第5話 絶叫令嬢 霜月夏音さん①
『創作部の部員について知る』
そんな目標を掲げた翌日。
本日の授業も終了し、さて
計画がいきなり予定変更を余儀なくされ、幸先悪いなと思えたが、これは、むしろ霜月さんと二人きりで話せるチャンス!!
っと、言い聞かせ、駅前まで移動してきたのだが……。
「めっちゃ、ナンパされてる」
視界に入るのは純度100%な漆黒の髪をなびかせる霜月さんと……そんな彼女へ懸命に話しかける髪を金髪に染めたお兄さんの姿。
霜月さんは本屋でお目当ての本を購入出来たのだろう。手には本屋のロゴが印字された紙袋を抱えている。
おそらく、本屋を出てきたタイミングで金髪お兄さんにナンパされたのだろう。
「あの絶叫令嬢に話しかける男となると、あの人はうちの生徒じゃないな」
どんなモテ男だろうと陽キャだろうと、あの猛々しい咆哮で全てを蹴散らすのが霜月夏音という女子なのである。
つまり、彼女の事情を知らない者は学校には存在しないわけで。
逆に考えると、あの金髪兄ちゃんが霜月さんにスキンシップを図ろうものなら、ここら一帯は大惨事になるだろう。
「そうなると霜月さんが危険だ!!」
それこそ、絶叫した後、霜月さんは気絶をしてしまう可能性も考えられる。
学校ならまだしも、事情をしらない一般人が行き交う場所で倒れたら危険すぎる。
すぐさま、俺は霜月さんの所へ馳せ参じるが、判断が遅かった。
お兄さんが軽快な声で霜月さんに話しかける。
「別にいいじゃん~、ちょっとお喋りするだけだからさ~」
と、告げながら霜月さんの手に触れる。
あ、終わったわ……。
「き゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛! ! ! ! 」
さながら音響スタングレネードが爆ぜたような声が半径2メートルに居る者達の聴覚を奪っていく。
耳、痛っぁ!!
事前知識があったとはいえ、身構えたところで防げる声量ではない。
ズキズキと痛む脳と耳鳴りを我慢しながら、俺は霜月さんの側へと駆け込む。
予想した通り、彼女は気絶。膝から力なく崩れ落ちそうになり、それを間一髪のタイミングで支える。
「この人は一体、今までどんな人生を送ってきたんだよ」
男性免疫がゼロを超えた男性アレルギーとしか言いようがない。
霜月さんの経歴について知りたくなるが、今は何処かで休ませてあげないと。
幸い、周囲に居た人たちは何事かと呆気に取られているし、ナンパをしていた金髪のお兄さんに至っては口をポカンと半開きにして呆けている。今のうちに霜月さんを連れて逃げておこう。
「目立つ前に撤退だな。霜月さん、ごめんね」
と、意識を失っている彼女に一言謝罪を述べて担ぎ上げると、近くの漫画喫茶へと避難をするのであった。
こうして、数分後。
漫画喫茶にある2名分フラットシート形式の部屋へと避難をする。
流石に気絶した美少女を担ぎ上げて受付に行った時は、店員さんに「救急車をお呼びしましょうか?」と、言われて事情を説明するのが大変だった。
「……ん、ここは?」
しばらくすると、横になっていた霜月さんの意識が回復して、瞼がゆっくりと開かられる。
起きる瞬間でさえ絵になるので、眠れる森の美女と言っても過言ではない。ここ森林じゃなくて漫画喫茶だけど。
とりあえず、再び絶叫されても困るので、なるべく霜月さんを刺激しないように穏やかな笑みを作り上げる。
「霜月さん、おはようございます」
「えっと……おはようございます、
寝起きのキョトンとした表情を見せる霜月さん。その後、すぐに上半身を起こして、正座に体制を整えると、丁寧に挨拶を返してくれる。うむ、育ちがいい。
「あの、雨河さん……いきなりで、ごめんなさい。ここは?」
「あ〜、えっと、順を追って説明するね……」
俺は経緯について霜月さんに伝えると、その白い肌はみるみる薄紅色へと変色していく。
やはり自覚はあれども己の失態は恥ずかしさがあるのだろう。
全てを伝え終えると、霜月さんは息を呑むほどの美しい所作で深々と土下座をする。
「大変、ご迷惑をおかけ致しました」
