付いたのだろう。

黒髪が激しくなびくくらいに勢いよく頭を下げる。


「も、申し訳ございません!! こんな提案をされたら困ってしまいますよね」


「あ~、いや。確かに驚いたけど、霜月さんなりに男性恐怖症を克服する方法を考えたんだよね?」


 その”克服”という単語に霜月さんは小さく頷き、スカートのポケットからスマートフォンを取り出すと、とある画面を見せてくれる。

そこには、小説の1ページが表示されていた。電子書籍だろうか?


「実は少しだけ実践している対策がございまして……私は小説を書いています」


桃春ももはから聞いてるよ。どんなジャンルの小説を書いているかまでは知らないけど」


 桃春のやつも霜月さんの小説は読んだ経験がないそうだ。

それこそ、硬派な小説を書いてそうなイメージがある。

黒髪乙女×文学少女。うむ、いい響きだ。


しかし、そんな安直な想像をしていたのを霜月さんは見通したのか、少しだけ困ったように微笑んでみせる。


「皆が想像するイメージとはかけ離れているかもしれませんが大衆娯楽小説ですよ。ジャンルも恋愛ものです」


「恋愛……もしかして、リアルの男性が怖いから、まずは妄想の世界で慣れようと?」


「お恥ずかしながら、その通りです」


 霜月さんは口元を隠しながら赤面をしてみせる。

 ぐっ……仕草があざといし可愛い。これで絶叫がなければなぁ〜。


「それで、雨河あまかわさんにお願いがあるのです。いくら男性慣れの為に小説を書こうと、空想の域からは出ませんし、成長もしません。こうなるとやはり、実在の男性なら慣れるしかないと、考え……ましたがぁ」


と、語る霜月さんの声量がどんどん下がり、羞恥にまみれた表情へと変貌していく。


「あの、話しているうちに無茶なお願いをしているなって気づきました。なにより、雨河さんには迷惑極まりない提案でしたよね」


「俺は別に構わないよ。ただ、霜月さんは俺で良いの? 怖くない?」


「正直に申しますと、今でも緊張しています。ですが、初めて会った時も、今日も、雨河さんは私を介抱してくれました。それに対して見返りもなく、こうして親切にもしてくださっています。たった数回ですが、信じてみたいと思いまして」


と、告げる霜月さんの手は僅かに震えている。


 信じる……か。

こんな美女に頼られるなら喜んでお願いをきくという邪な気持ちもあるが、純粋に困っている霜月さんのお手伝いをしたい感情が強くなっている自分も居る。


 相変わらず、俺はチョロい男である。


「分かった。それじゃあ、これから仲良くしていこう、霜月さん」


 そして、俺は霜月さんに向けて手を差し伸べる。

 人との友好はまず握手から。


 すると、霜月さんは恐る恐る自身の手を伸ばし、俺の手に触れる間近まで近づくと、そのまま引っ込めてしまう。


「……まずは、雨河さんと握手が出来るようにならないとですね」


「まあ、徐々に慣れていこうか」


 お互いに苦笑混じりな表情を作る。だけど、少しだけ距離を縮められた気もする。


「そうだ、霜月さんの書いた小説を読ませてくれない?」


「私のを……ですか? その、素人が書いた読みにくい文章ですよ?」


「構わないよ。これから仲良くなっていくんだから、霜月さんが普段、どんな内容の小説を書いているか知っておきたいし」


 すると、霜月さんは唇を甘噛みしながらも、ゆっくりと自身のスマートフォン差し出してくれる。

どうやら、見せてくれるらしい。


「ありがとう」


と、一言お礼を述べて、彼女の指に触れないように注意しながらスマートフォンを受け取る。


 さて、霜月さんはどのような恋愛小説を書いているのだろうか?

 さっそく、スマートフォンの執筆アプリに書かれた小説を拝読していく。


 霜月さんが大衆娯楽小説と言ってただけに、文体はラノベ寄りで非常にスラスラと読める。

 肝心の内容は高校生が主人公の恋愛もの。


 自称普通の女子高生の主人公が、とある男子と知り合い、友達になり、恋仲へと発展していく王道な展開である。


 そして、読み進めていくと、物語は主人公が意中の人の家へと初めて招待される場面になる。

初めてである異性の自宅へと訪れてドキドキしている主人公の様は読んでいて、こちらまでむず痒くなっていく。

彼氏も初々しさを出しながらも、彼女にキスをして……胸を触り……。


 うん……?


 なんだか話の雲行きが怪しくなってきたぞ。

別の意味で展開が気になり、俺はページを読み進めるが、そこから始まるのは男女のまぐわい。

すなわち、性行為シーンが実に丁寧な描写で書かれていた。


「官能小説だコレェェェェェェェェェェ!!」


 思わず腹の底から声が出てしまう。


 いやいやいやいや!!

 待て待て待て待て!?


「霜月さん、これエッチなやつですよね!?」


「あ、そこのシーン、頑張って書いたので艶やかさが伝わって嬉しいです」


「褒めてねぇよ!!」


 もう、なんだよこれぇ!?

『学園一の美少女は官能小説書きでした』

ってタイトルでラノベ一冊書けるよ!!


「あ〜、えっと……霜月さん、確認なんだけど、どうして男性慣れするためにR18小説を?」


「目には目を、歯には歯を、性には性をと思いまして!!」


「あまりにも邪道すぎる荒療治!!」


 トラウマを克服するには、これしかないと思って至る結論が歪すぎるのですが……。


 こんな娘と一緒に創作したいか? 

 いや、居るかもしれないが、ハードルは一気に高くなった気がする。


 マジでどうしよう……。


 そう思った矢先、俺のスマートフォンから通知音が鳴る。

 相手は桃春からだ。


航季こうきくんが探していた漫研に所属していたけど最近辞めちゃった一年生の娘、放課後にどこに居るか分かったよ!!』


 どうやら、裏でこっそりと桃春に頼んでいた”とある部員候補”について所在が分かったらしい。

この時期に辞める部員なんて、これまた一癖ありそうで不安だが仕方あるまい。

とりあえず、明日にでも詳細を聞いておこう。


「あの、どなたから連絡がありましたか?」


と、霜月さんは不安げな表情で問いかけてくる。

どうやら、俺は渋い顔をしていたらしい。


「いや、桃春からの連絡。部員になれそうな娘の目星がついたんだ」


「まあ〜、それは嬉しいですね。一緒に創作出来たら良いなと思います」


 ああ、うん……。R18小説じゃなければね……。


「えっと、霜月さん。小説は面白かったよ。今度は……全年齢向けも読みたいなぁ」


 ひとまず、俺は霜月さんへ向けて、何とか絞り出した感想と、ちょっとした要望を伝えながら、スマートフォンを返すのであった。


 活動メモ:廃部まで残り22日

 新しい部員候補には明日、会ってみようと思う

 備考:霜月夏音しもつき かのんはむっつりスケベ

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部活で男は俺だけの美少女ハーレムなのに、おもしれー女しか居なくて中々ラブコメにならないラブコメ ジェネビーバー @yaeyama

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