「あまり気にしないで……って、言いたいけど、流石に男性への拒絶反応が異常すぎて理由が知りたくなったよ」
「そう……ですよね。雨河さんには2度も介抱して頂きました。このまま、私について語らぬのは無作法です」
すると、霜月さんは顔を上げてコホンっと小さく咳払いをすると、男性に対して免疫が無い理由についてを語り始める。
「まずは私の両親について説明する必要がございますね。私の父は貿易関係の仕事をしておりまして、世界各国を周り、中々、家に帰って来れない人でした」
「凄く立派な職業だね。あ……もしかして、家に戻らないから家族仲が悪いとか?」
しかし、霜月さんは首を左右に振ると、照れくさそうに微笑む。
「寧ろ逆です。立派に職務をこなす父を尊敬しています。母も父の仕事には理解がありますし、娘の私が恥ずかしくなるくらいに夫婦仲は良好ですよ」
「んん……? 家庭円満なら問題は無いのでは?」
「ふふ……そうですね。ですけど、仲が良すぎなのも考えものなんです」
と、霜月さんは視線を一瞬だけ下へと落として言葉を続ける。
「私が13歳……中学1年生の頃でした。とある日、久しぶりに父が日本へ帰国するという連絡が入り、私も母も楽しみにしていたんです。残念ながら、私は学校がありましたので、父が帰国する当日は学校で”早く授業が終わらないかな”とウズウズしてました」
「お父さんが好きなんだね」
「ええ、そうですね。他の同級生と比べたら随分と懐いていたと思います。そして、授業が終わると、当時所属していた部活動……えっと、文芸部に所属していたのですが、顧問の先生と部員に事情を説明して休ませて頂いたんです」
霜月さん、中学の時は文芸部に所属していたのか。それにしても、部活をサボるのではなくキチンと説明して休む真面目な部分がイメージ通りすぎる。
それこそ、少しだけ当時の霜月さんの部活動についても興味が唆られるけど、話が脱線しそうだ。そのまま彼女の言葉に耳を傾ける。
「そうして、私はいつもより早めに帰宅をしたんです。玄関には母と父の靴がありましたので、家に居るのは分かりました。その時、ふと思いついたんです。両親は私が学校で部活動に励んでいる最中だと思っているはずなので、こっそり上がりこんで驚かせよう……と」
「もしかして、そこで何かが?」
「察しの通りです。私が両親の姿を探すと寝室から物音がしたんです。二人とも、そこに居るのかなと思い、扉を少し開けて隙間から中を覗いたんです」
すると霜月さんは頬を赤く染めながら乾いた声でトラウマを告げる。
「両親が性行為をしてたんです」
「……あ〜」
「もう、思春期前の中学生には刺激が強すぎました。厳格で尊敬している父は猛獣のように快楽にまみれた表情を作り、優しく笑顔を絶やさない母は崩れた表情で父を求めていましたから」
「それは……」
その先については言語化できずに詰まってしまう。
なにせ両親がシている光景を間近で見たのだ。
誰だってトラウマになるだろう。
「……まあ、そういうわけです。結局、私はその場から逃げだしました。両親にはバレませんでしたが、私は13歳という多感な時期でしたので、悪い意味で記憶に焼き付いてしまいました」
「霜月さんは、それのせいで異性が怖くなったと?」
「そうなりますね。男性と話すのは問題ないのですが、触れる行為となると……その、父と母の光景がフラッシュバックして、パニックになってしまうんです。そして、防衛本能なのか叫び声をあげてしまう……と」
その絶叫によって周りの人に迷惑をかけたのが申し訳ないのか、霜月さんは表情に影を落とす。
「今回も雨河さんに迷惑をかけてしまいました。助けて頂き、ありがとうございます」
「いや、俺もすぐに助けに行くべきだったよ。しかし、この特性も大変だな。克服できればいいんだけど」
「克服ですか。でしたら、その、雨河さんが迷惑でなければ、頼みがあるのですが……」
すると、霜月さんは緊張が伝わるくらいの震えた声で提案してくるのであった。
「私に男性というものを教えてくれませんか!?」
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